ep19.キニャー山脈事変3
それにしても、当初の予定ではダンジョンのモンスター配置やトラップ配置だとかに充てられるであろうゼニーをとことん節約して、開拓資金および軍事拠点開発に使う予定だったのに、気づけば軍事力だけは一端のダンジョンが出来上がりつつあるというのはどういう事なんだろう。
結果的には資産が少しの労力で増えたと考えて問題ないんだけど、基本的な技能を持ったゴブリン一族とかヤバイくらいに安いから相当頭数を増やせたとしたら戦力として考えても良いかも?ってレベルだからあまり期待できない。
見込みの有りそうな個体に【指導】して、ワーカーとして育てればいいんだけど、確実に育つ保証もないし環境も全く整ってないから非現実的と言わざるを得ない。そもそも、どこにどんな形で彼らを済ませていくのかについては仮のままだ。
彼らの居住区予定地は砦の東側で、もともと軍団を囲うとしたらこのあたりかな?と地図を見ながら考えていた場所だ。地図を見た限りではそれなりに深い森なので、人間たちの生活圏からはかなり離れている。しかしそれは、同時に他の動植物の生活圏である事を指している。
どんな動植物がどんな生態系を形成しているのかが全くわからないのが問題、と言うわけだ。
物見玉を通じてダンジョンマナの浸透を進めることで、ダンジョンとしての認識範囲を広げる作業をもっと手早く進めていかなくてはならないし、視察と場所の選定や確保も急務だ。状況に応じて対策は随時必要になるだろうし、確実に今のままでは手が足りないと言うことが顕著になってきた。
「今回の件がどんな経過を産んでいるのか調査を進めることと、その対処……か。ジードとダキムは一旦戻って東の森に頃合いな場所がないか調べて貰えるかな?なるべく他の生態系に影響が少ないと考えられる場所の探索だけど、場所の選定はダキムに任せるからその護衛をジード、頼むね」
「わかった」
「承ったわい」
「ついでになるべく麓を避けてこの子達も連れて行って。彼らの意見も参考にすれば適所も見つけやすいと思うし、場合によっては戦力として使……え……れば……いいかな」
戦力としてあまり多くを望めないのはゴブリンだから致し方ない。人の子供で言えば十歳前後程度の戦力なのだから、油断を誘えば何とかなるかもしれないレベルだ。更にこの相手がトロールだとかファングドウルフだとか魔獣や魔人レベルになると全くと言っていいほど歯が立たなくなる。
戦力外でしかない烏合の衆を引き連れて魔境へ……ワタシなら嫌だ。
「最悪切り捨てても良いよ。あくまでも保身を重点で良いから。あとは当座の食料を砦正門付近に出しておくからこの子達に与えておいて」
「なるほど、わかり申しました」
二人は了解の言葉と頷きをワタシに返すと、ゴブリン達を連れて砦へと歩き始めた。さすがに【付いて来い】のジェスチャーくらいは分かるらしく、ゾロゾロと二人の後に付いていく。
「シェールはゴブリン達に住処の選定について話しておいて。是非のジェスチャーだけでもいいからしっかり受け答えさせてね」
「心得ております」
「終わったらワタシに付いてきてね」
ワタシの場所なんてすぐ分かるでしょ?とシェールに告げ終わったワタシは、再びキニャー山脈へ向かって歩き始めた。もう森までは目と鼻の先なので、先日切り開いた臨時山道がきれいな直線を描いている姿が目に映る。と、思えば麓付近でやたらと鮮やかな花が密集している姿が目に入ってきた。
間違いなくジャボロブ達だ。
いわゆるトラップスタイルの生物だというのに、わざわざあんなにも移動して固まって獲物の奪い合いをしているということがすでに異常事態を指し示している。
そうこう考えていると、不意に一迅の風とともにシェールがその可憐な姿を傍らに表した。どうやら無事向かえているようだ。半分妖精ってものすごく便利だね。
「あれは……」
鬱蒼と茂る木々にポッカリと空いた魔法の跡を見付けたシェールは半ば呆けたように一言だけ心情を溢すと、やがて何かに気づいたような仕草とともに無言の……無感情な視線をワタシに送ってきた。
いつもなら何かしら言葉を聞かせてくれるシェールだが、まさか今回の問題の犯人が目の前に居たとは思わなかったようだ。じっとりとした視線は地味にワタシの精神を削ってくる。
つまりシェールはアレを見てすぐに気付いたのだ、先程の茶番がいかに滑稽だったかを。
あまりにも気まずい雰囲気を打破すべく、ワタシはため息混じりに独り言を吐く。
「ああ……お気楽冒険気分がこんな所で頓挫するなんて……」
「えっ?」
「えっ?」
――おっと、本音が漏れた。




