ep22. 迫る脅威
「風の警告が届きました。西南西の方向からかなりの量のモンスターが押し寄せて来ています」
シェールの一言を軽い気持ちで受け止め、さらにその意味を理解した時に、ワタシの視界はグラリと傾いたような錯覚を覚えた。
「……え?どういう事?」
険しい表情のまま、シェールは再び口を開く。そしてゆっくりと、丁寧にワタシへと報告してくれた。
シェールが言うには、押し寄せてくるのは西南西の方向からで、発生源は不明だが、大量のモンスターたちが砦と同じ方向へと向かって来ている、という。幾つかの可能性が考えられるけど、最も考えられるのはスタンピードではないか?という考察まで至ったところで、ようやく対策だのというところに思考が向き始めた。
「それにしても……次から次へと目白押しだなあ」
少々過密気味のスケジュールは、ワタシの予定から離れていくこととまさしく同義ではあるのだが、押し寄せてくるものをどうにかしない事には目的を果たすこともままならないのもまた事実だ。休むことも眠ることも必要としない筈の体でも、暗鬱とした気持ちはそう簡単に振り払えるものでもなく、どことなく曇ったような思考を無理やり奮い立たせる。
ちなみにスタンピードというのは、多くの動物たちが理性も何もかもを無くして暴徒と化すことを指していて、モンスターに適用される場合はその大半の理由が【異常繁殖】だと言われている。他にも迷宮の暴走だったり生態系の変化などなど理由は様々だが、そこから導き出される結果はとても単純だ。理性なき暴徒がもたらすのは区別なき破壊である。その対象となるのはすべてであり、例外はないのだ。
兎にも角にもまずは詳細な状況を集めることも大切だが、雪崩込んでくるモンスターたちを受け止めて勢いを殺してしまわないと、ここだけではなく人里にも多大な影響が出ることは疑いようもない。まさかこんな事になるとは思いもしなかったが、早速今日仕込んでおいたモノが役に立ちそうだ。
一旦ゴブリンの巣作りに目処を付けてしまうようにダキムとジードへ支持を出し、終わり次第砦に戻るように伝える。ゴブリンに関してはそのままワタシと砦に戻ることにした。ワタシの護衛はシェールで十分に事足りているが、戦力を集中させてから状況に応じて采配を行いたいからだ。
帰路に着きながら、ワタシは再びシェールに言葉を掛けた。
「まずは進路と見られる場所に壁を作ろうと思うんだけど……シェール、相手方の予測される進路について教えて」
「は、風の精霊の言葉を解析しますれば、彼奴らは西南西へ徒歩二週間ほどの場所からキニャー山脈に沿ってこちらを目指しているようです。途中、極めて小規模の人族の村が二つほど有るようですが、おそらくは進路として淘汰される見込みです」
「……ちなみにモンスターの種族はなに?」
「げっ歯類と思われます」
「……うわあ……面倒だなあ」
ラットスタンプ、ラットマン、ジャイアントラット、マッドラットなどのネズミを想起させるモンスター達は、強さは然程気にするほどではない。それこそゴブリンとあまり変わらない。
しかし、その繁殖力もまたねずみ算式と揶揄されるだけの事はあり、ゴブリン以上の繁殖力を誇っている。
しかし、彼らの恐ろしさはそれだけに留まらない。更に恐ろしいのは、彼らの体が非常に優れた病原菌の媒体として機能する事にある。
人に比べてより不衛生なのが原因ではあるようだが、母体に害はなくとも周りには極めて有害なものを飼っている場合もある。黒死病と呼ばれた疫病災害が、たった一匹のネズミの死骸から起きたなんて話もあるくらいだ。
「大まかな数字はわかるかな?全体数みたいな」
「……申し訳ございません。そこまでは現地へむかい、直接確かめなければご報告致しかねます。少しばかりのお時間を頂いても構いませんか?」
「そっか。じゃあお願い」
これだけ距離のある場所から現段階で情報を得られるというだけでも破格の条件だという事を踏まえた上で考えても、対処が遅れればとんでもない結果を導かねない。人の足で二週間ということは、獣の足でしかも暴走してくると言うことはやもすれば一週間も掛からない位置として考えられる。途中の村や近隣の街への被害は計り知れない物になるだろうし、下手をすれば国が滅びる災害だ。
イェスタフ王国からの派兵についても、どのタイミングで対処が入るのかについても考慮しておかなくてはならない。イェスタフ王国側が辺境だからといって対処を疎かにするようなら、広がる疫病や物理的な被害がキニャー山脈以南の壊滅状態を引き起こすことにも繋がるだろう。
「……それはそれで好都合だね」
木々に覆われながらもその異様を佇ませる狭間の砦に目を向けながら、ワタシは陰鬱な企みに心を静かに染めていく。
数日の猶予を最大限に活用すべく、コアに意識をつなげてこの災厄を最大限に利用する方法に思考を飛ばすのだった。




