託すぞ小説。ねこざねさん
「読んでもいいですよ」と微笑みながらねこざねさん、なる少女は言った。
「いや、いいです。」と巧は拒否する。何故か同じ学年なのに丁寧語になってしまったが、初対面だからだろう。そして巧は続けた。
「まったく知らない人にはちょっと、」
読ませたくない、と直接的には言わないが理由をつけ加えた。
「いいや、浅野くん、彼女は信頼できると思うよ。」金子先生がわりこんできた。
「なんせ学年1位の才女だもの、ねこざねさんは。」
「それは関係ないですよ。」ねこざねさんは
胸の前で手をパタパタして謙遜した。巧は、これはなかなか凄い人だなとは思った。
「まあまあとにかく、浅野くん。読んでもらいなさい。ねこざねさんはかなりの読書家だし意見は参考になるはずだよ。」
「うーんと、じゃあお願いしますこれ。」と彼女に原稿用紙を渡すことにした。
「では、わたしは沼田先生に用があるので」
とねこざねさんは職員室の奥の方へと歩いていった。去り際にこちらにぺこ、とお辞儀をしたので巧もつい、お辞儀を返してしまった。感覚的にねこざねさんはいい子だなと思った。そして彼女の感想が少し楽しみになったと、思っていたら、
「いやー、君もなかなか良い子なんだがおとなしすぎると思ったよ。隠れてなんかやってるかと思ったらまさか小説だとはなぁ。」
はっはっはと金子先生は笑った。
「ほらもう始業時間になるぞ〜」
そういえば、そうだと巧は思い返して金子先生にまたお辞儀をして職員室を出た。
小走りで教室へ向かう。後ろでねこざねさんが職員室の扉を開けて出て行く音もしたが少し気まずいので振り切って上の階に行く。彼女のC組は職員室と同じ階だからこれでもう焦らなくていい、と思ったが、人見知りする自分を少し恥じた。まあとにかく今日も授業がある、頑張ろう。先ほどの職員室の中の緊張から開放されたせいか、反動で爽やかな気持ちに切り替えやすかった。そして巧は教室に入って行った。始業前のガヤガヤとした心地よいにぎやかさにつつまれた教室に。