「冒険都市・ギルドガルド」
「やっと……、やっとついたぁ……」
泥だらけになった顔をこすり、僕は眼前に広がる都市へと目を向けた。
たくさんの人。立ち並ぶ商店。街中が活気に満ち溢れてる。
頭上にかかる大きなアーチ状の入り口に表記された『ようこそ、ギルドガルドへ!!』の文字を確認すると、僕はさっそうと喧騒の中に飛び込んだ。
『ギルドガルド』――別名、冒険者の街。
僕の故郷であるファースの村からはるか南方、大陸のほぼ中心地に位置するこの街は、たくさんの冒険者たちが旅の拠点として利用する場所だ。
武器屋に防具屋、宿屋に道具屋など旅に必要なものはその全てがここにあると言っても過言ではない。
しかし、これだけの人が集まっているのはそれだけが理由ではなかった。
ここには、冒険者が絶対に訪れなくてはならない場所がある。
僕が遠路はるばる、五日もかけてここまで来たのもそれが理由だ。
「それにしてもすごい人だなー! みんな、冒険者なのかな?」
慣れない人混みに混ざり、舗装された街路を歩く。
行き交う人々はまさに多種多様であった。
重厚な鎧に身を包む戦士、男女入り混じる剣士の集団、上半身をさらけ出した武闘家のような青年や修道服に身を包む僧侶らしき人……。
故郷では見ることの出来なかった光景に、僕の目は自然と奪われていった。
と、突然。
よそ見をしていた僕の顔が、ぺちんと前行者へと追突する。
「あっ、すいません……!」
あわてて頭を下げる僕。
返事は無い。もしかして、怒っているのだろうか?
(ひぃー、どうか怖い人じゃありませんように……!)
そう祈りながら恐る恐る目を開くと、僕を待っていたのは目のやり場に困る壮観だった。
「いぃいっ!?」
見下ろしていたのは、背の高い褐色の女性だ。
しかし問題なのは、その服装。
たわわで豊かな胸部を布一枚で覆い、腰に巻いたスケスケのパレオからは局部を隠すランジェリーがはっきりと確認できる。
後はいくつかのアクセサリーを身に着けているだけで、何も無い。下着姿、同然だった。
「ぼくぅ、よそ見して歩いてちゃだめだぞぉ?」
「はっ、いや、その……」
恥ずかしさのあまりオロオロとする僕に対し、彼女はしなやかな脚を動かし接近すると、かがむように上体を下げる。
目の前で、大きな二つの果実がぽよんと揺れた。
「どうしたの、顔真っ赤にしちゃってぇ? 可愛いわねあなた、新米かしら?」
「えっと、その、僕は……」
だめだ……目が回る。
都会ではこんな恰好で歩いてる人が普通にいるだなんて、アカデミーでも習ってなかった。
しどろもどろになる僕に、女性が肩まで伸びた髪をかき上げ顔を近づける。
甘い香水の香りが鼻をくすぐり、口紅の塗られたぷっくりとした唇がなまめかしく動いた。
「君、よく見たら泥だらけね……。私の止まっている宿においでなさい。体を綺麗にして、それから……いろいろ教えてあ・げ・る」
「いいいい、いろいろって……!?」
妖艶に微笑み、自身の胸を寄せては離す女性。
ぱふぱふと音を鳴らす、見るもやわらかそうな二つの球体。
首筋にふっと吐息をかけられ、僕の思考はついにショートした。
「結構ですぅぅぅぅっ!!」
脇目も振らず、一目散に駆け出す。
「あん、ちょっと! せっかく先輩冒険者として冒険のいろはをっ……!」
破裂しそうな心臓。湯気が出そうな程、熱い顔。
あのぱふぱふの先には、何があったんだろう?
(アイナさん、ギルドガルドは僕には刺激が強すぎます……)
故郷の義姉を思い浮かべながら、僕は目的地へと急いだ。
*
「ふぅ……、多分ここで間違いないよな?」
広すぎる街中をさまよい、僕がたどり着いた場所。
この街名の由来にもなっているこの建物は、明らかに他と異質な造りをしていた。
純白の壁面、ステンドグラスの施された窓。
小ぶりな教会を思わせるその外観は、神々しさと荘厳さを見事に共存させている。
冒険者組合――ギルドと呼ばれる施設だ。
基本的に旅に出るものは、このギルドでまず冒険者としての登録をする。
そしてギルド側は登録者の能力に見合った依頼を提示し、それを達成することによって冒険者は報酬を得るのだ。
中には無登録の人たちもいるらしいけれど、ギルドに所属する恩恵はとても大きい。
冒険に有益な情報もいち早く届くし、登録をしていなければ利用できない施設なんかも多いらしい。
本来ならアカデミーへ通っていた生徒は卒業時に登録をすることが出来たのだが、僕は冒険者になるつもりはなかったので未登録のままだった。
はぁ、こんなことになるならあのときやっておけばよかったな……。
「ごめんくださーいっ」
ガラス張りの扉を開き、中に入る。
大きなエントランスには、窓口と思わしき場所がいくつか点在していた。
不思議なことに、人気はほとんど無い。外にはあれだけ人がいたのに、どうしてだろうか。
首を傾げながらも、『受付』と札のかかったひと際大きな窓口へと僕は向かった。
「すいませーんっ! 誰かいますかー!?」
大理石でできた台に身を乗り出し声を上げる。
すると、けだるそうに頭をかきながら一人の女性が姿を現した。
「はーいはいっ……何か御用ですか? 今は職員は昼食の時間ですよー。外に『休憩中』の看板かかってたでしょう?」
欠伸をしながら答える女の人。
寝起きの様にも見える表情をしているが、顔立ちは至極整っている。
緑の短髪から飛び出た長い耳……恐らく、彼女はエルフだ。
姿は人間とほぼ変わらないが、精霊の血を引く神聖な種族。
ギルドの運営はほぼエルフが行っていると聞いていたけど、本当だったんだ……。
「あっお休み中すいません! 冒険者の登録をしにきたんですけど?」
「あー初めてのご利用なんですね? ギルドは休憩中でもあなたたちを歓迎しますよーっと。はい、この用紙に必要事項を記入して」
何だか、すごく事務的な対応だ……。
それもそうか、ここの人たちは毎日たくさんの冒険者を相手にしてるんだし。
言われた通り、登録用紙にペンを走らせる。
と突然、めんどくさそうに僕を眺めていた彼女が口を開いた。
「そこ、間違ってますよ。ちゃんと文面をよく読んでください」
「えっ? どこですか?」
あわてて用紙を確認する。
途中まで書いていた箇所を確認するが、間違いはない。
僕が頭にハテナマークを浮かべていると、彼女は少し苛立ったように指摘する。
「だ・か・らっ! そこの勇者の刻印の有り・無しのところ! 有りにまる付いちゃってるじゃないですか!?」
「はい、持ってるので」
きょとんとし、返事を返す。
どうしたんだろう? まるで狐につままれたような顔をして……。
僕は何か変な事でも言っちゃたのだろうか?
無言のまま僕を指さす彼女。何だか口元がわなわなと震えている。
「……マジ、ですか?」
「はいっ! マジです!」
証拠のため、僕はインナーを引っ張り刻印をチラ見させる。
かすかに見えたであろう獅子型の痣に、彼女の目がみるみる丸くなっていった。
「本当に……刻印持ち……! すごいっ、すごいわっ!!」
先ほどまでの緩慢な態度は打って消え、急に瞳を輝かせるエルフの女性。
ペンを握ったままの僕の手を両手で握ると、うっとりと恍惚の表情を浮かべる。
「お待ちしておりました、未来の勇者様! わたくし、このギルドの受付嬢をしております『ミリア・ミール』と申します」
「はぁ……どうも」
何だか、急に対応が変わった気がするけど……。
ミリアさんは書きかけの登録用紙を取り上げ、まじまじと見つめる。
「名前は『リオ・リネイブ』様ですね。年齢は十六、出身はファースの村。まぁ随分と遠くからお越しになられたようで」
「本当に大変でした……。何度死ぬかと思ったことか……」
ここまでの道中、幾度となく繰り返したモンスターとの遭遇を思い出す。
時には戦い、時には逃げ、というかほとんど逃げて命からがらなんとかたどり着いた。
幸いなことに高ランクのモンスターとのエンカウントが無かったのは、アイナさんがくれた地図のルートを辿ったからだろうか。
たしか生前義母が都会へ出るときに使っていた、秘密の道だと言っていたけど。
「ちなみに、勇者育成学校は出ていらっしゃるのですか?」
「一応、三カ月前に」
「まぁっ、じゃあエリートですね! はぁ、ぞくぞくするわ。ここから始まる勇者の冒険の門出に、私が携われるなんて……!」
うっ、言えない……。
万年びりの成績だったなんて、言い出せない。
「もう手続きは大丈夫です! これ以上、刻印持ちの方の手を煩わせるわけには行きません」
「あっ、ありがとうございます」
「では、これが登録証と冒険者の手引きです。と言っても、リオ様のような方には必要ないかもしれませんが……」
差し出されたのは、ギルドに所属したことを示す手のひらサイズのカードと小冊子だった。
これで僕も冒険者の仲間入り、か……。
はぁ……ついになっちゃったよ。
何ともいえない気持ちのまま、その二つを懐にしまい込む。
「それから、クエストの受注はあちらになります」
右手で方向を示すミリアさん。
目を向けると、壁一面の掲示板に所狭しと用紙が張られている。
「あちらから受けたいものを選んで、窓口までお持ちください。ただ……お疲れのようなので今日は休んだ方がいいと思いますが?」
言われて僕は自分の体が泥だらけなのを思い出した。
確かに、今日はもうゆっくり休みたい。
ずっと野宿を繰り返していたから、ベッドがとても恋しかった。
「登録記念で初回の宿の利用は無料となっております。手引きに街の地図がのっておりますのでご確認ください」
「本当ですかっ!? わぁ、助かるなー!」
「いえいえ。これから長いお付き合いになるのですから、このくらい当然です。こちらから連絡は入れておきますので、宿についたら登録証とお名前をお伝えくださいね」
一応アイナさんから多少の資金はもらっていたが、これからのため装備やアイテムも買い揃えなくてはならない。
一泊とはいえ節約できるのは、駆け出しの僕にとってとても重要なことだった。
それに都会は物価も高いと聞くし、うまくやりくりしていかないと。
「じゃあ最後に、能力の確認ですね。 あぁ……刻印持ちのステイタスを視れるなんて、私はなんて幸せなのかしら!」
どくんっ。
心臓が鼓動を上げる。
ギルドに所属することの利点の一つ。それは自身の力を数値化して職員に視てもらうことが出来ること。
精霊の力を持つエルフは、特殊な魔法によって対象の冒険者としての力量を量ることが出来る。
レベル――いわば強さを表すその値によって、冒険者もモンスターと同じようにランク付けをされるのだ。
こうすることによって冒険者が無理なクエストを受注したり、己とかけ離れた強さのモンスターと戦うことを防ぐギルドからの計らいでもある。
実質、ステイタス制度ができてから冒険者の死亡率は激減したと聞いていた。
しかし、ランク付けによって冒険者の間に明確な上下関係ができてしまうという弊害も生んではいるが……。
「じゃあ行きますよ? じっとしててくださいね」
「お、お願いします!」
あぁ、緊張する……。
アカデミーでも何度か視てもらったことはあるけど、この瞬間はいつも胸がどきどきする。
自分の今までの経験が、そのまま数字で表されるんだ。
僕はどれくらい強くなれてるんだろうか……。
ジェリーキングだって倒せたし、もしかしたら一気にランクアップしてたりするかも!?
アカデミー卒業時の数値は、そりゃひどいものだった。
せめてあの頃よりは、胸を張れるような値になっていますように……!
「親愛なる大地の精よ、彼の者の力を我に示したまえ……対象透析!!」
詠唱と共に、僕の体が光に包まれる。
魔力を灯したミリアさんの瞳がじっと僕を凝視し、そして驚愕の声を上げた。
「こっ、これは!?」