ep16.幽霊騒ぎ4
モーナというモンスターは基本的に温厚だと言われている。旅人の食料品などを掠め取るくらいが関の山のおとなしいがモンスターだけに厄介な特性を備えたややこしい生き物だ。
この世界のモンスターと呼ばれる生き物たちも、家畜として飼い馴らされた生き物も結局はおなじ生き物であり生物なのだが、その区分を明確にしているのは特に無い。あえて言うならば、人にとって【脅威かそうでないか】だと言える。
そう考えれば人によってはモンスターとして討伐される者も居るくらいだから、傲慢な生き物だと感じなくもない。
――己の身の保身に他者を脅威として追い詰める。
これが人類がもつ数の脅威の本質であり、そうやって仲間意識を保っていることが更に大きなコミュニティを形成するための原動力となっているのだ。
「……反吐が出るね」
ワタシは胸中に渦巻く怨嗟の炎が言葉となって生まれるに任せて呟いた。びくり、と前を歩くシェールが肩を震わせたようだけど、彼女はあえてそれには答えようとはしなかった。
ちょっとフォローする気に今はなれない。ワタシはさらに思考の渦に飲み込まれていく。
でも人間の種族を保つ生物の強さとしては本物だ。彼らを味方として取り込むことが出来れば当面の脅威は一切無くなるどころか、今後の憂いは何一つ残らない。
悩ましい話だが、これも遠大な計画の一つとして一つ一つ積み上げていくことを優先すべきだ、と結論付けるころにはモーナたちが住み着いている一角にたどり着いた。
彼らが住んでいる宿泊棟の一階は、二階と構造がほとんど変わらないので、真ん中に一本大きな道があり、その左右に部屋と、建物の中ほどに中央入り口が一つ、加えて通路の突き当りに勝手口が一つ備え付けられていた。
違いと言うのはその出入り口くらいで、基本的に八つの部屋が並んでいる光景は同じだ。
少々……いや、かなり劣化が進んでいるので二階との外観差が激しい。さすがにもう少し手を加えておくべきだろうか?なんて考えていると、シェールが指をさしながらワタシを呼ぶ声に我に返った。
「クアラさま、あれをご覧ください」
指示された場所は、並んでいる部屋の一角で、モーナたちが寄り添いながら眠っている、宿舎の壁付近に一匹だけ混じっている個体がそこには居た。完全な光に包まれながらもヨダレを垂らして眠っているモーナ達とは別に、あきらかに意識をたもったままこちらを警戒しているのか、所在なさげな瞳をキョロキョロと彷徨わせてことらを伺っている。うすうす気づいていたワタシとは違って、その存在に驚いたのかロキシアは小さく「あっ」と声を上げてその個体を凝視していた。
ジードは幽霊と思って警戒していた自分が恥ずかしくなっているのか、 癖の強い髪の毛を触りながら明後日の方向に目をそらしていた。
「これは……クマーだね」
怯えた目でふるふると体を震わせながら「クマー」と小さく声を上げる小さな生き物がそこには居た。
褐色の体毛につつまれており、外見が非常に野生の熊に酷似した生き物だが、その生態は謎に包まれていると言われているモーナの眷属、それが【クマー】だ。体長は大人の人間の半分ほどの大きさで、全身を体毛で覆われているためパッと見では熊と見間違えて殺されてしまうことが多い。しかし、実際は牙やツメなどをもっていない無害な生き物で、モーナの見た目を熊にしただけのような生態をしていることはあまり知られていない。
そもそも害獣としてすぐに処理されてしまうからだ。
……といった知識をクマーを撫でまわしながらシェールが教えてくれた。どうやら相当に可愛いいと感じるらしいが、少なくともワタシの目から見ても、ロキシアの目から見ても可愛い部類に入るのは間違いないらしい。
「あんまり撫でられるとくすぐったいクマー」
「「喋った!?」」
驚いた、喋る熊だとか珍獣にもほどがある。獣人なんて括りがあるこの世界でも、ここまで熊のまま人語を解するなんてのはすこしばかり異質に過ぎるんじゃないだろうか?撫でまわしていた手を驚きのあまり止めたシェールをそっと横に除けながら、二本足で数歩前に出たクマーは敵意がないのを悟ったのか、ぶ然とした表情でシェールに流し目をくれていた。
「え、え?クマーって喋るの!?」
「失敬なクマー。ボクのように理知的でキュートなクマーを捕まえてよくもそんな事が言えるクマー」
腰に手を当てて、あるのかないのか分からない指でちっちとワタシに指摘してくるクマーを、ワタシは不覚にも可愛いと思ってしまった。しかしその瞬間、シェールとロキシアがくぐもった声で嗚咽を漏らすと、その表情を手で覆って何かに堪えているような仕草を見せた。
……どうやら可愛さに悶絶しているようだ。
「と、というとさっきの犯人はコレなのか?」
ジードがあきれつつもクマーを指さしながらそう告げると、つぶらな瞳をさらに見開いたクマーが「人さまに指先を突きつけるなんて失礼極まりないクマー!!」と、ぷんすか怒り出した。
「なんだやるのか?熊の分際で」
「バカにするなクマー!!」
やいのやいのと詰め寄って言い合いを始めるクマーとジード。まずい、一向に話が進む気配がしなくなってきた。
とりあえず落ち着かせて、事実確認とクマーについて考えていかないとワタシの計画が何かと綻んでしまいそうだと感じたので、「まあまあ」となだめつつ話を聞いてみることにした。ちなみにワタシが止めようとするころには、ジードに進行方向の頭を抑えられたクマーが、両手をぶんぶんとジードの体にぶつけようとして空振りさせているところだった。
あまりのほほえましさにしばらく見ていたかったけど、なにか違う劇の人たちが出てきそうだったので仕方なく止めた。
「ふう、今日はこのくらいで勘弁してやるクマー」
やれやれと溜息を吐きながら煽るクマーは本当にブレないな、と半ば関心してしまったが、最後までキッチリ締めてくるあたり危ない予感しかしないので、ここは無理やり話を進めた。
「でさ、君はなんて名前なのさ?」
「ん?名前??そんなものは無いクマー!」
相変わらず腰に手を当てながらえっへんと威張るクマーの姿は、どう見ても変だが相変わらずシェールとロキシアの心は掴みっ放しのようだ。覆われた顔から覗く瞳はうるうると輝いている。
「それじゃあ、君はいつからここに?」
「知らないクマ。気付いたらここに居たクマー。真っ暗だしシャドーボクシングしていい汗をかいても誰も褒めてくれなかったクマー」
しゃどう?謎の言葉だけど目の前で殴るフリのような動きをしながら「ひゅっ、ひゅ~っ」と息を吐くその姿にロキシアが「ああっ!」と声を挙げた。どうやら犯人はクマーで間違いないようだ。
詳しく検証を進めていくと、内通路のあの場所で全力の運動を行っていたクマーは、その気配に気付いて隠れてしまったらしい。そして意を決して飛び出し、近づこうとしたところすっころんでしまったのだとか。その瞬間に叫び声をあげて逃げ出されてしまったので、とぼとぼとモーナの居住地まで帰ってきた、というのが真相のようだ。
白いモヤモヤとした何かは、結局クマーの胸毛だった。
「お前らの仲間になってやるクマー」
これからどうするのかを聞いてみたらそんな事を押しつけがましく言ってきた。シェールとロキシアが嬉しそうに微笑んでいるのでなんだか無下にするのもどうかと思って、コアの機能を使って眷属化し、ダンジョンのモンスターとして登録することにした。これがいわゆるテイミングの機能になるんだけど、単純な隷属化ではなくて扶養者としての責任がうまれただけのような気がするのはきっとワタシの気のせいだと思いたい。
……ま、いっか。




