2話 翼をください
高1の私は大阪大学医学部を志望していました。
幼いころから医師になることが私の夢でした。また中学の時に読んだ『ブラックジャックによろしく』に衝撃を受けて、それ以来、医学部医学科の夢を明確に持つようになりました。でも高1の夏の進路相談で、当時担任だった林先生に「国立大医学部は最難関。どの教科も得意にしないとダメ」とクギを刺されたので、毎日の授業の予習復習は徹底してやることにしました。
在校生はご存じのとおり、市ヶ谷高校では毎週のように膨大な量の課題が出ます。数学の週末添削、英語の副読本、小論文の樋口レポートなどなど。学年集会で英語の涼宮先生が「谷高にいるかぎり塾もZ会も一切必要ありません。この中に勉強で質問のある人がいたら、あたしのにところに来なさい。以上」と豪語したほどです。でも確かに涼宮先生がおっしゃったように、谷高の課題は塾や通信講座どころではない鬼のような量でした。
それでも、高1の私はその山のような課題をきちんとこなして提出していました。今思えば、私はなかなか熱心な生徒だったと思います。その甲斐あってか、高1の私はクラスでも成績優秀なほうでした。職員室に貼られてある成績番付の上位に自分の名前がのった事も何度かあります。ある時、職員室で体育の錦織先生に「このままいけば医学部もねらえるぞ!全力で頑張れよ」とほめられた時は正直とてもうれしかったです。
ところで、市ヶ谷高校を語る上で忘れてならないのは部活です。谷高の校訓は「質実剛健」と「文武両道」。谷高生のほとんどが部活に所属しています。私は入学するまで「進学校で部活やってどうするの?」と思っていました。しかし入学してすぐの新入生説明会で、国語の百田先生はこのような意味深なことをおっしゃっていました。
「谷高が文武両道なのには訳があります。谷高生のジンクスに『部活をやらず勉強にだけ打ち込もうとすると、成績が思うようにのびない』というものがあります。安易な例えですが、どんな優秀な戦闘機にも右と左の翼がそなわっています。零戦もB29もシコルスキーもグラマンF6Fもそうです。おそらく人間も戦闘機と一緒です。君たちが3年間で大きく飛躍するためには『文』と『武』の二つの翼が必要なんです」
また百田先生の後にお話をした野球部の清原先生も「高校時代は一生に一度しかない。甲子園を目指せるのは高校生の時だけだ。みんなで青春の汗をかこう」とおっしゃっていました。
新入生説明会での先生たちの話を聞いて、私は妙に納得し「せっかくだしどこかの部活に入ろう!」と決めました。でも私の中学時代の部活は「家庭科部」。谷高に家庭科部はありませんでしたし、入学当時の私はどの部活に入ったらいいのか決めかねていました。
※樋口レポート…市ヶ谷高校名物の小論文課題。国語の樋口先生が作ったオリジナル教材。谷高あるあるの一つ。
※ブラックジャックによろしく…佐藤秀峰の医療漫画。研修医、斎藤英二郎が主人公
※涼宮先生…谷川流「涼宮ハルヒの憂鬱」より
※シコルスキー、グラマンF6F…太平洋戦争で使われた戦闘機。百田尚樹「永遠の0」 に登場する