文藝部の夜桜先輩
「さあここです」じゃーんとねこざねさんは両手を開いてそのスチール製のドアを示す。
「文藝部ってあるけど?」
「はい、私のとっても尊敬する先輩がいるんです。」らんらんと目を輝かせながらねこざねさんはいう。少し巧はその先輩とやらに嫉妬してしまった。いや、それはおれが、ねこざねさんのことを多少なりとも気に入ってしまっているということじゃないか。
まあいい、とにかくこの文藝部の連中に原稿を読んでもらうことが先決だ。
「じゃあ行きますっ」ねこざねさんはコンコンとドアをノックすると、気をつけをした。巧も彼女に合わせて気をつけをする。
ガチャリとドアが開いた。そして長髪の美女が顔を出した。
「やあ、ネコ。また小説かい?」
その美女がねこざねさんに話しかける。
「いや、今度は友だちがです。」
ねこざねさんはこっちの方に手のひらを向けた。
その美女はこちらを見つめてくる。巧はまたもや恥ずかしくなり目をそらす。本当におれは、女性が苦手すぎる。
「名前は?」
「はい?」急に尋ねられて巧はよく聞き取れなかったようだ。難聴の巧にはよくあることである。
「名前」美女が言直す。
「あっ、はいえっと高一Bの浅野巧ですっ!」少し声が上ずってしまった。
ふふっと美女が笑ってこちらを見る。
「浅野くんね、上がりなさい。」
と手招きする。どうやら入っていいらしい。恐る恐る文藝部の部室に入る。ねこざねさんも失礼します、と言って上がりこむ。
部室は白い壁に囲まれた空間で、中央に四角いテーブルと椅子があった。四人分の椅子があり、その美女は上座に腰掛けた。巧とねこざねさんはその美女に対面する形で座る。
「私は夜桜かおる。今は高3。」どうやら夜桜、という名前らしい。
「で、ネコちゃん。この少年がどうしたの?」夜桜先輩はねこざねさんのことをネコとかネコちゃん、と呼ぶみたいだ。なかなか愛らしいあだ名だ。きっと可愛がられているのだろう。
「小説をかいてきたんだそうでいろんなひとの感想を聞きたいそうです。」
「ほお、どれどれ。見せてごらん。」
巧はさっき休憩した時にバッグに入れてあった原稿用紙を取り出す。我ながらよくこんなに書いたもんだと思う分厚さである。
巧は夜桜先輩に両手でそれを差し出した。
「今時、原稿用紙に書くとは珍しいな。」先輩はつぶやく。
「そうですよね!私も初めて見た時笑っちゃいました。」ねこざねさんは明るく話に入ってくる。1800円かけたのに、、と巧は思ったがなんとか耐えて次の言葉をひねり出す。
「あの、、よかったら読んでください。」
「言われなくてもそうするとも。目の前に活字があるのに、それを読まずに居られるか。」夜桜先輩はうきうきと言う。
「それに男子高校生が書いたとあれば、なんらかの恥ずかしくて甘酸っぱい味がするはずだろう?」
そのセリフを聞くと小説書いたの黒歴史になるの確定だな、と巧は今更ながら後悔する。
「えっとじゃあ先輩。読んであげてください。よろしくお願いします。」とねこざねさんは夜桜先輩に声もかけて立ち上がろうとした。
「では僕も失礼します。」巧も立ち上がる。
「ああ、仲良く帰るんだぞ二人とも」
仲良くって、、、巧はまたも赤面した。
しかしこうして原稿用紙は二人目の読者のてに渡ったのである。