プロローグ
「訓練室に誰か入っているのか?」
「はい、安藤さんと如月さんが入ってます。」
目の前の本部運営の制服を着こなした少女は私の問いかけに愛想よく答えてくれた。茶色みがかった髪を肩までほどよく伸ばした感じの良さそうな女性だ。
ここは悪魔対策組織「タロット」の本部にある2階訓練室の監視室。朝早く来て資料をまとめようと1階にある自分の机に座っていると上にある訓練室から物音が聞こえるのであがって様子を見に来たところだった。
監視室には訓練室の映像を色んな角度から映すモニターが複数ある。そこに映るのは5年来の知り合いである赤と黒でつくられている戦闘員用の半袖制服を着た2人だ。
「へー、こんな早くからやってるのか。相変わらず真面目だな、あの2人は。桜庭もよく付き合ってるな。」
私は呆れたような、関心したような感じで監視室で見守る女性、桜庭に投げかける。
「まあ、いつものことですから。」
桜庭は呆れ半分、諦め半分という表情で笑いながら返してくる。
実際に私は呆れているた、この「タロット」という組織は10年前の『ソロモン72柱の悪魔たちの襲撃』のあとにあの脅威への対抗機関として立ち上げられた。いや、られた、ではない私も立ち上げに関わったのだ。2人はその立ち上げの時に集められた戦闘員なのだが、あれから5年、悪魔の襲撃どころか人々の間でも大きな事件は起きていなかった。
「桜庭、いまから3回目を始めるから仮想戦闘モードを起動してくれ」
太くて少し低めの優しそうな声が右上のスピーカーから流れる。モニターには背の高いアッシュブラウンの髪の感じの良さそうな男がこっちを見ている。
「了解しました。仮想戦闘モード起動します。」
―――カチッ
桜庭が監視室のコントロール盤の右上にある3つのボタンの右端のボタンを押すと中にいる。背の高い男の右腕と向き合っている目つきの悪そうな黒髪の男の両腕が黒い霧のようなもので包まれる。その霧を払うように腕を出すと背の高い男の半袖から覗くその腕は黒く筋肉の筋が見えるような腕になり手の先には黒い剣が握られている。一方、両腕が黒い霧に包まれていた黒髪の男は肘関節から手首まで鎧のように硬そうで甲殻のような艶やかな光沢を放つ腕に変化し、手にはその甲殻が指先まで伸び鋭く尖り5本の爪と化している。
剣のほうはいつみてもかっこいいと思うんだがバークは恐ろしいという印象が強い。
2人はしばし見つめ合い黒髪の方が踏み出し距離を詰めていく。規格外のスピードで接近する黒髪は勢いそのままで右爪を振り上げる。それをバックステップで躱しすぐさまカウンターをいれようとするが横から左爪が飛んでくる。背の高いほうは黒髪の両爪を使ったラッシュで防戦一方となるが一瞬の隙をつき上段切りをいれる。しかし黒髪は上段切りを硬い左腕で守ると一歩踏み込みカウンターを狙う。一般にバークは剣と相性がいいと言われている。その一因となるのがこの状況だ。剣はバークの攻撃を止めても素早い攻撃によりカウンターが打てない。しかしバークは片腕で攻撃を止めて一歩踏み込めば届く範囲に無防備な腹があるからもう片腕で一発決められる。今回はこれの典型のような形で黒髪の左爪が腹に近づく。
その時――
黒髪が後ろに吹き飛ぶ、不意を突かれ大勢を崩したところに上段切りが入る。黒髪は全身が黒い煙に包まれて小爆発を起こすと元の姿に戻っていた。
「あそこで蹴りを使うのは想定外でした。」
「俺があんな典型的な展開に持ち込む訳ないだろ、なんか裏があると思って準備しとかないと。」
目の前の訓練室から出てきたのはさっきの2人だ。そうさっきの戦いはカウンターをいれようとした黒髪を完全に無防備だと思っていた背の高い男が突然腹に蹴りをいれたのだ。そのまま虚を突かれて大勢を崩したことで勝敗が決した。
「うーん、これで10個勝ち越されちゃいました。せっかく二桁から一桁まで縮めた…あっ東堂さんなんでこんなとこにいるんですか。」
話してる途中で監視室にいる私に気づいた黒髪は私に問いかける。黒髪は髪が目にかかるかどうかのところまで伸びていて目つきが悪くパッと見ヤンキーにしか見えないが、実は礼儀正しく優しいやつだ。この2人ならいいかもしれない。
「安藤桐斗、如月祐馬、お前たち2人に任せたい奴らがいる。」