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ep20.キニャー山脈事変4

 この世界において、人の生存圏とは明らかに一線を画した場所はいくつかあるが、中でも多いのは【森】や【山】だ。その存在は畏敬さえも感じさせるほど雄大で、奥深く、そして神秘的だとワタシは思う。

 海もまた人にとって立ち入る事のできない巨大な存在だけど、船の存在がそれを希薄にしているようにも思う。海の中の奥深くはまさしく本当の意味で魔境ではないだろうか?



(ダンジョンなんていくつあるか分かったもんじゃないな……)



 海中のダンジョンなんてただゼニーを生み出すだけの存在になり兼ねないけど……なんて事を考えなつつも、シェールが森の木々を動かしながら進む後を付いていく。精霊魔法というか、精霊への直接的な行使力をもつシェールにとって、森の木々に宿るドリアードやノームなどの下位精霊へ働きかけることは難しい事ではない。

 自らがそれらの上位に位置する精神体と、さらに肉体という依代をもった存在であり、加えて優れたことわりの理解者だからだ。



「クアラさま、そろそろジャボロブの密集生息域です」



「うん、取り敢えず処理しようか。方法はさっき言ってたとおりにするからアシストはお願いね」



「はい、お任せくださいクアラさま」



 慇懃に礼を返すシェールに頷きを返しつつ、先程思いついた方法を実行に移すべくシェールに作業開始を告げた。これでジャボロブに関しての問題は一先ず片が付く筈だ。



 ワタシはゆっくりと体内の魔力を高め始めた。





◆◇◆◇◆◇◆◇





 何だかんだとジャボロブの対処を終えて砦に戻る頃には、中天に燦々と輝いていた日は沈み始めていて、朱に染まる西の空に照らされた砦は一層の不気味さを湛えていた。

 古くて大きな建物が夕日に染まると何か怖い。大量殺人でも起きそうな妙な悪寒が競り上がってくるのはなぜなのか。

 古い記憶にも見当たらない漠然とした不安は、少なくとも今の環境にはなんの解決にもならないのは間違いないだろう。



「ううん、何か凄いことになってるね」



 ぎゃあぎゃあとやや甲高い声で走り回る小さな緑人たちが数十体、白い体毛を彼らの唾液で汚されながら、いつもならやる気がまるで見られないのんびりとした風体のモーナたちが、かつてない動きで逃げ回っていた。

 さらに場を混沌とさせているのは、その光景を眺めながら何を勘違いしているのか、そしてどこから引っ張り出してきたのかボロボロのカウチにふんぞり返り、高らかな笑いで辺りを包み込むクマーの姿だった。



「ファーッハッハッハ!良いぞ!もっと吾輩を楽しませるクマー!」



「ぎゃっ!ぎゃっ!」

「オマエモナーーーーー!!」



「喜ぶクマー、貴様らの哀れな姿を吾輩が認めてやるクマー!」



 ファーッハッハッハと再び高らかな笑い声が響く。夕焼けに染まる中庭で、ワタシの想像のはるか斜め上地点で繰り広げられているこの光景が夢ではないこととして受け入れられるまでに、シェールとワタシは数分の時間を必要とした。

 


「あっ!ボスだクマー。イェイイェイイェーーーイ!!おかえりクマー」



 こちらに気付いたクマーが激しい腰の動きで奇妙なリアクションをしたのち、やたら上機嫌で両手を振って声を挙げた。それを見たゴブリンたちはモーナを追うのをやめると、その場で何やら騒いでいる。それまで追われていたモーナたちは、ようやく開放された喜びからなのか、はたまた何か別の目的なのか、転がるようにしてシェールに泣きついている。

 よく見ればゴブリン達の身体は皆、先程の個体よりも随分と小さい。どうやら子供のゴブリン達を預かっていたようにも見えなくもない。



「で、君は何をやっていたんだい?」



 クマーは待ってましたとばかりに慇懃な面持ちで鼻を鳴らすと、雄弁に(本人談)ことの顛末を語り始めた。

 聞けばジードとダキムに連れられて砦に立ち寄ったゴブリン族の一行は、これから入る危険な森の行程に女子供を連れていくことを渋ったらしい。そこで女子供だけを砦にのこして、男たちだけで森に住処を探しに向かうことになったのだが、やんちゃな子供たちの面倒を見るにはいささか女たちだけでは手に余るとなったとき、クマーがその役を買って出た、という話のようだった。

 問題はその重要な話はものすごく手短にまとめられており、その後のごっこ遊びに考えられた謎のバックストーリーの方がはるかに説明が長かった事ぐらいだ。ちなみにその話というのが、三国に分かれる前に暴虐を尽くした残酷な簒奪者さんだつしゃの役をクマーがやっているということだった。



「吾輩はこのカンの国を統べるトウタクさまであーるクマー。ファーーーーッハッハッハ!」



(なんか頑張っているみたいだしとりあえずコレは放っておくとして、東の森に向かったジード達の様子が気になるからそっちへ行ってみることにしよう)



 斜陽の大国を夕焼けに投影させるというなんだか無駄にロマンティックな演出が腹立たしいが、そんな事はお構いなしにワタシは新しい住処の様子を知るべくコアの通話を使ってジードとダキムに居場所の説明を求めた。



『ジード、ダキム。今どこにいるんだい?』



『ハッ、これはマスター殿の言葉か』

『うん?これはあるじ様』



 そういえば二人にコア通話を飛ばすのは初めてだったか、と思い至りながらも、ワタシは気にせず話を続ける。



『いまからそっちに行くけど、どんな状況だい?』



『恐れながら、只今ワシが巣穴の掘削と調整を行っており、ジード殿には周囲の警戒をお願いしております』



『場所は中腹の中原地帯。やや開けた場所だが、分かりにくいので闘気を放とう』



 ジードがそんなふうな答えを返したかと思えば、不意に東の森の一角で、地響きのような鈍い音と土煙が高く舞い上がるのが見えた。騒ぎ立てては慌てて逃げていく鳥や小動物の慌ただしい動きが鳴き声となってあたりを騒然とさせているのが伺える。



(あれはやり過ぎって言わないのかな?)



 ジードが起こした土煙に向かって東の森への道程を歩みつつ、そんな事を思ってふとシェールを見てみると、別段変わった様子は見られない。どうやらジードにはお咎めなしのようだ。



 少しばかりの理不尽を心の中に覆い隠し、ワタシはジード達が作っているであろう、ゴブリン達の新しい巣穴を目指して進むのであった。

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