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勇者になんて、なりたくない。  作者: ゆと
第一章
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冒険者様、御一行。


「うわぁ……すごい人だかり!」

 

 普段利用客なんてほとんどいない宿屋が、店の入り口まで人でごった返している。

 僕は人混みに体をすべり込ませ、首を伸ばして中の様子をうかがった。

 

「冒険者様、どうか魔王を倒し息子の(かたき)を打って下さいまし……」

「任せておけ。俺は必ずや世にはびこる悪しき魔王を討伐し、世界に平穏をもたらして見せる。そして勇者となることを、この刻印に誓う!」

 

 どっと、観衆が沸く。

 老婆に話しかけられているのは、重厚な鎧に身を包む青年だった。

 青色(ブルー)の短髪に、面長の顔立ち。腰には片手半剣(バスタードソード)を携え、鎧の上からもわかる鍛えられた肉体。

 手甲(アーム)を外した左手首には竪琴を模した痣、勇者の刻印(ブレイブマーク)が記されていた。

 広さ二十畳程の宿屋のエントランス、中央に置かれた円卓には、あと二人彼の仲間(パーティー)と思わしき人物が腰を据えていた。

 一人は屈強な女戦士。褐色の肌を桃色(ピンク)の鎧に包み込み、むき出しになった腹部は見事なまでに八つに割れている。テーブルには重厚な両手斧(バトルアックス)を立てかけており、僕の力じゃ持ち上げることもできないであろう。

 もう一人は多分魔法使いだ。深緑のローブを羽織り、手には宝玉の光る木製のロッドを携えている。眼鏡の奥鋭く光る眼光は、彼の知性の高さを強調しているようだった。

 

 これが冒険者たち……。危険をかえりみずモンスターと戦い、魔王を倒すため旅する人々の希望。

 貧弱な自分とはかけ離れた風貌に、僕は思わず見入ってしまっていた。

 ふと、急に背中を誰かに押され、僕は人混みから冒険者様たちの前へと押し出される。

 

「冒険者様ー! こいつがうちの村の刻印持ちです! 俺らの村の希望、勇者の卵ですわ!」


 そう声に出したのは、村の血気盛んな若者だ。

 僕がおずおずと頭を下げると、冒険者様は一様に視線を細めた。

 

「ほう、君が……? 俺と同じ勇者の刻印(ブレイブマーク)の所持者ということは、勇者育成学校(アカデミー)は出ているのか?」

「はい、三カ月前に……」

 

 僕がそう呟くと、剣士の青年はすこし驚いたような顔を見せた。

 はぁ……。それにしても間近でみるとすごいオーラだ。一体いくつの修羅場を潜り抜けてきたんだろう。アカデミーでもこんな気迫を持った人はレーアさんぐらいだった。僕なんかとは、まるで違う……。

 

「まだ旅には出ていないのか? それともこの村をモンスターから守っているとか?」

「いえ、僕は……その……」

「冒険者様、こいつ魔物と戦うのが怖くて村から出たがらないんですー! 何とか言ってやってくださいよ!? せっかくの刻印がもったいないって!」


 僕の事情を聴くと、冒険者様は優しくほほ笑んだ。

 赤面する僕へと手を伸ばし、頭を数度撫でるとまるで諭すように口を開く。


「少年、俺も昔はモンスターが怖かった……」

「え!? 冒険者様みたいな人が?」

 

 信じられなかった。こんな強そうな人が、僕みたいに魔物を恐れるなんて。

 青髪の剣士は厚い鎧の前で腕を組むと、目を閉じる。

 

「俺がアカデミーを出たのはもう六年前だ。駆け出しのときは俺も(あお)くてな、己の力量もはかれずよく無理をした。そしてある日、俺はモンスターにコテンパンにやられたんだ」

 

 開いた瞳は、どこか遠くを見つめるようだった。

 過去の自身の愚行を省みるように、冒険者様の顔に恥じらいの色が浮かぶ。

 

「それからしばらくは、まともに剣が握れなかった。初めて知った死の瀬戸際、無残な姿となった仲間達(パーティー)の姿が、目に焼き付いて離れなかったよ」

「じゃあ、どうして……」

 

 どうして、まだ冒険を?

 僕がそう問いかける前に、冒険者様は視線を下げ手首に印された勇者の刻印(ブレイブマーク)を握りしめた。

 まるで熱でも帯びたかのように、その痣が輝いて見える。

 

「魔王に苦しめられる人々を目にする度、この刻印がうずくんだ。逃げるな、お前がやらずして誰がやる? そう訴えるようにな……。それに俺自身、魔物に襲われている人を見て見ぬふりなんてできなかった。だから俺はもう一度、剣を取ったんだ」


 両隣に座る女戦士と魔法使いが、「フッ」と口から笑みをこぼす。

 きっとこの偉大な剣士を、仲間として誇りに思っているのだろう。

 勇者になんかなりたくない、そう考えていた僕でさえ胸に熱いものがこみあげてくる。

 

「少年、名前は何という?」

「っへ!?」

 

 聞き惚れていた僕は、急に自分の名前を聞かれてすっとんきょうな声を上げてしまう。

 周りがくすくすと笑う中、この剣士だけは真摯な表情を変えはしなかった。

 

「……リオ・リネイブです」

「そうかリオ! 俺は『ロイ・ロード』だ。いいか、勇者とは心に”勇”を宿すもの。神に選ばれし君の中にも、きっと”勇”がある。今は逃げたって、戦わなくたっていい。だけど、いつか必ずその刻印が君を戦いへと駆り立てる。その時は恐れずに剣を振るうんだ。神に選ばれし、勇者の資格を持つ者として……」

 

 再び巻き起こる大歓声。

 やんや、やんやの喝采を受け冒険者たちはクールな笑みをこぼした。

 僕はロイさんの言葉を頭の中で繰り返す。

 心に勇を宿すもの、か……。

 僕の中にもあるのだろうか? 悪を見逃せない正義の心。死を恐れず凶悪なモンスターに立ち向かう、そんな勇気が。

 僕は自分の勇者の刻印(ブレイブマーク)を確かめるように胸のあたりをさすった。

 

 と、突然。

 

「モンスターだぁ! 村にモンスターが出たぞ!!」

 

 飛び込んできた凶報に、歓声は悲鳴へと早変わりした。

 我先にと逃げ出していく村人を前に、ロイさんたちは動じることもせず武器を取る。


「来たか……」


 そう呟き、颯爽と駆けて行く冒険者たち。

 僕はその姿をただただ見守るだけだった。

 胸の刻印がずきりと痛んだ気がした。

 


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