ep31.ダンジョンコア
再び取り戻した意識をさらに手繰り寄せるようにして、ワタシは小さくなってしまった目前のダンジョンコアの台座にもたれ掛かっていた身体を起こした。小さくなってしまったというよりは、本来の大きさに戻った、と言ったほうが正しいのだろうが、あれだけの大きさでその存在感を主張していたものが次の瞬間にはこじんまりとしていたのだからそう感じたとしてもおかしな事ではない筈だ。
それにしても倒れる寸前に感じたあの症状は何だったのか。ワタシは自らの身体を今一度確認するように手足を眺め、身体を動かしながら状態を確認してみるが、取り立てて変化したという感覚は……あった。
「なんか……すごく調子がいい」
体内に循環するエネルギーというか、自分を構成しているあらゆるものが生命の息吹を叫んでいるような、湧き上がってくる衝動にも似た高揚感で満たされている事が分かる。魔力の制御にしても、これまで感じられなかった機微を感じ取ることができる。波動というか、内面においても周囲にしても揺らめく魔力の流動を感じることができるのだ。
「あ、そういえばネズミ……!」
キョロキョロと周囲の魔力が放つ淡い煌めきに目を奪われていたところで、本来の目的の一つだったスタンピートについて思い出した。金髪を下し、コアを手中に収めた今、あのネズミの大軍はどうなっているんだろうかと思いを巡らせてみれば、ワタシの意思に呼応したコアがその機能を発揮し、ワタシを包むようにモニター映像が展開した。狭間の砦周辺の状況やネズミたちの展開地図、加えてシェールたちの状況を確認できる映像や、王国のドラグーンたちの映像などが映し出された複数のモニターからは、かつてない情報量でワタシを圧倒している。
一挙に展開された映像に一瞬面くらいながらも、そういえばここのコアはワタシの物になったんだと思い出した。
さらに言えば、コアの吸収を行ったことで金髪を含めた過去のマスター達が行ってきた経験についてはそのほとんどを知り得ている。経験の書き加えを行うのにワタシは昏睡にならざるを得なかったのだ。……という事実を、ワタシはあの金髪の経験から知った。
「たしかにコアは体の一部ではあるけど、一体どんな素材で出来てるのかな?無限に在り続ける訳ではないってマールは言ってたけど」
いくつも展開される画面から、砦の状態や仲間の無事を確認しながらふとそんな事が口を突いた。どうやらあの子達は上手くやったようで、ランディングポイントとして設定していた場所には点在するジャボロブと、それを見守りつつも漏れ出たネズミを駆除すべく待機しているジードやガブーイ。ネズミを嵌め込むために巨大な塹壕を掘り進めていたヴェモルやダキムの姿が映し出されていた。
ダンジョンコアはダンジョンマスターの心臓と考えられているが、失ったときの代償についてマールは、「その存在意義と価値を失います」というような言い回しをしていた。死ぬこととどう違うのか問いただしたが、限りなく死ぬが消滅する訳ではないなどど答えていたあたり、あの金髪は生きているのかもしれない。ただ、ダンジョンマスターとしての意義も価値も失えばどうなるのか?についてはマールにも分からないようだった。
ちなみにダンジョンコアは経年劣化する。
その期間についてはまちまちで、早ければ百年ほどで全機能を停止して崩れ落ちてしまった記録が残されていると言っていた。ただ、そこまで短いのは極めて稀で、その多くは千年程度が目安だろうとマールは説明していた。
「――帰ろう」
新たに収得した十五のダンジョンをどのように運用するかは後回しにして、あの塹壕を王国側に見られた場合の対処を考慮しておかなければならない。加えてこれから起きるであろう本格的なネズミ被害が、崩壊したラーマやポストニカを中心として病気という形で発生することは目に見えており、ラーマを含むワステカ地方一帯は未曾有の危機をすでに迎えているが、死の大地への階段を着実に踏み締めている。
間違いなく生態系は大きく変動するだろうし、この状況を王国は良しとしないだろう。大規模な復興部隊を派遣することも考えられるし、国境であるポストニカやラーマについても、現在は蔓延する死病の影響もあり隣国であるドルティヌスからの侵略は無いとしても、いつまでも指を加えて見ているだけなどということはありえない。
見たところ、砦にほど近いリキーアはほぼ壊滅しているようで、ペガサスナイトの健闘も虚しく無残な姿を晒している。ドラグーンナイトの姿が見られることから、死体の処理などに既に着手し始めているようだ。
結局残ったアグリ川下流に位置する湾岸都市バラキアを拠点として浄化作戦を展開していくことになるのだろう。
ワタシは金髪の所有物であったダンジョン……エグリーア神殿への指示を通常通りとして金髪の記憶を頼りに設定し、新しく開放されたダンジョンコアの機能を使って狭間の砦へと転移する。
拠点間移動の機能は複数のコアを手に入れた場合に制御出来るようで、ワタシは世界に点在する合計十六もの拠点を自由に行き来できる存在になったようだ。
他にも系列モンスターが爆発的に増えたため、その辺りの整理や管理状態の確認なども含めると、しばらくは散策も冒険もお預け状態なうえに、胃の痛くなるような仕事が目白押しなのは明白だ。
ゼニーを集めなければならないなんていう渇望を無視さえすればそんな事にもならなかったようにも思うが、こればっかりはどうにもならない事にますます何とも言えない気持ちを抱きながら、ワタシはエグリーアをあとにした。




