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黒き魂を持つ者たち  作者: ルーラー
序章 少年はまだユメの中
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第三話 青い死神

「あの、もしもし? 聞いてらっしゃいますか? 和樹さん」


 僕たちがあまりにも黙りこくっているものだから、少し不安にでもなったのだろうか。

 自分のことを『死神』と称した少女――神原まどかはちょっと怪訝けげんそうな表情になって。


「人違い、ということはないですよね? ええと、十五歳という割には童顔で、髪は短めの黒色で、学校が終わったあとはいつも人気ひとけのない空き地で弟妹ていまいと竹刀を合わせている変人さんで――」


 ちょい、変人さんって。


「そしてなにより、『黒き魂』をその身に宿していて……。やっぱり、人違いではないですよねえ。『黒き魂』の持つ『力』の波動も感じられますし。

 そうですよね? 瀬川和樹さん?」


「いや、そう振られても……」


「瀬川和樹さん、で合ってますよね?」


 とぼけても……無駄っぽいよなあ、これは。


「うん、まあ、一応は……」


「そうですか。よかったです」


 僕としては、あんまりよくない感じがする。ぷんぷんと。


「私はスペリオル聖教会のめいに従って動いている『死神』、神原まどかと申します。突然のことで申し訳ないのですが、あなたの魂を回収――」


「や、それは聞いてたから。ちゃんと聞こえてたから」


 そう返すと、まどかと名乗った死神の少女は表情を明るくして、


「それはよかったです。ちゃんと話が通じてたようでなによりですよ」


 いや、話そのものはまったく通じてないと思う。

 僕はただ、彼女から一方的に宣言されただけだ。


「では、和樹さんの了承も得られたことですし」


 了承なんてしてない。

 そう言い返そうとしたところで、少女は自らの手の中に見慣れない刃物を出現させた。

 それは、かま。マンガやアニメでよく目にする、柄の長い『死神の鎌』。


「さあ、ちゃちゃっとお仕事を終わらせるといたしましょう」


 終わらせる?

 なにを?

 まさかとは思うけど、その鎌で、その、僕を――


 考えられたのは、そこまでだった。

 大きな鎌をかまえ、突進してくる死神少女。

 鎌の軌道は弧を描き、僕の左胸めがけて――


「――危ない、兄さんっ!」


 そこで、優菜が横からぶつかってきた。

 バランスを崩し、倒れ込んでしまう僕。

 そして感じる、死神が慌てて急ブレーキをかけた気配。


「あ、危ないですねっ。いきなり飛び込んでこないでくださいよっ」


「いまのを黙って見ていられるわけがないでしょう!?」


 呆然としている僕の手から竹刀を奪い取り、優菜は叫ぶ。

 確かに瀬川家最強ではあるけれど、凶器持ってる頭のおかしい殺人者相手にいさましすぎるぞ、妹よ。

 そんなことを思っているうちにも、事態はどんどん進んでいく。

 斬りかかりこそしないものの、優菜は竹刀を青い死神へと向け、


「それ、玩具おもちゃってわけじゃないよね? まさかとは思うけど、本気で兄さんを殺そうと……?」


 正直、悪い冗談だとしか思えなかった。

 しかし、目の前に立つ死神少女は「ふう」と肩をすくめながら、


「失礼な方ですね。これは殺人ではなく魂の回収です。……まあ、端からは同じに見えるんでしょうけど」


 そこでなんとか立ちあがり、僕は問いを投げかけた。


「なんで僕が……その、魂の回収? とかされなきゃいけないんだよ!」


 優菜と光一には『なにを悠長ゆうちょうなことを』と思われたかもしれないが、これには時間を稼ぐ意図も多分にあった。

 もちろん、純粋に疑問だったというのもあるけれど。

 果たして、少女は答えてくれた。時間稼ぎの会話につきあってくれた。

 いやまあ、時間を稼いでどうするのかと問われても、これといった案なんてないわけだけど。


「あなたの中にある『黒き魂』を放置しておくわけにはいかないからですよ、和樹さん」


「『黒き魂』……?」


 ついさっきも出てたな、それ。

 『『黒き魂』の持つ『力』の波動が感じられる』とかなんとか。


「ええ、そうです。和樹さん自身の魂とは別にあなたの中に存在する、もうひとつの魂です。

 率直そっちょくに言ってですね、自覚もなくそれを持っている人間がいるということ――というか、使いこなせない強い『力』を持ってしまっていること、それ自体が聖教会にとっては問題なんですよ。あなたが持っている『力』が『黒き魂』の『力』かどうかなんて、実は割とどうでもいいことなんです」


 おい、なんか『どうでもいいこと』とか言われたぞ、いま。


 「でも『黒き魂』の『力』は、数ある『力』の中でも特に危険とされていますからねえ。なにしろ『破壊衝動の塊』、人類すべての『悪性の具現』なので。

 下手に覚醒かくせいされると、どんな大事件を引き起こされるかわからないんですよね」


 そこまで一息に語り、次いで少女は笑顔を浮かべた。


「そんなわけで、私にいまここで大人しくやられちゃってください。

 大丈夫です、死後の面倒はちゃんとみますから。冥土めいどに迷ったりなんて、死神の名にかけて絶対にさせません」


「ちょ、ちょっと待った! それなら、その『黒き魂』とかいうのだけを回収して勝手に持っていけばいいだろ! 僕に自覚がないっていうのなら、回収されても身体や精神に影響が出たりなんてしないだろうし!」


「あー、いえいえ、そうしたいのは山々なのですが、『黒き魂』は保有者の魂と『つながり』ができてしまっているので、『黒き魂』だけを回収するとかってできないんですよ、これが。

 おまけにこのまま生きていても『黒き魂』に目覚めて、最後には『呑まれ』ることになるかもしれません。私以外の刺客しかくだって、いずれはやってくることでしょう。それも、たくさん。

 いずれは『呑まれ』るかもしれないという恐怖と戦いながら生きていかなければならないという点も含めて、かなりしんどい人生になると思われますよ?

 それならいっそ、ここでサクッと終わりにしちゃったほうが楽かなって思いません?」


 思わないよ。

 思えるわけがないだろうに。

 と、そこで光一の声が割り込んできた。


「なにわけのわからねえこと言ってんだ! この人殺し!」


 死神少女が事情(?)を説明しているうちに竹刀を拾って移動したのだろう、光一は空き地の入り口あたりで叫んでいた。

 どうやら僕と同じく、どうすれば三人でこの少女から逃げられるだろうかと考えながら動いているようだ。

 そんな光一の言葉に、青い死神は不快そうに眉をひそめながら嘆息する。


「またまた失礼な。私は死神ですよ? 『神』ってついてるんですよ? これでも立派な『神霊しんれい』なんですよ?

 ……まあ、神霊の中では最下級というのも事実ですけど」


 しかし、彼女の瞳は僕を捉えて離さない。

 光一のほうに顔を向けてくれれば、駆けだすことくらいはできそうなものなのに。

 と、そこで竹刀片手に死神へと突っ込んでいく奴がいた。


「はあっ!」


 優菜だ。

 ……って、ちょ! おま、どんだけ命知らずなんだよ!

 けれど、動揺したのは僕だけではなかったようで。


「ちょっ!? あ、危ないじゃないですか! 反射的に攻撃しちゃいそうになりましたよ、いま!」


 本気で焦った声をあげる死神少女。

 ん? これは一体どういう……。

 あ、もしかして……!


「いいぞ、優菜! 食らいつけ!!」


 推測でしかないけれど、きっとこの死神は僕以外を殺せない。殺しちゃいけない。

 思い返せば、優菜が僕を横から突き飛ばしてきたときにも、彼女は攻撃の手を慌てて止めていた……気がする。

 そしていまも『反射的に攻撃しちゃいそうになった』と言った。


 一度だけなら偶然で流せることも、二度続いたのなら必然だ。

 我が妹は僕の言葉にうなずいて、二度、三度と竹刀を振るう。

 それらは一撃一撃が力強く、それ以上に鋭く、速い。

 彼女の『起こり』や癖を知っている僕であっても、防御や回避が間に合わない。そんな『速さ』が優菜の最大の武器だ。


「兄さん! いまのうちに!」


「こっちだ! 和樹! 早く!!」


 言われるまでもない。

 しんがりを妹に任せざるをえないという現実に情けなさを覚えつつ、それでも僕は弾かれたように走りだした。


 適材適所。

 僕では青い死神を止められない。

 そう、必死に自分へと言い聞かせながら。


 そうして空き地から逃げだすことに成功する僕と光一。

 もちろん、ちゃんと優菜も追ってくる。

 振り返らなくても、彼女の気配を背後に感じる。

 その事実に、安堵しながら。


「……あ、逃げられちゃいましたか。まさかこの鎌に怖気おじけづかない人間がいるなんて。油断大敵って、本当なんですねえ……」


 僕は、そんな呑気のんきな呟きを、確かに背中で聞いていた――。


 ◆  ◆  ◆


 和樹たち三人が死神を名乗る少女から逃げきったのと同じ頃。

 空き地を見下ろすことのできる小高い丘に、ひとりの青年がたたずんでいた。


「ふむ、ファースト・コンタクトは失敗に終わったか」


 日本人特有の黒い髪と、黒い瞳。

 しかし、すらっとした身体には、まるで中世を舞台にした小説に出てくるような赤い色の軽装鎧ライト・アーマーが身につけられている。

 そんな彼は手にした双眼鏡オペラグラスを弄びながら、右手を黒いズボンのポケットへと差し込んで。


「まあ、かまわないがね。『瀬川和樹抹殺指令』なんて、名ばかりの命令に過ぎないのだから」


 青年が取り出したのは、携帯電話だった。

 西洋風の鎧と、携帯電話。

 なんともおかしな取り合わせだった。使っているのが黒髪黒目の日本人であるものだから、なおのこと。

 登録してある番号を呼び出し、青年は携帯を耳に当てながら呟く。


「さてさて、『第七』――主天使ザドキエルからの指示は、と」


『――はい、どちらさま?』


 数コールのあとに聞こえてきた声は、二十歳前後の女性のものだった。


「私だ」


『……どちらさま?』


「そうカリカリした声を出さないでくれ。ちょっとしたお茶目じゃないか」


『そのお茶目とやらで私の貴重な休憩時間を潰さないでほしいのだけれど』


「休憩時間に入ってからでないと、私からの電話は取れないだろう?」


『まったくね。……それはそれとして、聖教会の『十二使徒しと』になったというのに、どうして雑務ばかりやらされてるのかしら、私』


「下っ端は現場で苦労しているんだ。お互いさまさ」


『まあ、それはそうだけど……。それで、なんの用かしら? 灼騎士バーン・ナイト


 灼騎士バーン・ナイトと呼ばれた青年は、淡々と事実だけを報告する。


「『死神』によるファースト・コンタクトは失敗した。よって、次は私だ。動くにあたって具体的な指示が欲しい」


『『まだ動くべきときではない、『死神』が次の行動に移るまでは静観せいかんせよ』。皇帝ロードからは、そう伝えるよう言われているわ』


「承知した。……『死神』への指令、内容は変わらないままか?」


『状況は刻一刻と変化していくものだし、聖教会も決して一枚岩ではないから断言はできないけど……いまのところは、変化なしね』


「そうか……。なら、揺さぶってみる価値はあるかな」


『性格の悪い……』


 嘆息気味に呟かれた言葉に、青年は大げさに肩をすくめてみせた。


「そうは言うが、味方は多いに越したことないじゃないか。……と、そうそう、味方といえば、瀬川和樹の妹は少々厄介かもしれないぞ。戦闘能力は間違いなく瀬川和樹を上回っている」


『……そう』


「本当、いい妹を与えてやったものだよ、『スピカ』は。お互いの依存の度合いも申し分ないしな」


『あ、もうそろそろ休憩時間が終わるわ』


「ここ何日か彼らの様子を観察してみたんだがね、結局、瀬川和樹の強さは『記憶力』と『観察力』にあるんだ。だから初見しょけんの相手との戦いだと、戦闘能力が極端に低くなる。

 今日、『死神』相手になにもできずにいたのも、それゆえだ」


『あと五秒で切るわよ?』


「だが、妹のほうにはそういった『弱点』がない」


『四、三、二……』


「……まったく、そう生き急ぐこともないだろうに」


『だから雑務があるのよ、たっぷりと。じゃあね』


 そう告げ、女性は今度こそ本当に通話を切ってしまった。

 空しく聞こえてくる『ツー』という音。

 青年はそれを聞きながら、


「……主天使ザドキエルは有能だが、せっかちでいけないな」


 などと勝手なことを呟く。

 そして、


「さて、『死神』が再度のコンタクトを試みるまでは静観、か。それは果たして今日のこととなるか、それとも……」


 携帯電話をポケットに仕舞いつつ、和樹たちの観察を続行するべく、彼は小高い丘をあとにした――。

2015年最初の作品をお届けさせていただきました。

いかがでしたでしょうか?

正直、自分ではちょっと文章が荒くなってしまっている気がしてなりません。

勢いがあっていいとも言えますし、僕自身、『これはこれでいい』と思ったからこそ投稿したわけなのですが、やっぱり欠点めいたものがあると感じるのなら、次話以降で直しながら書いていきたいところですね。


物語のほうは、まあ、主人公が情けないことになっています。

とにかく情けないことになっています。

優菜が『自分の命よりも和樹のそれを優先した』のは、彼女の過去に相応の『理由』があり、また、鎌を目の前にしても怯まなかった(正確には、誰よりも早く恐怖から立ち直った)のも、その『理由』によるのですが、それでも和樹が情けなかったという事実に変わりはなく。

でも、だからこそ『等身大』の主人公として愛してもらえたら、と思います。

それでは、また次回。

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