ep24.死の奔流
人口およそ一万五千人ほどの川沿いの街ポストニカは、国境の要所をまもる城塞を有し、肥沃な土地に囲まれた豊かな都市だ。狭間の砦など比べるまでもない巨大な盾に守られたこの土地は、イェスタフ王国を長らく隣国からの侵略より守り続けてきた。
キニャー山脈を隔てて大陸の東側の隣国とも言われているドルティヌスは、西の隣国と言われるグウーリア共々イェスタフ王国の領土を脅かす大敵であり、紛争の絶えない地域であったため必然的に前線基地としても機能性が追求されてきた経緯がある。
また、天然の要害としてヨード川が海に至るまで国境として鎮座しており、渡河による進行という難所を作り出していた。
しかし、肥沃であった大地は今や見る影もなく浅黒い存在に覆われ、もぞもぞと蠢く彼らによって食い尽くされつつあった。天馬隊からの一撃離脱戦法によって散発的な魔法攻撃で穿たれた隙間はあっという間に他のネズミに埋められ、新たな食料としてネズミたちに供給されていく。
美しかった筈の大地はむき出しの荒野へと姿を変え、堅牢で知られた城塞はほんの僅かな綻びから入り込もうとする獰猛な小ネズミによって昼夜を問わずガリガリと削る音が響く有様だった。
人々は徐々に失われていく食料と、いつ破られるとも知れない城壁への不安感に押しつぶされそうになりながら、募る不満を内に溜め込む事しかできない状態だ。
先遣隊として到着した天馬隊は僅か十人ではあったが、誰もが精強に鍛え上げられた猛者として知られていた。到着してのち直ぐに状況を把握した天馬隊の隊長は、平原を覆い尽くそうとするモンスターの姿に事態を重く見、ただちに報告と早急な増援の知らせを出した。
範囲魔法による殲滅を空から交代で行うことでモンスターの進行を防ぎつつ、城壁へと群がるネズミたちからの侵略を徹底的に防ぐための準備と、籠城への備えを充実させることに注力させた。
そして防衛戦を初めて三日が経つ頃、イェスタフ本国より派兵された最高戦力の到着を待たずして、ポストニカは数百万の小ネズミと数十万のモンスターラット達によって城壁は瓦解、そして半日を待たずして骨すら残らぬ無人の城塞が出来上がった。
更に悪いことに、ヨード川に流されたであろうネズミや人の死骸によって下流の水質が劇的に悪化した。命水源として活用していた下流に位置する大都市ラーマにおいてその被害は当然及んでおり、イェスタフのネズミ討伐隊の主力が到着する頃には、死病の流行が止められない状況になりつつあった。
高位の治療士によって治癒は進められているものの、原因の対策が後手にまわったツケは大きく、慌てて水源の確保を進めながらもスタンピードへの対策も行わなければならなかった事は、ラーマにとっても討伐隊にとっても災難な事だった。
「それにしても竜騎士を出してきたか、まあ賢明な判断だね」
王国がここまで勢力を伸ばすことができたのも、北のイェスタフと言われる最大の所以であり、王国の武の象徴として長らくドルティヌスやグウーリアからの進行を防いできた理由というのもまさに、彼ら竜騎士の存在があればこそだ。
たった三人だけの竜騎士は、人として知勇に優れるだけでなく、竜言語を理解できる事ではじめて選ばれる前提条件に立てる。最終的には古の盟約によってイェスタフと共に歩む三匹の竜が自身の判断によって選ぶのだが、それぞれが数百年前の時を重ねてきた知識と力を備えた古竜だ。その判断に誤りがあろう筈もない。
三匹ともに飛竜に属する存在ということではあるが、キニャー山脈の遥か高みに住まうグレーターアースドラゴンとの縁故は無いらしく、関わりを持ったとされる記録は無いようだ。
それにしても武の象徴とされる竜騎士をだすことは、当然ながらドルティヌスやグウーリアへの外交的影響は小さくない。ドルティヌスはすでにネズミ対策を兼ねてヨード川沿岸に部隊を配置しているし、グウーリアはこの空白を利用して、領土を南に伸ばそうと動きはじめているようだ。
このあたりの話は竜騎士たちの会話を聞いて知った。
余談だけど、シェールの支配下にあった精霊たちを影響下に置けないか試したらものの見事に成功したので、風の精霊と光の精霊の力を借りてスタンピードの一部始終を司令室にいながらにして知ることができた。音声がやや遅れて伝えられるのは、精霊によって伝達速度が違うからだとか言っていたけど物理的な法則が理由だと思う。
ともあれ、ポストニカにてものすごい勢いで城壁を突破したネズミたちが、人々の表皮に齧り付いたり、穴と言う穴から人体に潜り込み、内と外から一瞬で食い尽くすシーンをみんなで拝見させて頂いた訳だ。
気丈にもリアラは青白くなりながらもちゃんと見ていた。もちろんちゃんと見るように全員に申し伝えていたんだけど。
ポストニカからさらに増大したネズミたちは、なにも一直線にラーマだけへと向かっている訳じゃない。川と山に挟まれた大地を扇状に拡散しながら各地へと広がっているので、必然的に狭間の砦にも辿り着くことになるだろう。砦にはモーナやゴブリンの子どもたちだっているので、そろそろ出張らなくてはならないと判断できた。
「そろそろ出ようか!」
ワタシは長らく座ってきた司令室の席を立つと、おもむろに集う面々……シェールやジード、ヴェモルへと声を掛けた。リアラやガブーイは既に作戦に移っているのでここには居ない。
「理想はあいつらの眷属化だけど、果たして上手く行くかな……?」
静まり返る砦を後にしながら、ワタシはこれからの戦いに思いを馳せた。




