金子先生爆笑す
「先生、小説書いたんで読んでください!」
浅野巧はショートカットの女教師ー金子先生に向かっておそらく16年の生涯で一番の大声で叫んでいた。
「はい?」
金子先生は聞き返す。おい、また言わせんのかよ鬼だな金子先生 と心で毒づき、また深呼吸して巧は言い直した。
「金子先生、小説書いてきたんで読んでください。」
今度は冷静に。原稿用紙は突き出したままだ。すると金子先生は彼女自身の目の前にある原稿用紙と、それを差し出す生徒を交互に見た。先生のほっぺたがふくらむ。そしてふーと吹き出す音がかすかに聞こえた。そしてこらえきれずに彼女は笑いはじめる。
「あっははははははいやちょっと待って浅野くん、ぷっははははは小説っ、書いたああははははごめん。いやちょっと待ってトイレいく」
と爆笑しながら職員室の奥の方へ立ち去って言った。一人残された浅野くんにおそらく16年の生涯で一番の後悔、そして敗北感まとめるならばやっちまった感ーが襲った。
よく見たら隣の藤田先生も笑っているじゃねーか。また毒づく。しばらくして金子先生が戻ってきた。
「えーと、浅野くん。ハアしょっ、せつ書いてくれたのはありがたいのだがわたしに読んでくれとはどういうことだ?こう見えてもわたしはが忙しいんだが。」
いやおれにはただ笑いをこらえているようにしか見えないんだが、と心の中で突っ込み巧は言う。
「ええと、なんか小説が書きたくなって、でそれでできたんで読んでもらおうかなと。」
恥ずかしいのでどぎまぎとした感じになってしまう。
「なるほど。」
金子先生は相槌をうって、
「でもなあ〜、読む時間がないんだ。今年度から将棋部の顧問になってな、いろいろとやるべきことが、あそうだ!、文芸部に渡そうかそれ。」
金子先生はもう引っ込められた原稿用紙を指さして明るい声で提案してきた。でもそれはー
「ならいいです。」
巧は言った。お忙しいところすいません、と言ってきびすを返す。そのとき、職員室の扉が空いて女子の声が聞こえた。
「失礼します。高1Cのねこざねです。」
「おお、ねこざねさん、いいところにきた!」
金子先生は彼女が用件を言う前に遮る。
「今この浅野少年が小説を読んで欲しいらしいんだがどうだい。」
「小説、ですか?」
珍しい名字のねこざねさん、なる女子は困惑げに言った。すっきりした顔立ちでしっかり者そうに髪はポニーテールだ。たしかに頼みごとはしやすそうだが金子先生、用件まず聞きましょうよここ数分で先生の大人気なさがうなぎ登りなんだけど、とまた巧は心の中で突っ込んでしまう。そしてねこざねさんの方を見ると目があった。
「ははあ、なるほどね。」
突然ねこざねさんはにやけた。そしてふーと吹き出す音がまた聞こえたかと思うと彼女は笑いをこらえながらうつむいて、
「わたし、よんでみます。ふふっ」
と言いながら手を伸ばしてきた。