少年よ、獅子となれ。
「アイナさんっ! 逃げて!!」
アイナさんに迫るキングを見て、僕は懇願するように叫んだ。
口元に手を当て目を見開くアイナさんは、体を一向に動かそうとしない。
(くそっ、このままじゃ!?)
ふらつく全身に喝を入れ、僕は渾身の横っ飛びをかます。
抱きかかえるようにアイナさんに飛びつく頭上をキングの拳がかすめ、僕たちはそのまま地面へと倒れこんだ。
「リオ君、これはどういうこと!? それに、頭から血が出てるじゃない!?」
「お願いです、アイナさん。今すぐここから離れてください。そして村の皆をどこか遠くへ……」
言い終えるや否や、繰り出される攻撃。
当たりはしなかったものの、地面を抉るほどの衝撃は風圧だけで僕たちを容易に吹き飛ばした。
転がる僕の体は倒れるロイさんの近くへ。
片膝をつき、何とか上体を起こす。
もう、体力が限界だ……。このまま倒れてしまえば、どれだけ楽になるだろう。
どうせ僕の力じゃ弱者の王は倒せない。
僕はどうなってもいい、せめてアイナさんだけでも逃がせれば……。
ゲル状の体を引きずり、キングが迫る。
あぁ、そうだ。それでいい。きっと次の一撃は、このボロボロの体じゃ避けられない。
僕が囮になっている間に、彼女が逃げてくれればそれでいいんだ。
己の死を覚悟し、アイナさんの無事を願い、僕は瞳を閉じた。
「リオ君を、いじめないで!!」
耳を疑う言葉に、僕は閉じた両目を開く。
「……何やってるんですか……!? 早くっ、こいつの注意が僕に向いているうちに!!」
アイナさんは左右に腕を伸ばし、キングの前に立ちはだかっていた。
土で汚れた顔をこちらに向け、ふっとほほ笑む。
「君は神に選ばれた、勇者の資格を持つものなんだよ? こんなところで死んじゃダメ」
「ばかなこと言ってないでっ! あなたが死んだらどうするんですかっ!? 逃げてくださいっ! お願いですから……逃げてっ……逃げろよぉぉぉっ!!」
眼前に立つアイナさんの華奢な体つきは、どう考えてもキングの攻撃を耐えれるものとは思えなかった。
そしてその四肢は、よく見れば小さく震えている。
(本当は怯えているんだ、この人は……)
冒険者でもないアイナさんが、こんな強大なモンスターを目の前にして怖くないはずがない。
言われるまでもなく逃げ出したいはずだ。それなのに……!?
「何で……?」
掠れた声が、喉から漏れた。
背を向け、キングの前に立ちはだかったままアイナさんは口を開く。
「絶対勇者になって、お母さんの敵とってね? あのときの言葉、忘れたなんて言わせないんだから」
はっと、脳裏に蘇るように記憶が走った。
あの日……僕に勇者の刻印が現れた日。
モンスターに母を殺され泣き叫ぶ彼女を見て、僕は魔王を強く憎んだ。
そして、誓った。もうこの人を絶対泣かせたりしないと。
大切な人を守れるような、強い人間になろうって。
それなのに僕はいつも守られてばっかりだ。卒業試験ではレーアさんに助けられ、今はこうしてアイナさんが身代わりになろうとしてる。
胸が火が灯ったように、かっと熱くなった。
何やってんだよ、僕は!? 男だろ!? 刻印持ちだろ!?
今やらないで、いつやるんだよっ!?
僕以外に、誰がこの人を守るっていうんだっ!?
視界の端に、拳を振り上げるキングが映る。
動け……動け動け動け動けぇぇぇぇっ!!!!
――ガキィンッ。
火花を散らした剣、受け止めるはキングの一撃。
僕は転がっていた片手半剣を手にし、アイナさんの前へと躍り出ていた。
「僕が……必ず守りますから! あいつをやっつけますから!」
「リオ君!!」
剣を払い、攻撃を受け流す。
続けざまに懐に入り、剣戟を見舞う。
「っあぁぁぁぁぁっ!!」
ぼよん、ぼよんと体中をへこませるキング。
しかし、すぐにゴムの様に形状を跳ね戻し、何事も無かったかのように体を蠢かせる。
(だめだ、やっぱり刃が通らない!)
繰り出されたフックを跳躍で回避し、僕は目尻を吊り上げた。
「……っててて。 ん、てめぇ……何やってやがる?」
「すいません、武器お借りしてます!」
意識を取り戻したロイさんに一言告げ、僕は再びキングへと切りかかった。
体が軽い。感覚が研ぎ澄まされてる……。
鉛のようだった身体は思うように動くし、躱すのが精一杯だった攻撃が止まって見える。
胸元に目をやると、ボロボロになったシャツから顔を出した刻印が微かに輝いていた。
(もしかして、これが勇者の刻印の力なのか……?)
よくはわからないが……この力があればきっとキングを倒せる!
「これで、どうだぁぁぁっ!!」
力任せの一刀が、キングの左腕にめり込んだ。
反発してくる感触に歯を噛みしめ、思いの限り振りぬくと『ブチィッ』と音を鳴らし柔軟な腕が引きちぎれた。
「やったっ!!」
初めての手応えに思わず顔を綻ばせた僕は、次の瞬間に愕然とする。
――再生。
ボコボコと音を鳴らし、ちぎれた先から元通りに生える腕。
何事も無かったように再び生えた腕を奮うキングから距離を取り、僕は額を伝う嫌な汗を拭う。
くそっ、こんなの……どうしたら!?
「素人か、てめぇは!? ジェリーは中心の赤い核が弱点だ! そこぶち壊しゃあ、再生なんぞしねえ。勇者育成学校で何学んでやがったんだ!?」
飛んでくるロイさんの叱咤。
そうだった。ジェリー種共通のウィークポイント。
中心にある真紅に輝く円形のコアが、いわば彼らの本体だ。
あそこまで、攻撃が届けば……!
大地を蹴る。
右、左と飛んでくる拳を力任せに剣で弾き飛ばし、僕はコア目がけて跳躍した。
半透明の体皮は弱点の位置を容易に確認することができ、狙いはつけやすい。
水色の体色の中、不自然なほど鮮やかな紅いコアへ片手半剣を一直線に突き刺した。
「はぁぁぁぁっ!!」
体をくの字に曲げるキング。しかし、弾力に富んだ表面が剣の侵入を拒む。
気を抜いたら、反発によって腕が弾き飛ばされそうだ。
歯を噛みしめ、剣の柄を両手で握る。じりじりと、強引にコア目がけ刃を押し出していく。
(あと、少し……あと少しで、届く!)
僕の剣が目標到達まであと数Cというところだった。
――パキーンッ。
響き渡る金属音と共に、僕の体は後方へと投げ飛ばされた。
地面に背中を預けたまま、恐る恐る手にしている剣を見る。
「そんな……まさか……!?」
ロイさんから借りた――勝手にだけど――片手半剣は無残にも柄から先が無くなっていた。
折れたのだ。キングの防御力に、刃がついていけなかった。
いや、僕が雑な扱いをしすぎたからかもしれない。
どちらにしろ、僕にはもう獲物がない。いくら身体能力が上がっているからって、素手で渡り合える相手じゃない。
女戦士の斧を使うか? いや、どう見たってロイさんの剣の方が切れ味は上だ。
どうする……どうする!?
「リオ君! あれを使って!!」
アイナさんが指さす先。そこには白い布で包まれた棒状のものが地面に転がっていた。
あれは確かアイナさんがここに来たとき持っていたもの。さっきの衝撃で落としたのか?
僕は体を起こし、アイナさんの指示した物体をダッシュで拾う。
すぐさま包んでいた布を取り払い、中を見て……驚愕した。
「これはっ!」
象牙色の刀身。緑黄色の小ぶりな柄。
刃渡りは一Ⅿ程の、ロイさんのものより短いショートソード。
間違いない、僕がアカデミーの卒業試験でレーアさんからもらった、竜の中爪で作られた剣だ。
金属ではない物質で作られているせいか、重量はとても軽い。
しかし、その刃は見るだけで鋭利に満ちておりかなりの業物であることがうかがえる。
「この剣ならっ!!」
届く……あのコアに!!
僕は再び、キングへ向けて駆け出した。