ep4.侵入者と狭間(はざま)の砦.1
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鬱蒼と茂る木々が深い森を形成し、山間の盆地にひっそりと佇む朽ちた砦を包んでいる。
この砦はいまからおよそ百五十年ほど前に、グランディオール国からの侵略から守るため、ワステカ国が建設したものだった。ちょうど山間の山路を塞ぐように建造され、両国が健在だった百年前までは天然の要害を武器にして堅牢を誇っていたようだ。
しかし、両国がイェスタフ王国に吸収合併されてからは、新たな街道の発展とともに打ち捨てられ、今や悠久の時を感じさせるに十分な貫禄を湛えていた。
それが私のダンジョンになりました。
どうやらこの世界、コアがダンジョンを形成するのではなくて、ダンジョンとして機能しそうな場所にコアが発生しているようだ。そのメカニズムまでは教えてもらえなかった(マールも知らないようだった)けれども、おおよそ千人規模で駐屯可能な大きな砦の跡地が居城となった訳だ。
にしても、打ち捨てられて百年も経っていると、それはそれはあちらこちらにガタがきているということで、修繕にもそれなりの労力が必要だったのは当たり前の話だろう。五人のゴブリンワーカーには身を粉にして働いてもらったこともあって、一週間ほどでそれなりに機能できるようには改修していた。
とくに改修するにあたって注意していたことは、各部屋を繋ぐ通路の壁であったり、門や入口周辺など通路に関する補修だ。せっかく生成した仲間もそうだけど、生活圏になるわけだから当たり前の状態にはもっていきたいよね。経年劣化の激しい砦とはいえ、石造りだったのでそこまで大きな損耗が見られなかったのは僥倖ってやつかもしれない。
さらに言えば、百年の歳月でこんなに立派な砦がただただ放置されていれば、そりゃ先住民も住み着くって話で、コアルームから砦の執務室へと繋げた初日の探索で、モーナと呼ばれる種族と邂逅を果たした。コアルームは存在する時空が違うとかで間取りの影響を受けないとかなんとかマールが言っていたが、つまりはそういう事なんだろう。よくわからないけど。
とにかく先住民というか住み着いていた大小合わせて三十体ほどのモーナたちは、全身を白い体毛におおわれた人型の獣だが耳があり、「モナー」と鳴くことからそのように呼ばれている生物だ。亜種も非常に多く、戦闘力を有するタイプも居るということで警戒していたけれど、どうやら基本的なモーナだったようで安全と判断し、砦での共存を進めることにした。
シェールに至っては、その姿を見た瞬間に「あわわわわ可愛いーーー!!」と飛びついて撫でまわしていたので若干引いた。
大きいものでシェールや私と変わらないサイズもいるんだけど……。
そうしてニコニコと終始笑顔のモーナたちと戯れながら、あちらこちらを修繕しつつ現在に至る、というわけだ。モーナにも個体差があるらしくて、数体は「オマエモナー」とか「モララー」であるだとか、稀に「ニダー」と鳴くモーナが散見できて非常に個性的な種族であることが興味を引いた。
同じ種族でありながらこれだけの多様性が見られるくらいだ、そりゃ亜種もうまれるだろう、となぜか強く納得してしまった。
ともあれそんな我らがダンジョンへと最初に姿を現したのは、二人の冒険者風の男たちだった。
『ここを抜ければイクタまで近道だって話だが……』
日に焼けて赤褐色になった髪を短く切りそろえた、皮の部分鎧を身に着けた三十代中ごろに見える男が、朽ちてやや崩れの見える砦の門を見上げるようにして一息ついていた。大きな背嚢を二つも抱え、小脇にはしっかりと鞘付きのロングソードを身に着けている。周囲への警戒を怠ることなく一定の距離をとって嘗め回すように砦を観察する様子から、戦士としてだけではなく冒険者としても手練れの様子がうかがえる。
『ええ、狭間の砦を拔けるのが一番の近道なんですが、砦に住み着いているモーナとその先の山路が厄介で……頼みますよ、ギンリさん』
ギンリと呼ばれた戦士の後に続くように、小ざっぱりとした布の服に身を包んだ男がそう告げた。こちらは背負うに適しているであろうギンリのそれよりも良質な背嚢を一つ抱えながら、一見武器の類がみられない恰好をしていた。その代わりといってはなんだが小さな小袋をあらゆる場所に繋げており、少なくとも冒険者というよりは商人のように見えた。
「商人とその護衛ってところかな……、ここは何事もなくやりすごしたいね」
「それでは全員に隠れるよう指示しておきましょう」
「うん、頼むよシェール」
砦の各所に設置しておいた【物見玉……一個0.2μZ】から得られる音声と映像のおかげで、砦全域の見たい場所から映像と音声がリアルタイムに送られてくる。シェールとはこの情報を随時共有しているので、私よりも早く侵入者の存在に気が付くことができた、という事だ。
砦の改装と補修がもうすこし落ち着いたら、物見玉を置く場所をどんどん広げていこうと思っていたんだけど、そんなことに手を付ける前にすでにこんな状況になったというのは何ともはや、だ。
「山路を利用しようとする人は一定数いるのかもしれないってことか、懸念事項だな……」
二人の様子を見る限り、商人の方はすくなくとも商路としてこの道を利用している節がある。この山路は通商が絶えて久しく、道があったとはいえもはや獣道のように荒れている。その上駐屯地として常駐していた兵士も居なくなってしまったため、近隣の野生モンスターが跋扈しているとコアからの情報にはあった。
その割には獣とはいえ道としての体裁を保っているのだからその可能性は十分にあったのだが。
『この山路を半日ほど歩けばイクタが見えてきますよ。リキーア産のユットが痛むかもしれませんし。ささ、モーナからちょっかいをかけられる前に急ぎましょう』
二人の五倍はあろうかという巨大な門を前に、商人はギンリへと声をかけた。ギンリは無言で頷くと、鬱蒼と茂る砦への道を少し大きめのナイフで掻き分けつつ進みながら、ふと門付近の違和感に気付いたようだ。
『ほう?多少の手入れが入っているな。誰かが通るときにでも手を加えたのだろうが……ありがたく通らせてもらおう』
壊れて開け放たれたままの門は苔生し、幾年の歴史を感じさせる趣きだったが、モーナのようなモンスターが住み着いていなければ少しばかりの休息を取りたくなるような状況なのではないかと思ったが、
どうやらそれは杞憂に終わりそうだ。
……その理由もおいおい分かってくるのだが、今はただ侵入者が何事もなく通り過ぎてくれることを願った。




