お叱り
次の日。巧が下駄箱を開けると一枚の原稿用紙が入っていた。折りたたまれて上履きの上にそれはあった。
開くと中には、『放課後一人で文藝部に来い、夜桜。』と原稿用紙のマス目を無視して雑だが綺麗な文字で描かれていた。
もう読んだのかと驚いたが、ねこざねさんも1日で読んできたことを思い出す。
つーか夜桜先輩。原稿用紙大切に使って下さい。小説書くために1800円分買ったおれがバカみたいじゃないですか。と心の中で突っ込む。しかし、一人で、というのはねこざねさんを誘うな、という意味だよな。たぶん夜桜先輩もねこざねさんのアツい視線を普段から感じているんだろう。
でもねこざねさんの前では言いにくいことを言うのだろうか。巧は感想がきになると同時にすこし後ろめたさを感じた。
そして放課後、薄暗い地下の通路にある文藝部のドアの前に巧は立っていた。
深呼吸してノックする。こういう時、難聴の巧には中の返事を聞くことができない。だから主が自ら出でくるまでしばし待つ。
するとガチャンとドアが開いて夜桜先輩が顔を出した。
「やあきたか、入りな。」夜桜先輩は言った。
お邪魔します、と巧は言ってこのあいだのように部室のテーブルに先輩と向き合って座る。やっぱり夜桜先輩は美人だなとか思っていると、先輩の口が動いた。
「君の書いてきた小説、まあまあだ。」
はい、まあまあ。いただきました。二回目です。
「えっとどこがですか。」なんとか巧は酷評に耐える。
「あげたらきりがないんだが、まず言えるのか小説が浅い。」
「浅いですか」
「浅野だけにな」夜桜先輩がニヤッと笑う。
いや、おれは笑えねーよと心の中で突っ込む。
「小説っていうのは人生経験で書くものだ。たくさん経験を積んできた者の小説は面白い。でも君にはそれがない。」
「そうですか、、、、」
「たくさん経験を積みなさい。小説だけじゃなくて勉強も部活も、」
「そうですか。」巧はまた落ち込んでいた。ねこざねさんにまあまあと言われたショックには慣れていたのに。
「もう帰ります。」巧ははいたたまれなくなり立ち上がって帰ろうとした。
ドアの前で振り返って礼をすると呼び止められた。
「待て浅野少年。」夜桜先輩がツカツカと近寄ってくる。目の前まで来て追いつめると夜桜先輩は巧を挟んで両腕でドアに寄りかかってきた。巧の首の横に先輩の白い腕がある。
突然の事で巧は驚いてしまった。先輩の顔がとんでもなく近くにある。いい香りがしてきてどぎまぎしてしまう。先輩の彫りの深い顔にかっこいい影がかかっているのが見える。
「ななな何するんですかっ?」急いで先輩から視線を外そうとするが、こんなに至近距離で見るなと言っても無理である。
「それはこっちのセリフだ、浅野少年。」またもや先輩がニヤッと笑う。
先輩の吐息が顔にかかる。きっと自分の息ももかかってしまうと思って巧は息をひそめる。
「まだ私の話が終わってないじゃないか。」
巧はぞっとするような先輩の迫力に押される。
こんな美人とこんなに近い距離にある。恥ずかしさで心臓が破裂しそうだ。全身が鼓動している。
「私がまあまあと言ったのは君の伸びしろをして見込んでのことだ。」
甘い香りと、顔にかかる吐息でクラクラしてくる。
「わかったんでもう、離れてください。」
なんとか巧は訴える。
「なら、もう私の話の途中で帰るなんて無礼なことはしないでくれるかな」
今度は優しく微笑みかけてくる。ここまできてやっと巧は自分が叱られているのだと気付いた。
コクコク頷くと先輩はやっと離れてくれた。
先輩が髪をかきあげる。カッコよくて、色っぽい。ねこざねさんが惚れるのも分かる気がする。
「さあ話の続きをしたいところだが。」と言って巧をドアの前からどかす。今度は何事かと思うと先輩は
「いたずらネコちゃんも退治しないとね。」と言ってさっとドアを引いた。