ep7.ひと狩り行こうぜ!1
砦から出ようとしたところで、基本方針だとか当座の行動指針だけ伝えておこうとふと思い立ったのでくるりと転身し、シェールの元へと戻った。
半ば放心したままだったシェールに一言詫びを入れつつ、かんたんな説明と私が不在の間にやってほしい事だけを指示しておいた。
「砦については最低限の補修と掃除だけでいいから、近隣の商人が他にどの程度の頻度の活動を行っているのか?とか、先頃通り抜けたあの二人がいつ帰ってきたか?とか、山路の人通りについて詳しく調べておいて!」
「はい、かしこまりました。……それにしてもクアラさま自身で調査に行かれなくても良いのでは?」
指示は指示として受け取りつつ、ちゃんと具申してくれるあたり本当に良い腹心って感じだなあ!シェールの優しさにうもれてしまいそうだ。
「いや、私が行くべきなんだよ。幾つか理由があるけど、私の姿を近隣の誰かが見てくれていたとしたら都合が良くなるから。その辺はうまくやらないと私の存在そのものが不自然になっちゃうからね」
実地で情報をちゃんと集めておかないと指示にも支障がでるし、なにより物見玉で収集出来る限界範囲ギリギリまで設置はしておきたい。物見玉を数十個入れた革袋を腰に備え付けながら、どのあたりを中心に設置していくのかを考える。これだけ生成しても一万コゼニーほどなんだから物見玉のありがたみと価値の差になんとも言えない気持ちになる。
そう言えばゼニーの最小単位は、0.00000001Zで、通称1zと呼ばれている。そこから百倍=0.000001ZになるとμZとなり、さらに千倍の0.001ZでmZと呼ばれている。
つまり、日々の生成量は10mZで、物見玉は200zと換算できる。ゴブリンワーカーが百万コゼニーでパンピールが八十万コゼニーと言うことは、それだけワーカー技術の需要が高く評価されていると言うことが分かる。
余談だけど、今回生成したハンティングセットのお会計は十二万コゼニーだった。武防具なんかよりも遥かにモンスターとかの生体が高価なのは、それだけ命って物に価値があるって事なんだろうね。
さて、取り敢えずの目的は、情報収集と必要経費の産出ついでに生成待ちを狙いつつ周辺環境へのアプローチってところなので私は山狩りに行きます。
けっして引きこもっていることに飽きたわけではありません。
マールの長〜いお話が一週間ほどあったり、その後も何だかんだで砦から一歩も出てないから鬱々としていたってこともありません。
新鮮な空気最高ヒャッホーゥ!!
……と、最初は張り切って森の入り口付近をスキップしていたんですが、いざ山へと進もうとすると恐ろしい現実に直面しました。
自然の山というか森というかは、人の手がほとんど入っていないまま百年近くも放置されると、ハンティングナイフ程度ではまともに分け入ることも難しいくらいに草だとか蔦だとかで入り乱れていて、それはもう深緑に視界を埋め尽くされている訳なんですね。
三メートルくらいダガーナイフでザクザクと切り進んだところで「あ、無理だコレ」と諦めようと思いましたが、そこはコアマスターとしての意地を見せるべく奥の手を使うことにした。
なんだか分からないけど使えることだけはハッキリしている「魔術」の登場だ。
マールはコアを守る最後の砦としての能力が備わっているって話を受けてはいたし、どの程度のものなのかは知らされてなかったけど、ある程度の自覚は有ったから試してみたかったんだよね。……ハンティングに行きたかったもう一つの理由はその辺りにあったりする。
さて、体内を巡る命のきらめきに指向性を持たせるべく意識を体の奥へと沈ませると、鳴動する生体エネルギーの奔流を感じ取ることが出来る。あとはこの力をどの程度使用するのか?方向性や発現における結果などの意味を持たせていき、目標に向けて射出するだけだ。
「断ち切れ!!」
紡ぎ出された言葉と共に私の体のすぐ目の前から顕現した不可視の力場は、幅二メートル程度の斬撃となって鬱蒼と茂る藪だけでなく、森の空を覆うように生えていた怪しげな木々もろとも、ちょうど私の足のくるぶしあたりの高さで一本の道を作るかのように切り裂いた。
小気味よくカンカンと木々が倒れて打ち合う音なのか、はたまた発現のメカニズムに組み込んだ裁断のイメージの影響なのか、幾重にも重なり合った不可視の刃は、エッグスライサーで哀れにも美味しく調理される卵のように細切れになりながらも森に軽やかなメロディーを奏でた。
山の緩やかな斜面に合わせて出来るだけ並行して、飛ばせるだけ飛ばしたのは不味かったかもしれない。
「おお……。ちょっとやり過ぎちゃったかも」
ともあれ、この威力で魔法を放てるのであれば資材集めはかなり楽が出来る。そんな利点だけに目を向けることで己の失態を無かったことにしようとは思うが、突き進む新しい道の出来栄えからはどうにも意識をずらせない。そんな地味な葛藤に心を惑わせながら山を分け入ると、やがて石清水の湧き出る湖畔に出た。とはいっても、魔法で作った道がちょうど未開のジャングルに出来ていた水溜りに繋がったという方が正しいかもしれない。しゃがんで軽く掬ってみると、不純物などまるで見られない見事な透明度を保っていることが分かった。これはきっとこの山の財産として活用できるのではないだろうか?
複雑に絡み合う蔦と木の根が生み出す異空間を照らすように、木漏れ日がキラキラと水辺に反射していて、そこにソレが居なければどんなに幻想的な風景で心が洗われただろうかと思いながら何とも形容しがたい目線をソレに向ける。
「たしか……ジャボロブとかいう名前だったような」
剛性の触手にも似た蔓をいくつも従え、近づく生物を軒並み捕食していくその姿は、ハッキリと意思を感じさせる動きを見せている。植物系の上位個体だという事くらいしか今の私にはわからないが、ここにシェールが居ればもっと詳しい話を聞くことができたんだろうと思う。
大きさは山の木々よりも遥かに高い位置に花を咲かせており、捕獲した生物をどすんどすんと鈍い音を響かせながら根元付近に埋めていくのが分かる。イノシシだろうがクマだろうがゴブリンだろうがお構いなしで捕獲していく姿はもはや植物の恰好をした巨大な殺戮マシーンだ。より詳しく観察してみれば、捕獲した『餌』はゆるりと蠢く根に包まれて干からびてカサカサになるまで全てを吸い尽くされていることが見て取れる。
「また厄介なモンスターが生息してるなあ」
現在地は交易路として考えている山路の南側に少し進んだところで、砦からは西に位置する場所だ。人里から考えれば遠く離れているけど、砦を拠点として活動する人々の行動を鑑みればかなり厄介な位置に生息している。
「げげげ、まだ奥に何体か居るみたいだ」
言ってしまってから完全に独り言だという事に気付く。誰も居ないのに恥ずかしく感じてしまうのは何故なのか?これはきっと体験した者にしかわからない感情だ。絶対に。
ともあれ、ここの石清水の透明度はかなり高いので、恐らくは飲料水としてだけでなく様々な用途に使える。ポーションの素体として申し分ないというだけでも利用価値がある。次いでジャボロブが周辺の生物をすべて刈り取っていることも要因の一つではないかと考え至る。のんびりしているとジャボロブの蔓がするすると伸びてくるので早々に湖畔を跡にして、探索を続けながら活用方法について頭を巡らせるのだった。
ちなみに山のふもとから中腹まで道ができた。
反省はしていない!!
後悔しかしていない!!(泣