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黒き魂を持つ者たち  作者: ルーラー
序章 少年はまだユメの中
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第二話 空き地での草試合

 午後の授業が終わると、僕たち三人はいつも一緒に下校する。

 僕も優菜も光一も部活に入っていないため、必然的にそうなるのだ。

 いや、もうひとつ、他の理由もあるにはあるのだけれど。


「なあ、光一。昨日の夜と今日の朝、そして昼の弁当を作ったのは優菜だったよな?」


「だな。だから今日の夜から明日の昼までの食事当番は、俺か和樹のどちらかだ」


 年に数回しか親が帰って来ない我が瀬川家では、基本、僕たち三人が持ち回りで食事を作っている。

 しかし、食事当番の順番は事前には決めていない。

 放課後、竹刀しないもちいた細かいルール無しの草試合を空き地で行い、負けた奴が作るということになっているのだ。


 もちろん、今日すでに当番を終えた優菜が勝負に参加することはない。

 というか、優菜は掃除や洗濯といった料理以外のことをほぼ一手に引き受けてくれているのだから、食事当番からは外れてもいいのではと常日頃から思っていたりもする。

 でも、優菜自身が割とやりたがるんだよなあ、料理も、草試合も。

 おまけに僕たち三人の中では、どっちも優菜が一番なあたりがなんともまた……。

 まあ、そのあたりのことはとりあえず脇に置いておこう。


 いつも使っている空き地に足を踏み入れ、僕はいつも持ち歩いている竹刀袋から竹刀を取り出し、感触を確かめるべく二度、三度と振ってみた。

 それは光一も同じ。

 そして、今日こそ負けないとばかりに僕へと竹刀を向けてくる。


 ……ただ、この食事当番の決め方、実は意外な落とし穴があったりもするんだよなあ。

 ちょっと考えてみればすぐわかることなんだけど、食事のメニューは食事当番になった奴の一存で決まる。

 そこに、三人が三人とも、それぞれの好きなものも嫌いなものも熟知じゅくちしている、とくればどうなるか。

 言うまでもなく、変な勝ち方をすれば、絶対に自分の嫌いなものを出されることになるわけだ。


 だからというわけじゃないんだけど、勝負に勝っても『これは勝者の権利』と料理当番を買って出る、なんてことも僕たちの間では決して少なくなかったりする。

 僕たちの中じゃ最強であるはずの優菜が弁当を作ってきてたのも、今日に限ってはそれゆえだ。

 まあ、僕だって料理するのは嫌いじゃないけど。むしろ好きなほうだけど。ぶっちゃけ、数ある趣味のうちのひとつだけど。

 だから僕のほうから料理当番を引き受けることも、もちろんある。運よく優菜に勝てたとき、少しでも彼女の負担を減らそうとして、とか。


 でも、草試合そのものを行わない日はほとんどない。

 理由は、単純に『好きだから』。竹刀を振るって勝負するのが、好きだから。

 剣道が好き、というわけじゃないのがポイントだ。


「さて、じゃあいくぜ? 和樹」


「ここのところ連戦連敗なのに、よくそんな不敵に言えるよなあ。まあ、そこがお前のいいところなのかもしれないけど」


「優菜とやるときはともかく、お前との勝負はいつも割と接戦だろ? 余裕でいられるのもいまのうちだ」


「いや、でもお前の剣って『起こり』が丸見えだからなあ……」


 ちなみに『起こり』っていうのは、いまから打ち込みにいくよっていう予備動作のことだ。

 光一は本当にそれがわかりやすい。防御したあと、罪悪感が湧いてきてしまうくらいにわかりやすい。

 と、そこで今日は手ぶらでいる優菜が口を挟んできた。


「それなんだけど、私には全然わからないんだよね。光一の『起こり』。そんなにわかりやすい?」


「ああ、優菜は相手をよく観察せずに、反射神経だけで避けてるところあるもんな」


 もちろん、それはそれですごいことではあるのだけど、観察力を身につければもっと強くもなれるだろうに。もったいない。

 大体、ちょっと注意深く観察してみれば、本当に丸見えなんだぞ、光一の『起こり』って。

 まあ、優菜に言わせれば、


「兄さんが鋭すぎるんだって。相手の動きを把握するのに長けてるっていうか。まったく、基本的には鈍感なのに」


 深く嘆息され、返す言葉に詰まる僕。

 でも、わかっちゃうんだもん。わかっちゃうんだからしょうがないじゃん。

 そして、わからないものはわからないんだから、これもやっぱりしょうがないじゃん。


 でもまあ、だからって油断したり慢心まんしんしたりするのはさすがにまずいか。

 いつも接戦っていうのも確かなんだから、ちゃんと本気でやり続けないと、いつかは光一に追い抜かれかねない。

 そしてそうなったら大問題だ。光一が料理当番から永遠に外れてしまうことになる。


 あ、でも僕が追い抜かれても頂点には優菜が君臨くんりんしていたな。

 なら、光一に抜かれたとしても、当分は大丈夫か?

 いや、でも負けまくってばかりいたら、それこそ兄貴分としての威厳っていうものがなあ……。

 うん、よし、気合い入れよう。本気でやろう。精神集中、明鏡止水めいきょうしすい


「さて、じゃあ始めようか」


 言って僕も竹刀を構える。

 けれど、僕のほうから攻撃をしかけることは、基本、しない。

 そして、無言のまま光一が竹刀の先を少しだけ上げた。これこそが僕の知るこいつの『起こり』、そのひとつだ。


 おそらくは無意識のうちに行っていることなのだろうけど、光一は竹刀を振るう前に必ず剣先をわずかに上げる。

 『それがお前の『起こり』なんだよ』って指摘してやったことは一度もないから当然といえば当然なんだけど、本当、毎日のように草試合をするようになってから二年近く経つというのに、いつまでたっても直らないよなあ。

 踏み込みの速度も竹刀を振りおろす力強さも、僕に比べればずっとあるほうだというのに、実にもったいない。


「はっ!」


 踏み込みと同時に放たれる、光一の突き。


「よっと」


 それを僕は剣先で軽くさばき、少し後ろに退がる。

 そして、竹刀を狙って一度目の反撃。


「――ふっ!」


「くっ!?」


 横薙ぎの一閃いっせんに、しかし、光一は竹刀を落とさない。

 でも、少し腕がしびれはしたのだろう。光一もまた、片足だけ後退した。

 けれど、これはフェイクだ。『片足だけの後退』は、こちらの油断を誘うための罠。

 例外はもちろんあるけれど、こいつは『片足だけの後退』を行ったあと、九割ほどの確率でもう一度攻め込んでくる。


「――たあっ!」


 ほら、きた。

 描かれる軌道は――先ほど僕が放ったものとまったく同じ横一文字。

 光一は、直前に繰り出されたものを真似しようと躍起やっきになる。

 それは『起こり』とはまた別の、僕の知ってるこいつの癖だ。


「うわっ、と……!」


 けど、そうとわかっていても呑気のんきにかまえていることはできない。

 まっすぐに立てた竹刀で斬撃ざんげきを受け止めること自体は余裕。

 それでも、腕にはどうしたってしびれが走る。


 ――手にした竹刀を取り落としたら負け。

 それがこの草試合における、ほぼ唯一のルールだった。


 二本の竹刀から鳴り響く破裂音。

 その音の余韻よいんが消え去る前に、僕は剣を引いて腰だめにかまえた。

 そして――


御剣みつるぎ流剣術――」


 かつて、自分の半身のようにすら思っていた親友に教わった『技』を、勢いよく繰り出す!


「――昇風剣しょうふうけんっ!」


 それは、下方かほうから上方じょうほうへと向けて放つ一撃。

 光一から竹刀を弾き飛ばすべく繰り出した、遥かな高みに至ることを目指して編み出されたという『のぼる』太刀筋。


 そして僕の剣は、水平のままその動きを止めていた光一の竹刀を容易たやすとらえ。

 その手の中から、彼の唯一の武器を奪うことに成功した。


 ――これで、決着。


「あーあ、ま~た負けちまったか……」


 光一がぼやいたのは、跳ね上げられた竹刀が地面に落ちて少し経ってからのことだった。


「今回はいけると思ったんだがなあ……」


 その言葉に、僕と優菜も同調する。


「だな。僕の腕、まだちょっとジンジンしてるし」


「半歩退がったときに兄さんが少しでも気を抜いてれば、光一の勝ちだったかもしれないもんねえ」


「いえいえ。いまのは『接戦に見えた』というだけで、その実、光一さんは和樹さんのてのひらの上で踊らされていましたよ? まあ、そのことには和樹さん自身も気づいていらっしゃらないようですけれど」


「え? お前にはそう見えたのか? 優菜」


 耳に飛び込んできた三人目の声。

 それが少女のものだったせいで、僕は反射的に優菜へと訊き返してしまっていた。

 当然のことながら、優菜は困惑の表情を浮かべながら『いまの、私じゃない』とでも言いたげに首を横に振ってくる。


 『じゃあ、いまの声は一体誰の……?』と、僕たち三人は同時に空き地の入り口のほうへと目をやった。

 するとそこには、白と水色を基調きちょうとしたワンピースに身を包んでいる、十六歳くらいの少女の姿が。


「それにしても、『気』も特殊な『力』も用いずに、不完全なものとはいえ御剣流の剣術を繰り出せるとは。さすがは竜樹たつきさんの息子さん、といったところですかねえ」


 しかも驚くべきことに、長く伸ばしている髪の色は人間のものとは思えない青色で――って、ちょっと待った。いま、彼女はなんて言った?

 僕の聞き間違いじゃなければ、親父の名前が出てきたような?


「それはそれとして、もしかして私、無視されちゃってますか? 当たり前のことかもしれませんけど、お呼びじゃないですか?」


 別に無視してるわけじゃない。

 訊きたいことがたくさんありすぎて、だからこそ逆にノーリアクションになってしまっている、というだけで。

 なんていうか、どうにか状況を整理しようと試みてるんだけど、全然上手くいかないんだよ。

 この娘、僕とは絶対に初対面だし。まあ、親父の知り合いではあるみたいだけど。

 と、彼女は沈黙し続ける僕たちを見て、一体なにを納得したのか、


「まあ、いいです。ほんの数分程度の付き合いにしかならないわけですから」


 そう呟くように口にして、頭を軽く下げてきた。


「私は神原かんばらまどか。スペリオル聖教会のめいに従って動いている『死神』です。

 その、あまりにも突然のことで申し訳ないのですが、あなたの魂を回収し、階層世界――『あの世』へと強制送還きょうせいそうかんさせていただくべくやって参りました。どうぞ、お見知りおきを」


 ああ、なるほど。

 それは確かに、『当たり前のことだけど、お呼びじゃない』。

 というか、僕のほうからなんて、絶対に呼びたくない。


 大真面目な表情で、気の触れたようなことをのたまう少女を前にして。

 現実逃避気味にそんなことを考えてしまう僕なのだった。

いかがでしたでしょうか?

情報は小出しに、状況を動かしながら、軽妙に。

それがベストだとわかってはいるのですが、やるとなると難しいものです。

本当、説明ばかりになっていなければいいのですが(苦笑)。


さて、今年もいよいよ残すところあと一日となりました。

今年は新しい連載を『黒魂くろたま』含めて五つも開始し、しかし、完結させることができたのは『スペリオル外伝~絆はここに~』だけという、なんともアレな年になりました。

でもまあ、のんびりと自分のペースでこれからも書いていこうと思っています。

『黒魂』も、『序章』とあるようにとても長い連載になる予定ですしね。

では今年も僕の作品に付き合ってくださった皆さん、よいお年を!

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