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ep1.誕生

物語は唐突にはじまる

――静謐。




頭を震わせるような無音の境地。

 



擦れる体の動きに合わせて小さな雑音が耳に届くが、それすらも大きく響いているような錯覚を覚える。

 


いつの間にこの場所に居たのか、またどうやってこんなところにたどり着いたのか、自分が誰で、どんな存在なのかさえ明瞭ではない。まるでモヤが掛かったかのようにおぼろげに混濁した自我でありながら、どこまでも明瞭に動く知能がいやに煩わしい。

 


まずは置かれた環境から判断しようと周りに目を向けた。

巨大な岩の中心だけ真四角に切り取られたような、継ぎ目一つないおおよそ三メートル四方の部屋。

 


その中心に私は立っていた。

 


完全な密室だというのにも関わらず、不思議と不安感は一切感じない。それどころかひどく穏やかな気持ちである自分が分からない。

 


その違和感の答えはごく身近なところにあった。部屋には私だけではなく、正確には私と、石造りの簡素な台座が立っていた。

 


円柱状ながら中央部分が艶やかなカーブを描いて、さながら女性のくびれを想起させるつくりをした台座の上には、白く輝く何かが浮かんでいた。

 


不思議とまぶしさはなく、そこにあることが当たり前のように感じるが、この感覚に私は見覚えがあった。それもそのはずで、私をとり囲む部屋も含めて今まさに感じているこの体、この体の一部だとはっきり認識できるのだ。

 


……そう感じた瞬間に、彼は姿を現した。

 


「これはこれは、マスター殿。おはようございます!」

 


わずかな揺らぎとともにあらわれたのは、こんな場所に現れるには不釣り合いにけばけばしい衣装を身にまとったピエロだった。右手を胸のあたりに添えて一礼をする彼の動作は、まさにサーカスの余興のような印象を抱かせる。

 


「栄えある魔境の管理者たるマスター殿にあらせられましては、まことにご機嫌麗しゅう……聞いておられます?」

 


あまりのことに意識がついていけない。気が付いた時のまま目線だけで彼を追いながら、ますます混雑していく現状への打開策はもとより、自らの置かれた状況に理解が追い付かなかったからだ。

 


「その逡巡……!やはり擦れていないマスター殿との対話は非常に心の琴線に殊更ことさら響き渡る思いが致しますね!いやあ素晴らしい」

 


なにか酷く馬鹿にされたような気がしたので、それまでただ狼狽えるだけだった私の心に少しのゆとりを手に入れると、彼をやや憮然とした表情で見やった。

 


「おおっと失礼、ご機嫌を損ねるつもりは無かったのですマスター殿。あくまでも私がこちらにまかりこしたのはマスター殿へのご説明をさせて頂くためでございますから」

 


そんなわずかな態度の変化をこうも読み取り、流れるように言葉を紡ぐピエロの鋭さに驚きを感じつつも、その言葉の意味に興味を惹かれた。

 


「説明?」

 


「おお!なんと荘厳なご尊言でしょうか!……左用でございます、私はマスター殿へ【これから何をすべきか】、加えて【どのようにそれを成すか】をお伝えするべく馳せ参じたのでございます」

 


どこまでも大仰な態度で、ピエロはこれでもかと感じ入る。全く何もわからないままにこの状況だ、さながらインプリンティングのように刷り込みを行われているような気にならないわけでもないが、少なくとも情報源はこのピエロにしか今はない。

 


「馳せ参じた?」

 


ここに居たのではないのか?もしくはこの場所に関わる何かでは?私とはどんな関係性をこのピエロは持っているんだ?

……錯綜する疑問符はピエロのたった一言から末広がりに雪崩れて来た。

 


「おお!これはまた聡明さ際立つ鋭い御方であらせられる!マスター殿がお考えの通り、私はここでは無い場所から伺いました。分かりやすく申し上げれば、マスターの様な方の案内人の役割を与えられております」

 


再び手を胸に添えて礼をするピエロは、ニッコリと笑みを浮かべてそう述べた。

 


「与えられた?」

 


「ええ、ダンジョン協会という管理組織に与えられております」

 


………我が耳を疑うとは、まさしくこのような状況にこそ相応しいのだろう。なぜか知識としてあるがダンジョンというものが関わっている上に、私をマスターと呼ぶ環境。さらには目下に浮かぶ光球。

 


「私はダンジョンマスターなのか?」

 


その言葉に、我が意を得たりと喜色を浮かべるピエロの姿はこれまでのどの反応よりも顕著に喜びを表しているように見えた。さながらつい先ほどまでの喜びは、まるきりのウソであったかのような喜びようだ。

 


「いやーはははっ!これはこれは驚きました!!これほどまでに飲み込みの早いマスターは初めてで御座います!さすが!と申し上げるべきか、どの御方もこのくらい飲み込みが早ければ私の苦労もこれほどの事はなかったでしょうに……!ああっ!」

 


あけすけに歓喜するピエロの姿とは対照的に、私の心中は複雑だった。というのも、ダンジョンマスターとは基本的に存在そのものが【悪】である。となれば、おそらくはこの外の世界にとって私の存在は許されざる諸悪の根源であり、討伐すべき対象として認識されるのだろう。

そう簡単に生き延びることができる世界なんだろうか?

 


「おおっと、喜びのあまり本来の役目を疎かにしておりました、失礼をお赦しくださいマスター殿」

 


ひとしきり感動に浸りながら狭い部屋を踊るように歩き回っていたピエロは、またもや私へと向き直ると我に返って言葉を告げた。

 


「何かとご心配も御座いますでしょうが、まずは私のご説明をしっかりとお聞きください」

 


それまでとは打って変わって真剣な面持ちで語りだすピエロの姿は、少なくとも不安を胸にいだき始めた私にとっては救いを持っている何かに見えた。

 


ともかく生き残るためのヒントがあるなら、聞いておかなければならないだろう。

「で、どうしてそんな恰好?」

 

「そのように作られました」

 

「あ、そう」

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