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勇者になんて、なりたくない。  作者: ゆと
第二章
15/25

たき火を囲んで、語りましょう。


「リオ君は?」

 

 夜も更けた森の中、泉のほとりでハルとワッツはたき火を囲っていた。

 パチパチと音を鳴らす薪が、炎をくべる。

 

「もう眠っちまってるよ。初めてのクエストなんだろ? 疲れてるんだろう」

 

 揺らめく火の影の先、リオが床に就いているだろうテントをハルは見据えた。

 耳をすませば、微かにだが寝息を聞き取ることができる。

 

「最初はモンスターが出たら危ないんで、とか言って徹夜しようとしてたみたいなんだけどな。ここがその心配がないことを知ったら、もうぐっすりだよ」

 

 この場所は、いわゆる聖域だった。

 ユニコーンと聖女テラが密会をしたといわれるこの泉は、彼女の魔法によってモンスターが寄り付かぬ場所となっている。

 『退魔呪文(アンチイヴィル)』。

 聖女テラのみが使えた特殊な魔法は、彼女が死してなお効力を発揮していた。

 だからこそワッツたちが安心してこの場に居座ることができるのだ。

 

「まぁ、ここもいつまでもつかはわからねえがな。浄化の鐘の例もあるし、それに――」

「侵食が、進んでるの?」 

 

 こくりと、ワッツは太い首を縦に振る。

 その意を介し、ハルは悲痛に顔を歪めた。

 

「あのわけのわからねえ植物は、根を張り、枝を生やし、今じゃこの泉に届きそうになってる。切っても切ってもきりがねえ。恐らく村にいるだろう本体をたたかないと、だめだろうな」

 

 ハルの目に浮かんだのは、浄化の鐘が止まったとき突如として現れた無数の触手。

 大地を貫き、鞭のように体をしならせるそれは、毒をまき散らせ魔物を呼び寄せた。

 この森にいる生物ではない。明らかに外から持ち込まれたもの。

 村を覆いつくしてしまったいばらは毒々しい花を咲かせ、故郷を文字通り魔界へと変えてしまった。

 その魔の手が、村を越え着々とリーンの森へと進んでいるのだ。

 

「これまでに比べて、成長具合が異常に早くなってる。魔王の活動が活発になってるなんて世間じゃ言われているが、その影響なのかもな」

 

 ワッツはたき火の中に乱暴に枯れ木をくべた。

 弱まりかけた炎は新たな火種を歓迎し、爆ぜるように音色を響かせる。

 

「いずれは、この森全てを包み込んでしまうだろうな。もってあと一年か、いや半年か……」

「大丈夫だよっ! きっとリオ君が何とかしてくれる!」

 

 声を張り上げるハルに対し、ワッツは「しっ」と己の唇の前に指を立てた。

 既にまどろみに落ちている皆を気遣っての事だろう。

 それを悟り、少女はフードを掴み小さく謝罪を述べる。

 

「俺だってそれが一番ありがたいことさ。だがな、村の中は今じゃどうなってるかわからねえ。ここらにいる雑魚とは違う、強力なモンスターが潜んでる可能性だってあるんだ。万が一の可能性も考えとかなくちゃな……」

「もうワッツってば! せっかく刻印持ちを連れてきたのに、なんでそんなに弱気なのさっ」


 活力をみせぬ大男の態度に、ハルは顔を膨らませた。

 そんな少女の姿を見てか、ワッツは吹き出すように笑い声をあげる。


「っはは、すまんな。別にやる気がないわけじゃないさ。それにしても、お前がそんなに元気なのはいつ以来だろうな? 坊主のおかげか?」

「えぇっ!? そう、なのかな……?」

 

 言われてハルは、金色の髪を揺らす少年の姿を思い浮かべた。

 不思議な人だった。

 銀色の戦乙女(シルヴァリア)にあっさりと依頼を断られたとき、ハルは正直またかと感じていた。

 ある者には気安く話しかけるなと突き返され、ある者には無視をされ。

 中には刻印持ちを偽り、体を要求してくる者までいた。

 勇者となるべく選ばれし者たち――。

 そんな憧れの対象は、現実では非情だった。

 

 だが、たまたまあの場に居合わせたリオはまるで自分の事の様に銀色の戦乙女(シルヴァリア)に協力を仰いでくれた。

 そして何のメリットもないこのクエストを、二つ返事とはいかなくても受けてくれている。

 

 ここまでの道中、幾多の戦闘。

 常に自分をかばうように戦ってくれていたリオ。

 ヘルアントに食らいつかれたときも、彼はいの一番にハルの安全を確保した。

 回復魔法が使えないと知られても、彼は嫌な顔を見せることは無かった。それどころか、賛辞の言葉すらかけてくれたのだ。

 何の役にも立たないと思っていた自分の魔法が、まさか勇者の卵に褒められるなんて。

 うれしかった。照れくさかった。

 そして、彼との短い旅路は非常に楽しいものだった。

 

「どうした? にやにやして」

「な、何でもないよ! 明日はいよいよリーンベルに突入だよ。がんばらないと!」

 

 赤面するハルに、ワッツは怪訝そうに首をかしげた。

 泉では、ぽちゃんと魚が飛び跳ねた音がこだまする。

 

「なぁ、ハル。もし、だ。もしもこのクエストが失敗したら、お前はどうする?」


 おもむろに切り出された問いかけに、ハルは瞳を伏せた。


「そんなこと……考えたく、ない」


 静寂が辺りを包む。

 ワッツは危惧しているのか。リオではできぬと踏んでいるのか。

 であるならば、あの昼間の喜びようは何であったのか?

 腕自慢の彼の真意を、ハルは測りかねていた。

 

「俺はもう、やめにしようと思っている」

「どういうこと……?」

 

 しばしの時を置いて吐かれた言葉に、ハルは目を見開いた。

 困惑する少女よりも先に、ワッツは続けて口を開く。

 

「本来なら、お前が返ってきたときに話そうと思っていた。もう、あきらめようとな」

「そんな、リオ君を連れてきた意味がないじゃない!?」

「あぁ……。俺たちも、まさか本当に刻印持ちが来るなんて思ってもみなかったからな。だから、これで最後のあがきだ」

「私はやだよ!? 故郷を……お母さんをあきらめるなんてできっこない!」

「俺だって同じ気持ちだ。でもな、月日は待っちゃくれない。侵食は進み、俺たちは年をとり、リーンベルはますます忘れ去られてく。もうみんな、限界なんだ……」


 悔しそうに唇を噛みしめるワッツを見て、ハルは何も言えなくなってしまう。

 泉での生活。

 食料の確保のためには森を抜け、近くの街まで出なくてはならなかった。

 金銭のためにクエストを受けることも必要だ。だが、ここにいる誰もがモンスターと戦えるわけではない。だから、必然とそれはワッツの仕事になる。

 「老いと共に衰えを感じる」そう話していた彼には、いつまでもそれが続けられるかわからないのだろう。

 

「リオ君は!? お願いしてみようよ! 鐘を鳴らせるまで、何度でも挑戦してって!」

「だめだ。坊主にも旅の目的があるだろうし、刻印持ちを必要としてる人は他にもたくさんいるはずだ。だから失敗したとしても、このクエストをあいつに続けさせるのはやめよう」

「私ががんばるからっ! また他の刻印持ちを連れてくるし、資金だって稼いでみせる! だからもうちょっと、これで最後だなんて言わないで……」

「お前にも未来がある。本当は冒険者になりたいんだろう? だったらその気持ちに正直に生きるんだ」


 本心を射抜かれ、ハルは口を噤んでしまう。

 ずっと隠していた気持ちだ。

 幼き頃、村を訪れた数々の冒険者たち。みな奔放で、小さな自分にいろんな旅の話を聞かせてくれた。

 憧れた。知らない世界を見てみたいと、強く思った。

 故郷が奪われた今でも、その気持ちは変わってはいない。

 だからこそギルドガルドで刻印持ちを探すという仕事を、すすんで引き受けたのだ。

 籠の中に囚われた自分でも、冒険者の空気を肌だけいいから感じたいから……。

 

「まぁ、マイナスな話ばっかしてるがよ。明日坊主が鐘を鳴らしてくれれば、全部丸く収まるんだ」

「そ、そうだね。うん、リオ君ならやってくれるよ……」

「お前も、もう寝ろ。明日は早いからな」

 

 促され、ハルは思い足取りでテントへと足を運ぶのだった。

 


                        *


 残されたワッツはただ一人、揺らめく炎を見つめ続ける。

 過去冒険者としてDランクであったワッツに写った、リオの姿。

 まだまだ幼く、未熟である。力も、体力も、知識も経験も――。

 その全てが自分の方が上であると、彼は明確に見抜いていた。

 

 だが。

 リオ・リネイブ――。

 彼は曲りなりも神に選ばれし、刻印を持つものだ。きっと何かやってくれる。そんな目をしていた。

 頼りない外見とは裏腹に、言葉には非常に芯があった。

 期待と不安。その二つの感情が、ワッツの心で渦を巻く。

 

「あいつはきっと、すげえ冒険者になるんだろうな……」

 

 ワッツはそう呟き、瞳を閉じた。

 十年……。現れた救世主は、それだけの年月でただ一人。

 恐らく、リオと同じようなお人よしがすぐに現れることなど万に一つもないだろう。

 ここを捨てれば、リーンベルを諦めればそれぞれの未来が待っている。

 もうみなで何度も話し合ったことだ。

 いつまで自分たちは、死んだ村に囚われ続けるのかと。

 もし、失敗すればそのときは……。


「ちっ! 年をとるとだめだな、何でも悪い方にばかり考えちまう」


 頭を振り、不吉な予感を振り払う。

 泣く子もだまると恐れられたワッツ様が、何を弱きになっているのかと。

 自信を奮い立たせるように、頬をたたいた。

 

「ハルと坊主だけは、何としても守らねえとな」

 

 がたりと音を立て、積み上げられた薪が崩れ落ちた。

 

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