ep26.灰色1
悲鳴にも似たシェールのワタシを求める声にも気づかないほどに狭窄し、赤く染まった視界の世界を荒れ狂う灰色の魔力が吹き荒れる。
ワタシがワタシである最大の理由を指し示す灰色の力の奔流を目的のために転用し、力場に意味を与えながらワタシは自らの過去を思い起こしていた。
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ワタシの両親がどんなつもりで人生を共に歩むつもりになったのか?その理由をわたしが永遠に知る手段を失ったのは八歳の時だった。
指名の依頼……そう言っていた。熟練の薬師である父と、優れた魔法使いであった母は、指名で請け負った随伴任務で命を落とした。
……少なくとも、そう思っていた。
父はエルフだ。光のエルフであり、種族としてどこで生まれたのかは分からないが、その力は間違いなく光のエルフの物だったと今なら気付ける。おぼろげな記憶の中で笑顔を向けているのだと思うことでしか父の姿を映し出す方法などなく、かすかな温もりの記憶は両親ともに共通した思い出の欠片だ。
それに対し、母の肌は黒かった。
ダークエルフと呼ばれる闇を司るエルフである事についても、わたしを買った領主から聞かされた事の記憶のほうが大きいと言うのは、寂寥を感じはするもののわたしにそれ以上の何かを感じさせるものとは言えない。
そうして両親を思うことが、領主から聞かされ続けた「わたしを見初めた理由」へと繋がっていくからだ。
両親を失った事を知ったのは、わたしが奴隷印を刻まれて領主の息子と名乗る男の下卑た目線に晒されてすぐの事だった。
いや、正確にはその場ではまだ死んでいなかった事が後になって分かるのだが、そんな話は些細なことだろう。
ゆくゆくは領主となる男の名前は「デキトス」。
ワタシの最初のご主人様であり、ワタシの全てを奪った男だ。
光のエルフとダークエルフとの間に産まれた数奇な存在、【灰色のエルフ】として一部の好事家の間で話題になっていた事がことの発端であった事は、彼との寝所で幾度となく聞かされ、ワタシを手にしたことの満足感について多くを語られた。
「お前には十二ゼニーも掛けたんだ!」が口癖だったと記憶している。
ワタシが奴隷として彼の元で飼われることになって暫くは彼の知人へと紹介され、彼の自慢の道具として付き添う事もしばしばだった。
しかし、それも数年ほど経てば話は変わってくる。飽きてきたのか、彼はワタシを交渉の道具にでも使っていたのか、毎日違う男の相手をさせられるようになった。
エルフの血がワタシの姿をいつまでも少女として保ち続けていたからか、また見た目も黒髪黒目で青白い肌であったからか、ワタシを求める男たちは皆喜んだ。
数年、そんな生活を続けていくうちに、早くもワタシは女としての機能に目覚めた。産み育てるための機能が、正常にその役目を果たすべく準備が整ったことを知らせてきたのである。
しかし、そんな事をデキトスが喜ぶ筈もなく、兎角面倒臭そうに懐妊への対処について雑な指示をワタシにあたえてきた。そしてそれは実行に移され、定期的に行われるようになった探索魔法によって懐妊の事実が判明すると、風魔法の気弾を下腹部に向けて容赦なく解き放った。
吹き飛ばされて壁際に転がるワタシの体へと立て続けに解き放たれる気弾は、迷うことなくワタシの下腹部へと吸い込まれ、せり上がる嘔吐感と被弾の痛みにただただ耐える事しかできなかった。
ようやく気弾の嵐が収まると、デキトスはお付きの魔術師に探索魔法で非懐妊を確認させると治癒を指示する。ワタシは懐妊の度にこうした方法で無理矢理中絶を繰り返すことになった。
そんな方法での堕胎がワタシの身体にとって正しい行いである筈もなく、気付けばワタシの身体は子供のできない身体になっていた。
ワタシがその事実を知った夜。ワタシは与えられていた小さな部屋の片隅で、両親を失ってから初めて泣いた。
もう、何もかもが、ただただ悲しかった。
繰り返される日常は色を失い、ワタシの景色は何時も灰色のまま、気付けば三十年は経って居ただろうか?
他の奴隷たちの身体がバラバラになって何かに再利用されていく中、ワタシは五体満足で使われ続けていたことはまだ幸せなことだと言われながら、少女の容姿を保ったまま、老いさらばえたデキトスに最後の言葉を掛けられる。
「お前の両親を殺したのは、私だ」
と。
ワタシを見初めたあの頃、闇ギルドに依頼をして偽の依頼と奴隷商人を手配し、両親をワタシから引き離すと同時にワタシを攫い、奴隷商人の制限によって奴隷印を刻み込んだ。
何も知らない両親は、雇われた闇ギルドの手練たちに囲まれてなぶり殺しにされ、母は両手足を切り落とされ、喉を潰されて達磨として売られた。
父は徹底的に痛めつけられ、記憶を失うほどに薬で錯乱させたあと、最下級の奴隷として死ぬまで鉱夫をやっていたようだ。相当に痛めつけられていたからか、僅か二年ほどでこの世を去ったそうだ。
デキトスは、二人共それなりの実力者だったのでかなり高くついた、と最後に零した。
この時、ワタシは本当の意味での死を迎えた。




