ep30.灰色4
灰色なんて呼ばれ方をしていたのは、ワタシが奴隷として多くの力を持った人間たちにはそれなりに知られた存在だったからだ。師匠がワタシを引き取ってからはそれこそ奴隷とは思えない生き方を知ることが出来たけど、結局、彼がワタシを引き取った本当の理由を知ることは無かった。
「師匠、どうしてワタシなんかを引き取ったんですか?」
そんな質問に、師匠はふっと優しく微笑むだけで、いつも何も答えてくれなかったからだ。
ワタシが奴隷としての制約を自らの力で打ち破る事になったのは、【森羅万象】に目覚めたことに起因している。魔力操作について師匠から教えを受けていたワタシは、保有魔力のバランス操作を調整することによって、そこそこの魔法を行使できるようになっていった。
元来の保有魔力が膨大だったからか、魔力操作の習熟度に比例してワタシの魔法はその効力を高めていった。しかし、全てが万遍なく整っていた環境を捻じ曲げて発現させている魔法にはやはり限界があり、精々熟練した魔導師程度の実力を身に着けたところで限界を迎えた。
発揮できる権能は人並みとはいえ、有り余る魔力を使った物量は相当なものとなり、それだけでも十分な力を行使できるようにはなった。
ただ、師匠の研究内容の一つであった特殊理論が、ワタシの有り余る魔力と交わることによって、森羅万象の根幹となる魔力の並行励起を可能としたことにより、ワタシの奴隷印は文字通り弾け飛んだ。
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「そもそも魔力というものは、私たちの体に宿る生命力と密接な関係をもっている。命を形作る容器に満たされたエネルギーは、いくつかの輝きをいびつに放っているんだけれども、その輝きこそが魔力の奔流であり、その身のうちにある間は互いに干渉することのない独立したエネルギーなんだ」
魔力の特性について、師匠はゆっくりと語りかける。曰く、備わった魔力には特性があり、大なり小なりその特性に影響されて人間性や得手不得手が生まれる話や、少なくとも人類における魔力に対する一般的な見識がつらつらと師匠の口から語られていく。魔法とはそのようにして備わっている魔力をそのまま発露させることであり、多くとも三元素くらいしか発揮できないのが基本的な認識だ。ワタシに備わる魔力の特性とは大違いだと言えた。
ワタシが魔法を制御するための教えは、こうして極めて基礎的な認識から見直していくことから始まる。最低限の知識すら吸収する暇もないまま隷属を余儀なくされたこともあり、ワタシの知識はほとんどまっさらに近い状態だったからだ。しかし、そんなワタシに師匠は嬉しそうに「先入観がなくて良い」と微笑んでいた。
王国における魔導科学の最先端をひた走る師匠にとって、研究対象である魔導の初歩や基礎は、参考にすべき情報なだけであり、それによりワタシへの教えも極めて懐疑的なスタンスで行われたことは、ワタシの魔力操作に劇的な変化を与える原因となった。
一通りの基本的かつ一般的な講義が終わったところで、師匠はさらに付け加えた。
「つまりティア、そのままでは君は魔法を具現できない。発動のために魔力を流せば、相反する魔力が具現とともに干渉を起してしまうからね。だから、まずは全ての魔力を制御して、干渉を起こさせないようにしてみようか」
総じて高い保有量のワタシの魔力は、普通に具現させようとすれば全てが動き出してしまうので、何をするにも相殺されてしまう事がワタシが魔法を満足に使えない理由だ。だから、師匠はそれぞれの魔力素体を制御し、干渉を極力防ぐトレーニングを進めることで、最低限の魔力行使から徐々に使えるようになっていった。
そして、師匠はそんなワタシに次のステップを明示するのだが、その方法はこれまでの魔法という考え方というか、恐らくはワタシ以外に実行出来るものはほぼ難しいと思われる制御方法だった。
それが、相対魔力の並行励起だ。
体内の魔力素体では干渉しない魔力も、体外に発現させれば干渉しあい、相殺する。しかし、ここに融合と吸収を意識すると、これまでに考えられすらしなかった驚くべき効果が現れる。
それが【次元干渉】と【時空干渉】、そして【因果干渉】と考えられる属性効果だ。光や闇、炎や風とはまったく別の現象を引き起こす極めて特殊な魔法を生み出したことは師匠にとってはまさしく僥倖だったが、それによってワタシに施されていた隷属の呪縛はものの見事に崩壊した。おそらくは因果によるものだとは思うが、あまりに不安定な制御で行使される力ほど危ういものはない。
加えて次元や時空への干渉は、まさしくそれまでのあらゆる理をすべて無視してしまえるだけの異常性を持っていた。
師匠はそれらを踏まえた上で、森羅万象などという表現をしたのだと今なら思える。その危険性はこの世の全てに影響し、使用を禁じた行為は師匠だけでなく為政者としても人としても至極もっともな帰結だと言えるだろう。
それでなくとも相互干渉によって相殺されない属性同士を組み合わせるイレギュラーな力も行使できるのだから、よくも恐れることなくワタシをそこまで育てようと思ったものだ。
そうしてワタシが師匠監修のもと、その力を様々な事に使いながら制御と練度を高めていく中、人知れず呼ばれたワタシの俗名、それが「奴隷あがりの灰色」だった。
しかしワタシはその事実を知ることと同時に喪う事になる。すでに二十数年の時をともに過ごしてきた、もはや最愛の人と言っても構わなくなっていた師匠ジーゼルバーユを。




