告白
「主人公かあ」巧は思わず呟いた。
「ヒロインは結構可愛いですよね、ええと、『みらい』ちゃんですね。」とねこざねさん。
「未来から来たから、みらいと言うらしいな」夜桜先輩もちゃんと読んでくれたらしい。
「ありがとうございます、ヒロインは自分でも気に入っているので、」部分的にとはいえ褒めてもらえるのは嬉しい。巧は頬が緩むのを感じた。
「主人公の魅力が足りないのは、ストーリーにマッチしてないからだ。」夜桜先輩は言った。
「例えば難聴という設定を使い続けるならば、それを乗り越えて友だちとコミュニケーションをしようと頑張るとかの話があるが」
「確かにそれは、ねこざねさんも言ってました。普通の高校生でも話が繋がるようなものは良くないって」
こくこくとねこざねさんが隣で頷く。
「キャラクターだからこその話が面白いんです。」
そんな感じで討論していくと大体、小説というもののセオリーというものの感触がわかってきた。
「いろいろ決まりがあるんですね。」巧は感心して言った。
「そうだ」夜桜先輩はいう。
「一見、小説というとなんでも好きに書いてもいい気がしなくもないが、面白くするためにはセオリーがある。」
「なんでも好きに書きたいなら文学になります。」ねこざねさんが言う。
「なるほど」
「そもそも君はなんの為に小説を書くのか」
ねこざねさんにも聞かれた問いだ。
でも、もう巧の答えは決まっている。
少し深呼吸をして心を整理する。いつも自分の考えることを言うときは緊張感してしまう。
「人を楽しませたいからです。好きで書いているのもありますけど、それなら人に見せて感想を聞こうとなんかしないで勝手に書きます。」少し声は震えていた。
「人を楽しませる方法なんかいろいろあるが」夜桜先輩は巧を試すように笑う。
「いや、、、僕には小説ぐらいしかないような気がして、、、」巧は言い淀んでしまう。
面と向かって年上の人と話すのは初めてかもしれない。
「ほう」先輩が続きを促す。ねこざねさんは黙って聞いているようだ。なぜかいきなり真面目な空気になった気がする。
「あの、先輩にはまだ言ってないんですけど、僕は主人公と同じ難聴なんです」
そう言うと、やっぱり空気が変わる。ねこざねさんもとなりでごそごそ動き始めた。あからさまにポニーテールを正すような仕草をする。
そして、さすがの先輩もどうすれば良いかわからないような表情をする。
きっとどうリアクションするかは巧の話を聞いてから決めるのだろう。それが一番当たり障りのないやり方だし、巧にとっても楽な対応だ。
だから静かな、文藝部の空気を吸って巧は続ける。
「難聴だから人と接するのが苦手で、大事なことを聞き逃して関係を壊したりしてしまったこともあります。」
だから巧は今は積極的に自分が難聴だということを隠さず伝えるのが一番無難だと思っている。たとえ、そのことで避けられたとしても、お互い嫌な勘違いをするよりかはマシだからだ。
「それで将来、仕事するときにも耳のことで迷惑かけるのかと思うと辛いんです。
なるべく人と関わらないで人に奉仕したい。
それが僕の小説への考えかたです。」
言い終えたときは不思議とすっきりした気持ちになった。言葉にするということは、自分の気持ちの整理にも役立つのだということを考えた。
「そうだったんですね。」ねこざねさんが言葉を受け止めてくれた。
「やっぱり、やさしい人なんですね。」
「いや、そんなんじゃないよ。」巧は謙遜するしかない。迷惑をかけているのは、気を使ってもらっているのはいつも自分のほうだ。
「そう言うわけで君は面白い小説を書きたいんだな。」夜桜先輩は言う。
「はい」
「でもな、えーと、、巧。」
「は、はいっ」急に名前で呼ばれてびっくりした。先輩のほうを見るとじっと見つめてくる。
先輩の鋭い眼光からは目を逸らしてはいけないような気がした。
巧は姿勢を正す。
「君のその人を楽しませたいという気持ちは良くわかった。」
ゆっくりと先輩は言葉を重ねていく。
「それでも、いくら難聴だからといって人と関わらずに生きるなんてことは無理だ。」
ずっと先輩の目を見ていると何故か、こちらの目から涙が滲んでくるようだった。巧は一旦目をこすって、また先輩と視線を合わす。
それを待ってたかのように先輩は続ける。
「そして小説というのは経験で書くものだ。人との関わりが芸を広げるのもあるし、それがなかったら現実味のある小説は書けない。」
正論だ。
「その通り、、、だと思います。」
巧はうつむいた。きっとまた先輩に叱られたかったんだろう。
心のどこかではきっとわかっていたはずなんだ。人と関わらずに生きるなんて無理だなんて。先輩に甘えている自分が少し恥ずかしくなった。
「そこで、だ」急に先輩の声のトーンが上がる。
またもや巧は顔を上げて何事か、と先輩を見上げる。
「そんな君の問題を見事に解決する組織がある!」夜桜先輩はドンと机を叩いた。
「まさか、それって」ねこざねさんが隣であぜんとする。
「そうだ、そのまさかだネコ。」
「ええっ!」ねこざねさんががかなり驚いている。
夜桜先輩の口がゆっくりと開く。
この日から巧の学校生活が、いや人生が大きく変わったと言っても過言ではない。