俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ!
「見つけたぞっ!」
周りを岩壁が囲む洞窟の中。
僕はすみに転がる岩石の裏で蠢く影に、勢いよく飛びついた。
腕の中でバタバタと暴れるのを何とか放すまいと、逃がさぬようにしっかりと抱きかかえる。
「これで依頼達成ですね!?」
「思ったより手がかかったなぁ……」
おさげの髪を揺らしながら駆け寄るハルに、僕は徒労の表情を返した。
ギルドガルドに戻った僕たちは、休息もほどほどにすぐに新しいクエストを受注していた。
ハルがパーティーに加わったことにより生活費は倍になり、壊れた防具の新調なども必要だからだ。
明日生き抜くための資金のため、僕らはいつまでも平穏に甘んじているわけにはいかなかった。
何よりも、ハルが「早く、冒険しましょう!」と目を輝かせて急かしてくるのも大きかったけれど……。
「それにしても、この子モンスターに襲われてなくてよかったですね?」
ハルは対象を抱きしめる僕の両腕の中へと視線を向けてくる。
僕もそれに習うと、腕の中から顔を出したつぶらな瞳が僕を見つめた。
「ワンっ!」
「よかった! 元気そうじゃないですか、わんちゃん!」
今回のクエストは、捜索依頼だった。
とある老婆の愛犬が行方不明となり、なぜかこの『イージの洞窟』での目撃情報が寄せられていたのだ。
ギルドガルド近くにあるこの洞窟は、すでに幾多の冒険者により狩り尽くされた場所として有名で、モンスターの数も少なくお宝が眠っていることもない。
普段、めったに人の訪れないこの場所であるが、先日たまたま通りかかった冒険者が洞窟に入っていく犬の姿を目撃したとのことにより、老婆はわらにもすがる思いでギルドへと依頼を申請した運びである。
「ところどころ汚れてるけど……うん、怪我とはないみたい!」
「みんなもう手遅れだ、なんて言ってましたけど、諦めなくてよかったですね」
ハルの言うように、この依頼に対する周囲の意見は絶望的なものだった。
まだ少数ではあるがモンスターの生息する場所で、子犬が生きているはずはない。
すでに魔物の腹の中だ、誰もがそう思っていたのだ。
故にこの依頼は誰にも受注されず、放置されていた。
成果のあげれないクエストなど、受ける意味がないからと。
「あきらめなかった、おばあちゃんの勝利だね」
「ううん。それもあるけど、周りの見解にとらわれずにこの依頼を選んだリオ君の勝利ですよ!」
にっこりとほほ笑むハルに対し、僕は苦笑いを浮かべてしまう。
僕のランクで受注できて、そこそこ報酬がよくて危険の少ないもの。
ただそれを選んだだけだなんて、口が裂けても言えそうになかった。
「さぁ、戻りましょうか? お前もおばあちゃんが待ってるよ」
「ワンっ、ワン!」
ぱたぱたと尻尾を振り、子犬は元気よく吠える。
僕たち二人と一匹は、ギルドガルドへと帰路を進むのだった。
*
「それじゃあこの犬は、ギルドが責任を持って依頼主に届けますので」
「ワンっ!」
たくさんの冒険者がひしめくギルドのロビーで、僕は受付嬢のミリアさんへと子犬を手渡す。
手渡された書類にサインをし、これでようやくクエスト達成だ。
「うーん、まさかほんとにこの犬が生きているとは……。ギルドとしてもあまりに受注者がこないから、取り下げようかとも思っていたんですけどねぇ」
自身の緑髪をぽりぽりとかき、ミリアさんはうーんと唸る。
「見たところ外見も依頼主の言っていた通りだし、偽物ってこともないか……。とりあえずお手柄ですよ、リオ様。こちらが報酬です」
「ありがとうございます!」
ざざっと受付代の上に金貨袋が置かれた。僕は袋の革ひもを開き、中身を確かめる。
えーと、銀色の硬化が二十枚だから……うん、提示されていた額である一万Gで間違いない。
「今日はごちそうですねっ、リオ君!」
にこにこと頬を緩ませるハルにつられ、僕も自然と笑みがこぼれた。
「では、最後にステイタスの確認をしていきますか?」
そんなミリアさんの提案に、僕はしばし考える。
今回のクエストではあまり戦闘もなかったし、能力の上昇は望めないだろうな。
それに他にも待合席で待っている人も多いことだし、あまり時間をかけてもらうのも悪い気がする。
今日はやめにして、また後日に改めて視てもらおう。
「忙しそうですし、大丈夫です! それについこの間、他の方に視てもらったばかりなんで」
「他の方……? 一体だれにっ!?」
ぐわっと、受付代から顔を乗り出すミリアさん。
大きく見開いた目からは、なんだか多少の怒りも感じるとれる。
僕は少し体をのけぞらせつつも、イリアルドさんのことを彼女に話した。
「えぇぇっ!? イリアルドさんにお会いしたんですか!? どこで? どうして!?」
「ははは……少しわけがありまして。やっぱり偉い人なんですか?」
「もちろんです! ギルド上層部にしてハイ・エルフの超エリートですよ! 私たち職員だって、なかなかお目にかかれないんですから」
もともと目見麗しいエルフたちだけど、イリアルドさんはその中でも気品に溢れている感じがした。
あれが王族のオーラなのかなと、しがない田舎村の出身である僕は彼女と普通に会話していたことさえ恐れ多く感じてしまう。
「ちっ、せっかく私が唾つけといたのに……よりによって相手が上司か」
「えっ? ミリアさん何か言いました?」
「いえいえっ、何でもありません! それにしてもリオ様? 登録のとき以外しばらく顔を見せなかったり、上層部と出会っていたり……。一体、何をしていたんですか?」
うっ、と僕は言葉を詰まらせる。
リーンベルの浄化の鐘については、ハルやイリアルドさんにはお願いして内緒にしてもらっている。
僕が鐘を鳴らしたなんて噂が広まってしまえば、樹王の標的にされること間違いなしだからだ。
なるべく目立たず、つつましく。それが今後の僕の目標だった。
「まさか……非公式のクエストなんて受けていたんじゃないでしょうね!?」
「いやーその……」
ハルの顔をチラ見し、二人揃って苦笑いした。
「もう、だめですよ! ちゃんとクエストを受ける際は、ギルドを通していただかないと。何かあったらどうするんですか!?」
「はい、すいません……」
「まぁ無事でしたら、それでいいんですけどね。そうだ、リオ様に伝言が届いていたんです。えーと、アイナという女性の方からみたいですが?」
「アイナさんっ!?」
「すぐに連絡よこせ、と。あちらに魔電話があるので、それを利用されては?」
「はい、ありがとうございます!」
僕はミリアさんに頭を下げると、壁際に数台並んだ魔電話へと走った。
自宅の番号を入力し、受話器を耳に当てる。
魔電話とは魔法の力を用いた機械で、離れた相手へと音声を送り会話をすることができる非常に便利なものだ。
久々に聞けるアイナさんの声に胸を膨らませつつ、僕は受話器から聞こえるコール音に耳を傾ける。
しばらくすると、「もしもし?」と懐かしい声色が響いてきた。
「アイナさん! 僕だよ、リオだよ!」
「リオ君!? もうっ、心配してたんだから! 大丈夫なの? うまくやってるの?」
耳朶を震わせる声はとても心地よくて、僕は思わず瞳を潤ませてしまう。
僕は無事に冒険者になったこと、今日クエストを達成したこと。
仲間ができたことや、憧れの人に再会できたことなど、いろんなことをアイナさんに話した。
「そっか……元気にやっているんだね。こっちも相変わらず平和だよ? モンスターもジェリーくらいしか出ないしね。そうだリオ君、覚えてる? この間、あの鐘が聞こえたんだよ?」
「えっ? それってもしかして……?」
「浄化の鐘だよ。小さい頃、高台で二人でよく聞いていたじゃない? もう鳴ることはないなんて言われていたけど、誰かがリーンベルを救ってくれたんだね」
アイナさんにも、届いていたんだ……。
僕は自分の功績が認めらたようで、とてもうれしかった。
もしあの鐘がファストの村にも届くのなら、それは村の安全を守ることにもなる。
僕がやったことは、故郷の為にもなったんだ。
「ちなみにさ……もう嫌になったりしてない? 村に帰りたいとか、思ってない?」
少し音量を落とした口調で、アイナさんは呟いた。
村に帰るか……。できることなら、そうしたい。
でも、僕みたいな人間でも誰かの役に立つこと。この刻印を必要としてる人がいること。
それがわかり、もう少しだけがんばってみたい気がする。
ハルという信頼できる仲間もできて、きっとこれからも困っている人の力になれる気がするんだ。
それに、まだ胸を張って村に戻れるほどのランクにはなれていないし、アイナさんにも認めてもらえないだろうなぁ……。
「もうちょっとだけ、やってみるよ」
「えっ!? ……そう、か。うん、がんばってね!」
何だか少し寂しげに聞こえたアイナさんの言葉に、ちょっぴり後悔を覚えつつも。
別れの言葉を告げ、僕は受話器を置こうとした。が、しかし。
「ちょっとまって。リオ君、仲間ができたって言ってたけど、男の子? 女の子?」
なぜそんなことを聞くのだろうと、僕は質問の意味を模索する。
そういえばアカデミーにいたときも、アイナさんはよく手紙で女友達の有無を気にしていたっけ?
残念ながら、僕には女子どころか男の友達もできなかったんだけど……。
「えーと、女の子だよ。同い年くらいのかわいらしい子」
「……そう。その子にかわりなさい」
「は?」
急に声色が変わった気がした。
電話越しからも伝わる、ピリピリとした空気。僕の額に、大粒の汗が浮かんでくる。
「いやー、クエストを終えたばっかりで疲れてると思うし、今度ちゃんと紹介するから……」
「だめよ。今かわりなさい」
有無を言わさぬ口調。理由はわからないが、絶対にハルにかわってはいけない気がする。
後ろを振り返ると、何も知らないハルが「はーやーくぅ!」と笑顔で急かしてきた。
胸の刻印が熱い。スキルが発動したときのような感覚がする。
あの笑顔を、守らなくては……!
「ごめんっ、アイナさん!!」
「ちょっと、リオく――」
光の速さで受話器を置く。
荒くなった呼吸を整え額の汗を拭い、なんとか修羅場を潜り抜けたと安堵の息を吐き。
待たせていたハルの元へと駆け寄り、彼女へと謝罪をした。
「ごめんね、時間かかちゃって!」
「私もう、お腹ペコペコですー」
顔を膨らませるハルに頭を下げながら、外へと続く扉を開いた。
空は朱色に染まり、夕刻を告げている。
きれいな夕焼けに目を焼かれながらも、僕たちは歩き出す。
「明日はどんなクエストを受けましょうか?」
「うーん、世のため人のためになることかな」
「えへへ。そのセリフ、すっごく勇者っぽいですね!」
「うそっ!? あれれ、そんなつもりじゃないんだけど……」
すぐにギルドガルドの喧騒が、僕らを飲み込んでいく。
道を闊歩するこわもての冒険者、客引きに躍起になっている飲食店の女性に目を移しながらも、僕は少しだけ冒険者という仕事に楽しさを感じ始めていた。
やりがい、とでも言うのだろうか?
なにもせず家に引きこもっていたときとは違う、心を満たす達成感。
それを得ることができたのは、村を出て冒険者になったおかげなのかもしれない。
僕の冒険はまだ始まったばかりだ。
これから起こる出来事に、期待と少々の不安を抱きつつも。僕は明日からの動向に思いを馳せていた。
と、そのとき。
「おい、聞いたか? リーンベルのはなし」
「あぁ……樹王にけんか売ったやつがいるって」
ぴくり、と僕の耳がそれをキャッチする。
「どこのどいつだよ? 樹王の怖さを知らねえのか?」
「さぁな……。でも刻印持ちなのは間違いない。多分そいつはマジで勇者めざしてんだろうな……」
「こないだ樹王に挑んで負けた冒険者、ランクBだっけ?」
「死体はひでぇもんだったらしいぜ。跡形もなくて、身元の特定に相当苦労したらしい」
「きっと鐘を鳴らしたやつは、そいつより強えんだろうよ」
頭の中で、ぐるぐると言葉が回る。
ランクB……。レーアさんより強い人。
それが惨殺されたとなると、僕なんてどうなってしまうのだろう。
「リオ君? どうしてんですか、顔色悪いですよ?」
ハルには聞こえていないのか、怪訝な表情を向けてくる。
あぁ……だめだ。やっぱり、僕は――。
「勇者になんて、なりたくないよ!」
*
『リオ・リネイブ』
冒険者ランク.H→G
Lv.8
スキル「獅子の心」




