ep10.邂逅2
なぜかは分からないが、私には野宿のための知識が備わっている。というか、何をするにも概要的な知識をいつの間にか知っている節があった。いつもは有能すぎるシェールの影に隠れていて気付かなかったけど、こうして一人になってシェール以外の誰かと居るという状況になって、その考えはさらに顕著なものとして私の自我を揺さぶった。
私には過去がある?
何気ない会話の中や、道中の食事、さらには野草の調理方法まで、少なくとも生活に困らない程度の知識を私は知っている。
ごくごく当たり前のように、まるで自分が昔そうしていたかのように動く体に違和感を感じながらも、少なくともこの二人の同行者との交流には十分すぎるほど役立っている。その事実で取り敢えずは良しとしよう。
「それにしても、クアラさんのお料理の知識は抜群ですね!いいお嫁さんになりますよ」
「まったくだな。見た目はともかくウチの弟に紹介したいくらいだ」
夕食時に用意したウサギの香草焼を喰みながら、ロモスとギンリからそんな言葉が飛び出した。ギンリからはいささか失礼な言葉も混じっていたが、概ね良好な評価のようだ。
――結婚相手として、だが。
「あ……、ありがとう。そんな事を言われたのは初めてですよ」
提供してもらった近隣の情報への見返りとしてではあるが、手持ちのウサギを調理して振る舞った結果、妙齢の男性二人からの好意的評価を得られた。
……というか、やっぱり女性に見えるようだ。
男性にしては線が細いし、背もそんなに高くない。それにそこまで筋力もないようだ。魔力については彼らよりも練度が高いようだけど、あれも付いてないから余計にそう感じていたのかもしれない。
ただ、惜しむらくは胸がほとんど無い。女性として生きるならその辺りは懸念だ、シェールはハイエルフだから良いとしても、これから生成する予定の肉感的なバンパイアに負けるならまだしも、ドワっ娘にまで負ける可能性がある。
すでに人間じゃないからそういう感覚はどうなのか?って話だけど、実はその辺りが【私は男】説が首をもたげてきていた理由でもあった。
本当を言うなら私には必要ないんだけど、思う存分夕食を堪能したのち、ロモスさんが気を回して挟んでくれるトイレ休憩で時間を取られつつ、やがて迎えた野営の準備も滞りなく済ませると、それぞれが就寝のための段取りを決めていく。睡眠を必要としない私は、体内魔素の循環を高めるための【瞑想】をして睡眠時間を過ごす事にした。
見張りは私とギンリで交代しながら行うことになっていたが、今はギンリの番だ。
深い瞑想は私の表層意識を透過させると、やがて私の根幹である深層意識をこえ、【魂の箱庭】へと至る。
こうした自己への探索方法に関しても、私はごくごく自然に行うことが出来る、出来てしまう。あまりにも当たり前、あまりにも自然に行えてしまうのだ。
そうして自己の深層へと潜っていくと、表層意識と深層意識の間に明らかな壁が作られていることが分かった。通れない事はないのだが、異様なほどに抵抗があるのだ。おそらく過去の自分であればこんなことは無かったという経験則から違和感を感じ取りながら、どうにか深層意識のエリアを求めてもったりと絡みつく意識の壁を通り抜ける。
――始めは小さな糸を手繰るように、私は【ワタシ】に出会うことになった。
◆◇◆◇◆◇
ほんの三日ほどの短い付き合いだったが、ギンリとロモスには色々と参考になる情報を聞かせてもらう事が出来た。これからの計画を進めるに十分過ぎるほどの利益と言えよう。
やがて意識がダンジョンのコアと繋がりを感じられる場所に至ったことを感じながら、トイレとことわりを入れつつ物見玉の設置を行う。これでこの辺りの様子も手に取るように把握出来るだろう。適度に巻きながらあとは追々でも良しとして、彼らとは砦の前で別れることにした。
「お陰で色々と助かりました。なんとかこの辺りの調査を不備なく行えそうです、ありがとう」
「いいさ!美味しいご飯を頂けただけて、護衛までしてもらったようなもんだ!こっちこそ恐縮しちまうよ」
「そうですよ!もしもまたお会い出来るようならまたご一緒したいくらいです」
「お、おいおい。護衛の仕事まで取られちまうのはちとキツイぜ旦那!」
冗談を交え満面の笑顔で別れの挨拶を交わす。砦の内門を抜けたところで、一行と別れを告げると、森へと足を運ぶように一度は北へ向かい、ついでに物見玉を巻いておく。
やがて十分な時間が稼げたところで、物見玉から送られてくる彼ら二人の姿が消えていることを確認し、ようやく狭間の砦への帰路に着いた。
やらなければならない事は山のように有るが、まずはシェールからの報告を聞き、準備のために人を揃え、おそらくはかなり進んでいるであろう砦の地下施設の進捗も知りたい。
それにアイツに一言文句を言わないと気が済まない。
焦る気持ちを抑え、ワタシは一歩一歩確実に復讐への階段を登り始めた。




