ep25.金髪のマール
郷愁にも似た想いに少々黄昏れていたのがいけなかったのか、不意にコアに通信を知らせる表示が現れた。ワタシの意識化にしかない表示なので、シェールたちは気付いていない。
「あ、何か通信が来てる……うわっ」
着信の表示に書かれている発信者を見てかなり気分を害される。というか、ここに来ての通信という意味について考えれば、なぜこのタイミングでアイツからの通信が入ってきたのかについて思い至ってなんだか腑に落ちる物があった。
「クアラ様、いかがなさいましたか?」
「うん、金髪の方のマールから来てるんだよね……」
シェールの”通信を開かないんですか?”と言いたげな問いかけに、ワタシが意気粗相になりながらも答えると、シェールは少し驚いた様子で受け止め、やがて得心したように頷く。
「であれば、彼の言い分は聞いておくべきでしょう。恐らくは不毛となるかもしれませんが……」
「そうだね。放っておくなんて勿体無いし、別件かもしれないから話してみようか」
コアルームまで足を伸ばすのも面倒なので、再び席についたワタシはテーブルの中央部分にモニターを展開して、ほんのわずかな期待を胸に通信を接続した。コアに接続認識されている場所であれば、何処でもコアへの機能接続は可能だ。
モニターもそうだけど、ワタシの一部であるコアの機能だが、その扱い方は手に取るように分かる。どういうふうに扱えばどうなるのか?という部分は慣れが必要だけど。
感覚的には【新しい手足が増えた】ことに近いと言えばまだ分かりやすいかもしれない。思ったとおりに動くけど、動かせない制限や理屈の理解は使いながらでないと分からないし、制限されている事は分かるけどその理由までは徐々に理解が進んでいる感覚だ。
わたしたちは呼吸をあまりにも自然にしているけど、その理屈までは意識的にやらないと分からない。
ワタシにとってのコアは、まさにそんな器官だと言える。
『……遅い!何時まで待たせるんだい!?』
開口一番、金髪マールは苛立った様子を隠す素振りも見せず、居丈高にそう言い放った。青白く幻想的に輝く玉座のような場所に尊大な姿勢でふんぞり返った金髪の王子様とでもいうべきマールは、これまた意匠を凝らしたきらびやかな椅子に腰掛け、その両脇に妖艶な女性を侍らせている。
漆黒のドレスは零れ落ちそうなバストをかろうじて支えており、マールにしなだれかかることで更に蠱惑的な形状へと変化させている。
背中から伸びる蝙蝠のような羽から察するに、どうやらサキュバスと呼ばれる悪魔族のモンスターであることが伺えた。
あまりの気持ち悪さに通信を開いたことを早くも後悔したけど、いきなり切ればもう二度と通信する事は無いだろうと思われたので、もう少しだけ我慢する事にした。
「……何か用?」
でもやっぱりムカつくので返事が雑になってしまった。シェールが横で忌々しげにマールを睨んでいるけど口は出さない。主に不利にならないように、余計なことは言わないつもりなんだろう。本当に出来た娘だと関心したのでちょっと溜飲が下がった。
『おっお前は立場がわかって言ってるのか!?今置かれている状況を考えて言えよ!』
やっぱりか。
そうは思っていたけどこれで作戦の一つが消えた。こうなってくればもはや気兼ねなくやれるというものだ。
「うん?ワタシの立場?」
『……何?まだ知らないのか??……そうか、お前の所に送り込んだモンスター達のことをまだ知らない、という事か。クックック』
少しとぼけて見せると、マールは勝手に勘違いしたのか嬉しそうに笑い始めた。終始苛つかせようと思っていたので更に言葉を告げた。
「なんだそんな事か。つまらない事で話しかけないでよ」
『なんだと!?……灰色風情が大きく出るじゃないか!』
「おい、今なんて言った」
心の奥底、はるか深淵の縁から溢れるように憎悪が心を侵食してくる。聞き間違いでなければ、ヤツは言ってはならない言葉の一つを口にしたことになる。
『ふふん、【奴隷上がりの灰色】ってお前の事だろう?まったく卑しい産まれの奴は全てが卑しいな。姿も心も汚らしい』
投げつけられる罵詈雑言は全てに覚えのある言葉だ。ワタシは生まれてきた理由によって幾度となく蔑まれてきたが、久しく感じることのなかった卑屈な感情の高まりを認める。それにしてもなぜコイツが知っているのか?ワタシに与えられた数奇な運命とその名前を。
湧き上がる疑問と同じくして膨れ上がる増悪で胸のむかつきから吐いてしまいそうだが、あいにく今のワタシはそんな体の構造をしていない。
「……」
完全に感情を失った表情で金髪を見据える。だめだ、これ以上コイツを視界に入れることなどできない。ワタシは有無を言わさず通信を切ると、ヤツの位置を改めて確認する。
かなり遠い。
デッカーリアよりもはるかに東の大陸だ。
「だが、行けなくはない」
師匠をして【異界の外にある力】と言わしめたこの魔力を解き放ち、ワタシは誰の言葉も耳に届かない深淵の闇の中に心を沈め、文字通り外へと飛び出した。




