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黒き魂を持つ者たち  作者: ルーラー
序章 少年はまだユメの中
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第四話 優菜の欠陥

 ――どうしてこんなことになったんだろうか。

 突然現れた死神に命を狙われるだなんて、そんなのはマンガや小説の中だけで充分だっていうのに……。


 翌朝。

 そんなことを考えながら、僕はいつもどおり硝箱しょうそう学園に続く道を歩いていた。

 右手には光一、左手には優菜と、それだけを見れば、いつもとなんら変わりのない登校風景。


 けど、優菜がずっと竹刀をかまえてて、その目の下には濃いくまができているとなれば、話は別。

 やぶをつつけば蛇が出てくるかもしれないとわかっていても、ピリピリしている優菜を無視して歩き続けるなんてこと、僕には到底できなかった。


「なあ、優菜。昨日の夜、あまり眠れなかったのか?」


「……あのね、眠れるわけないでしょ。というより、どうして兄さんは熟睡じゅくすいできてたのよ?」


 昨夜は青い死神少女の襲撃しゅうげきを警戒して、リビングにお客さま用の布団を敷き、三人で雑魚寝ざこねした。

 もちろん、それを提案したのは優菜である。

 僕と光一は彼女に従い、肉体と精神が疲労しきっていたこともあり、ぐっすりすやすや夢の中。爽やかな朝を、とりあえずは気持ちよく迎えることができたのだけど。


「だって、休めるときに休んでおかないと、いざというときに頭が回らなくなるかもしれないし。なあ? 光一」


「俺に振るなよ。いま、すっげえ機嫌悪そうなんだから、優菜は」


 いや、だからこそ二対一の構図にしておきたいんだよ。察してくれ。


「そういえば、光一もぐっすりと眠ってたね……!」


「ほら言わんこっちゃない! 俺にも矛先が向いたじゃねえか!」


 そのまま僕をスルーして、二人だけでやりあってくれるとありがたい。……いや、駄目か。左右の二人にぎゃあぎゃあとやられたら、真ん中にいる僕はたまったもんじゃないし。

 そんなわけで、再びの弁解を試みる。


「まあ落ちつけ、優菜。矛を収めろ。休めるときに休んでおかないと――」


「それはさっき聞いたよ! でも、割り切って熟睡するなんて、普通はできないでしょ!? 兄さんも光一も図太すぎ!!」


 それに光一が「ひどいとばっちりだ!」と頭を抱える。

 しかし僕は、もうちょっとだけ反論してみることにした。


つとめて眠るようにしただけだって。僕もあそこまで快眠かいみんできるとは思ってなかったんだ」


「……どうだか」


 かまえた竹刀と不機嫌そうな雰囲気はそのままに、優菜が目を細める。


「兄さんって、あんまり自分を大事にしてないところがあるからね。死に場所を求めてるように見えるときがあるっていうか。今回のことも、そこまで深刻に考えてないってだけなんじゃないの?」


 はい、出た!

 出たよー! 藪から蛇が出てきたよー!!

 意識して心の中でふざけ、冷静さを保とうと努力する僕。


 ……言っておくけど、僕はちゃんと事態を深刻に捉えてはいる。

 ちゃんと眠るように努めたのも、必要以上には重く受け止めまいとしているのも、それゆえだ。

 ……ああ、本当だとも。納得してもらえるかは自分でも怪しいと思うけど、本当だとも。


 しかし、参ったな。

 優菜の言い分、割と当たってるところもあるから、参ったな。

 ひーねぇと会えなくなってしまったあの日以来、確かに僕の中では『生きたいと思える理由』というものが希薄きはくになってしまっているからなあ。

 優菜の目に『死に場所を求めてる』ように映ってしまっていたとしても、力強く否定することはできそうにない。

 だからってイコールで『いますぐ死んでしまいたい』と思ってるのかと問われれば、もちろん、それはそれで違うわけなのだけど。


 大体、ちょっと考えてみればすぐわかることだろうに。

 生きたいか死にたいかと訊かれた僕が、とっさにどちらを選ぶか、なんてことはさ。

 僕の場合は、単に『いま死んでも、これといってやり残したことが思い当たらない』だけだ。

 だから、不慮ふりょの事故や病気、あるいは寿命で死ぬのならともかく、それまでは生きていたい。死ぬのは怖いから、とりあえず生きていたい。


 まったく、生きたいと思える理由がないことと、人生に絶望して『死にたい』と思っていること。それをイコールで結ぶのはやめてほしい。

 いくら僕でも、死にたくはないさ。

 これといった理由がなくたって、生きてはいたいさ。

 それは人間として、当然の欲求にして本能じゃないか。


 ――それに、だ。


「優菜、お前は僕に『自分を大事にしていない』って言うけどさ。それは――」


「ちょっ! 待て、和樹! それ以上はやめとけ!」


 横から入る、光一の制止。

 けど、それを振り払うように僕は続けた。

 ああ、冷静であるよう努めてるっていうのに、全然そうなれてないな、僕。


「それは、優菜にこそ言えることだろ?」


「ど、どういうこと?」


「自分の命を勘定に入れてないってこと。一緒に暮らしてて薄々感じてはいたんだけど、昨日の一件でようやく確信が持てた。優菜、お前にはさ、自分よりも他人を優先する傾向があるんだよ。たとえ『自分の命の危機』っていう極限状態におかれたとしても、だ」


「っ……!」


 昨日、身をていして自分を守ってくれた恩人になにを言っているんだろう、という気持ちはあった。

 そもそも、優菜の抱える『人間としての欠陥』を指摘するつもりなんて、僕にはついさっきまでなかったのだ。

 彼女の『欠陥』は、確かに致命的な『欠落』だといえるが、同時に『美点』でもあると感じていたから。

 でも、当の優菜に『自分を大事にしてない』と言われて、胸に留めておけなくなってしまった。


「昨日、あの死神に突っ込んでいっただろ? 相手は鎌っていう凶器を持ってたのに」


「あれは……だって、兄さん以外の人には手を出せないようだからって……」


「僕がそれを説明したのは、家に帰ってからだったじゃないか。そもそも、あの死神は僕以外の人間に手を出せないなんて、僕の推測でしかない。

 ……あのとき、間違いなく優菜は、自分の命よりも僕の命を優先して動いてた。あの鎌が怖くなかったってわけじゃないんだろうけど、おそらく、それ以上に恐れていることがあったから」


 それはすなわち、『置いてかれる』ことに対する恐怖。

 ある種、病的なまでに面倒見のいい、自分よりも他人を優先しようとする瀬川優菜という人間の『致命的な欠陥』。

 彼女は、研究職に就いていたという両親を、事故でいっぺんに亡くしたという過去を持っているから。

 そうして瀬川の家に引き取られてきたから。


 そう、優菜はのこされる痛みを知っている。

 それを『自分の死』以上に辛いことなのだと感じている。

 瀬川和樹という人間の身に迫る『死神』という名の『死の具現』を、当事者である僕以上に警戒し、眠れぬ一夜を過ごしてしまったのも、それゆえだろう。


 薄々は、感づいていたことだった。

 だけど僕は、その『欠陥』をよしとしてきた。

 彼女の『欠落』は、愛すべきものでもあると思って、よしとしてきた。


 でも、今日からは駄目だ。

 優菜は、自分の命が危険に晒されている状態であっても他人の命を優先するのではないか。

 密かに抱いていた僕のそんな懸念けねんが、現実のものとなってしまったいまとなっては。


 もう、彼女のそれを『愛すべき欠陥だから』なんて言ってる場合じゃない。

 絶対、簡単に受け入れるなんてこと、しちゃいけない。

 だって、優菜が僕の命を自分のそれよりも上に置いているのと同じように。

 僕だって、彼女が僕のせいで命を落とすなんてことになったら、きっと正気を保ってなんていられないだろうから。


 もちろん、それは優菜だけに限ったことじゃない。

 光一を始めとした、『多少は親しい』程度の人間すべてを相手にいえることだ。

 それほどまでに僕は――僕の精神こころは、弱いのだから……。


 しかし僕は、思い詰めたような表情になって黙り込んでしまった優菜に、そう伝えてやることもできなかった。

 口にしてやれば、少しは元気を取り戻してくれるだろうとわかっていても、気恥ずかしさが邪魔をする。

 本当、僕は自分でも嫌になるほど弱い人間だ。


「あーっ、と……。なあ、和樹」


 見るに見かねてか、光一がわざとらしく話しかけてきてくれる。

 気を遣わせてしまったな、とさらに落ち込む僕。

 けど、我が弟分の気遣いを無碍むげにしたくもなくて、少しして僕は「なに?」と訊き返した。


「昨日のことだけどよ、本当に警察に言わなくていいのか?」


 それは昨夜にも三人で話し合ったことだった。

 結論の出ているそれをもう一度この場で切り出され、僕は改めて、こいつは本当に不器用だよなあ、と思ってしまう。基本的には、何事もそつなくこなせる奴だっていうのに、まったく……。


「警察には……言わないっていうか、言えないっていうか、な」


「まあなあ、相手が『大きな鎌を持った十代半ばの女の子』だからなあ」


 光一のぼやきに、優菜も空気を変えようと乗ってくる。


「大男に拳銃向けられました、なら動いてくれるかもしれないけどねえ……」


 ああ、光一だけじゃなく優菜にも気を遣われてるな、こりゃ。

 どう考えても、非は僕のほうにあるっていうのに。

 でもまあ、気遣いはありがたく受けとらせてもらうとしよう。


「いや、拳銃向けられたって言ったところで、動いてくれるかは怪しいもんだよ。警察は事件が起こって初めて行動するものだっていうからさ」


「ああ、そっかあ……」


 昨夜と同じ僕の返答に、これまた昨夜と同じく肩を落としてみせる優菜。

 それに僕は、謝ることすら満足にしてやれない兄でごめんな、という思いを込めて苦笑を浮かべてやった。


「まあ、だから、僕たちは僕たちにできる範囲でどうにかしないとな」


「そうだね。当面はそうするしかないよねえ」


 何事もなかったかのように、優菜も苦笑を返してくる。

 家を出たときに比べれば、いくらかは柔らかくなっているその表情。

 それはまるで、『何事か、なんてなかったよ?』と言っているかのようで。


「それに、親父と母さんが帰ってくれば、まあ、状況も多少はよくなるだろうし」


 あの神原まどかって死神少女は、どうも親父の知り合いっぽかったからな。

 もっとも、親父に昨夜電話してみたら、いますぐ帰るのは無理と言われてしまったけれど。

 実の息子が命を狙われてるっていうのに、本当、ひどい対応だ。


 あ、もしかして冗談だと思ってるとか?

 親父からしてみれば、珍しく息子のほうから電話してきたと思ったら、なにがあったのか『僕、死神に命を狙われてるんだ』ときたわけだからなあ。

 冗談だと思われてもおかしくはない、か……。


「ま、とりあえず、頼りになりそうな奴に力を借りて、なんとかしのぐとしよう。そんなわけで光一、昨日、寝る前にも言ったけど、つかさに伝言よろしくな?」


「同じクラスだからな、任せとけ。しっかし、今日はパソけんの部室で昼メシか。なにげに久しぶりだな」


 『パソ研』というのは、うちの学園にある文科系の部活動のひとつ、パソコン研究部の略称だ。

 でもって、司はそこの部長。

 アンダーグラウンドな情報をやたらと収集している奴だから、もしかしたら『死神』や『黒き魂』とやらのことも知っているのでは、と踏んだのだ。


「死神に対抗できる『なにか』がわかったりとか、しないかなあ……」


 それはさすがに過ぎた望みだとわかってはいるのだけれど、それでも僕は、ついつい口に出してつぶやいてしまうのだった。

いかがでしたでしょうか?

いやはや、今回はだいぶ間が空いてしまいましたね。

言い訳になるかもしれませんが、なかなか執筆の時間がとれなくて……。

内容のほうも、進んだような進んでないような、微妙なところです。

少なくとも、目に見えるような目立った動きはゼロ。

でも、キャラの掘り下げという意味においては、必要なパートだとも思っています。

では、今度は近いうちにお届けできることを願って。

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