10話 千本桜
桜がひらひら降り落ちる霞ヶ関公園。そこが私の初舞台でした。
多くの在校生はご存知でしょうが、市ヶ谷高校の近くにある霞ヶ関公園は織田信奈という殿様が築いたお城の跡地です。その公園の中にある本能寺野球場は、甲子園予選が行われる施設となっています。吹奏楽部の花見係が陣取った場所は、その野球場の南側でした。
楽器経験者の女子達は「ネタは恥ずかしいから、一発芸は楽器にしよう」と口裏合わせをしたようで、ほとんどは楽器のソロをやっていました。そんな中、「さくらと言えば赤い袴とリボンですよね〜!ロボットは準備できませんでしたけど」と言って「るろうに剣心」の神谷薫のコスプレでアニソンを歌った強者もいました。でも私の中で皆さんに紹介したいのは次の三人です。
「赤城友紀子といいます。今からブラックジャックのテーマを吹きまーす」
赤城さんの楽器はトロンボーン。長身の彼女が出す音はとってものびやかな音でした。会場の先輩達からは「上手!」という声も上がっていました。
「美濃部春子。エレキベースで、ビートルズのノルウェーの森です」
金髪のいでたちで校内でも有名だった美濃部さんですが、あの頃はまだ黒髪でした。彼女の演奏は、反セックス少女同盟のような激しい音ではなく、優しい清楚な音色でした。
そして、東条聡美。東条さんも楽器の演奏をしていましたが、東条さんについては後で述べたいと思います。
「そんなことより君の一発芸はどうなったんだ?」ですよね、すみません。自分の恥部なのであまり書きたくないのが正直なところですが…
幸か不幸か、私は一発芸のトップバッターでした。私が死ぬほど緊張したのは言うまでもありません。 私は中学時代の紺色の体育着とエプロンを身につけて、先輩達の前に立ちました。
「一番、如月由佳莉!これからエア・3分クッキングをやりまーす」
エア3分クッキングとは、材料も道具も使わないで料理するふりをする芸です。要はおままごとです。これは中学時代に家庭科部の仲間内でやっていた遊びです。確かあの日の台本は「鶏肉のトマトクリーム煮」でした。でも芸の最中、私はほぼすべっていました。冷や汗かきまくりでした。そして一発芸が終わった後にめっちゃ落ち込みました。「どうせならウケて欲しかった…」というのが私の気持ちです。
それでも会場の雰囲気は、女子部員たちにはまだ好意的だったと思います。でも女子の後に回された男子部員達に対してはかなり厳しかったです。それらは次回に書きます。(つづく)
※織田信奈…春日みかげ著「織田信奈の野望」より
※「さくらと言えば赤い袴とリボン」…SEGAのゲーム「サクラ大戦」に登場するヒロイン、真宮寺さくらの事。赤い袴とリボンがトレードマーク。
※神谷薫…和月伸宏作の漫画「るろうに剣心」に登場するヒロイン。袴とリボンがトレードマーク。如月由佳莉は真宮寺さくらのコスプレを、神谷薫のコスプレだと勘違いしている。
※ブラックジャック…宮川彬良作曲の吹奏楽曲「ブラックジャック」のこと。作曲者が手塚治虫の医療漫画「ブラックジャック」からインスピレーションを得て作曲した。
※ノルウェーの森…イギリスのロックバンド、ビートルズが作曲したラブソング。
※反セックス少女同盟…市ヶ谷高校軽音楽部のガールズバンド。本作品の5話で登場する。




