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黒き魂を持つ者たち  作者: ルーラー
序章 少年はまだユメの中
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第一話 賑やかな屋上

 ――あの日の夢を見た。


「――さん! いい加減に起きなさい! お昼ご飯食べる時間なくなっちゃうよ!」


 遠くて近い、なつかしい夢。

 つい昨日のことのように思いだせるくらい鮮明に記憶に残っている、ある夏の日のこと。

 あの頃の僕は、無邪気なだけの子供だった。

 本当に、悲しくなるほどに、どうしようもなく子供だった。


「目を開けなさい! 身体も起こしなさい! ほら、起きて起きて起きて!!」


 だったら、高校一年生になったいまの僕はもう大人なのかと問われれば、もちろん、それはそれで返答に困――


「兄さんっ! 起・き・な・さ・いっ!」


「……起きてる」


「っ……! なら、目を開けなさい! 目を! 身体も起こしなさい!」


「寝起きに妹に命令されて素直に従う兄なんて兄じゃない。威厳が損なわれる」


「そんなもの、ここ数年で完全に損なわれきっちゃってるって! というか、兄さんに威厳なんてもの、あると思ってたの!?」


 思ってない。

 もちろん思ってないけど、こちとら夢の余韻よいんをぶち壊されたんだ。不機嫌にもなる。

 僕としては、このあと気だるげに起きあがりながら『あれからもう三年か』とかやりたかったというのに。

 でも、このままだと昼食抜きで午後の授業にのぞまなければならなくなるというのも、また事実。

 そしてそうなった場合、困るのは僕だけ、か。


 ……ああ、どうして人間は一日に三回も食事をしなければならないのだろうか。

 一日二食でよければ、昼休みは屋上で惰眠だみんむさぼることについやせるというのに。

 もちろん、一食くらい抜いても人間は生きていけるけどさ。でも、空腹で腹が押されるのはしんどいし……。


「……起きるか」


 気持ちに整理をつけ、僕はむくりと起きあがる。

 いまは西暦二〇〇三年、季節は夏。でも今年は例年よりも気温が低めで、学園の屋上で寝ていてもそんなに暑くはない。

 いや、暑くはないどころか、ちょうどいいぽかぽか具合。要約すると、学園の屋上、天国。

 寝起きでまだ沈んでいる心を明るくするべく、そんなくだらないことを意識して考えてみる。


「起きる気になってくれたのはいいけど……兄さん、またどうでもいいこと考えてたでしょ?」


 心外な。

 そう言ってやろうと妹のほうに顔を向けたら、なんとも冷たい視線に迎え撃たれてしまった。

 真っ向勝負だと言い負かされかねないな、これは。

 どちらかといえば非は僕のほうにあるわけだし。あまり認めたくはない事実だけど。

 そんなわけで、切り口を変えて攻めてみた。イメージは野球でいうところの変化球。


「……冬だなあ」


「夏だよ! それに私の視線はそこまで冷たくないよ!!」


 打ち返された。この上なく鮮やかに打ち返された。

 しかも返ってきた球は僕の顔面に向かって飛んできた感じ。

 つまり、完敗。


「今日のところは僕の負けだな、優菜ゆうな


「今日に限ったことじゃないけど、兄さんはいつも一体なにと戦ってるの……」


 なにに脱力したのか、アスファルトの上にへたり込む優菜。

 いや、その心境はもちろんよくわかるのだけど、まだ本調子とはいえない僕は、もう少しだけふざけさせてもらうことにした。


「え? わからないのか?」


「兄さんの頭の中をのぞければわかるかもしれないけど、いまのままじゃ絶対に無理だね」


「そうなのか……。血の繋がりのない妹って、これだから……」


「それは関係ないでしょう!?」


 でも、血の繋がりがないのは事実だ。

 優菜は『ひーねぇ』の一件の直後にうちへとやってきた養女ようじょで、僕にとっては義理の妹にあたる。

 しかし、彼女が瀬川せがわ家にやってきたのは僕が十二歳、優菜が十一歳のときのこと。

 当然のことながら人格形成はとっくに済んでいて、一緒に住み始めたばかりの頃は本当にぎこちない接し方になってしまっていた。僕と優菜、お互いに。

 まあ、とある一件をきっかけに、徐々にそういったぎこちなさはなくなっていき、いまはすっかり『兄妹』として普通に接することができるようになったわけだけど。


「……ねえ、兄さん。割といつものことではあるけど、変なところで黙り込むのはやめてくれるかなあ?」


「そう言われてもなあ……」


 ふとした瞬間に自分の思考に没頭ぼっとうしてしまうのは、僕の悪いくせみたいなものだ。

 でも半ば無意識のうちにやってることなものだから、これ、改めるのはなかなかに難しかったり……。

 そんなことを思いながら、僕は嘆息しつつ優菜を見る。


 顔立ちは……まあ、整っている部類に入るのだろう。まだ中等部の三年生だから、もちろん幼さは多分に残ってるけど。

 風にそよぐ黒髪はセミロング。

 つまり、身内の贔屓目ひいきめを除いても、美少女とは呼べる容姿。

 おまけに、性格のほうも快活で面倒見がいいときているから……。


「地味に大変なんだよなあ、ぶっちゃけ」


「なにが!? いきなり黙り込むのはやめてっていうの、そんなに難しい要求!?」


 そっちじゃない、そっちじゃない。

 この学園――私立硝箱しょうそう学園は、小学校から大学までの一貫した教育を行っているエスカレーター校だから、僕のクラスにも優菜が好きって男子が割と何人もいたりする。

 でもってたまに、妹さんを紹介してくれとか言われることがある。

 それをいちいち断るのが、地味に大変なのだ……。


 もちろん、そんなこと本人には言わないけどさ。調子に乗るかもしれないから。あと、本人にアタックすることもなく玉砕ぎょくさいしていった男子たちにも悪いし。

 まあ、同じ失恋するなら優菜にちょくで告白してからにしろよ、僕を介するのはやめてくれよ、とも思うけどさ。

 ほら、なんかの間違いで優菜からオーケー出ることだってあるかもしれないし。……いや、ないか。こいつブラコンだから。自他共に認める鈍感である僕にすらわかるくらいのブラコンだから。


「ねえ、兄さん? なんで急に哀れむような目になったの?」


「…………」


 どうしよう。

 いい加減ブラコン卒業しろよ、彼氏作れよ、とか言ったら殴られそうな気がする。

 なにげに優菜は僕より筋力あるから、純粋な殴り合いに発展したら勝ち目がない。もちろん、最大の敗北要因は『僕が優菜を殴れないから』なわけだけど。

 ともあれ、ええと……ええと、なにかないか? いまの優菜に哀れむようなところは……。


「あー、ほら……その、なんだ……。制服が地味だなーって」


「夏服なんて、どこの学校もこんなものだよ!」


 白いワイシャツに黒のミニスカートという、硝箱学園指定の夏服に身を包んでいる自身の身体を指差しながら優菜は言う。


「それと兄さんにはこれを地味とか言う資格ないと思う! 兄さん、私服までワイシャツと黒のズボンで通してるじゃない! 兄さんの私服、学園の制服と大差ないじゃない!」


「あー、まあねぇ……」


 それは確かにいえてる。

 でも、いまのは危機回避のために口にしたに過ぎないんだ。

 服を選ぶ際のセンスの無さをバカにされはしたけれど、そんなもの欲しいとも思ってない僕には、ダメージなんて皆無に等しい!

 ……うん、まあ、いくら心の中だけでとはいっても、胸張るような場面じゃないよね。そうだよね。

 まあ、それはそれとして、だ。


「さて、そろそろ食べるか」


 おふざけモードを終了させ、持ってきていた弁当箱の包みをほどきにかかる。

 しかし、この弁当を作ってくれた優菜から待ったがかけられた。


「兄さん、まだ光一こういちが来てないでしょ?」


「いや、先に食べてたって別にいいんじゃない?」


 僕の目、割とマジ。

 ちなみに光一というのは、優菜と同い年の、瀬川家に居候いそうろうしている男子のことだ。

 僕の弟みたいな存在であり、優菜に彼氏ができない原因の一端いったんになっている奴でもある。


 いや、そんなことはどうでもいい。弁当箱を手に取ったら食べたくて仕方がなくなってきたんだ。

 でもなあ、作ってくれた優菜に制止されちゃったからなあ。

 振り切って食べ始めたりなんかしたら、あとが怖いし。本当に怖いし。


「大体、なんで光一はまだ来てないのさ。優菜と同じクラスなのに」


「男同士の友情も大事、とか言ってたよ。あと、すぐ行くからお前は先に行ってろ、とも」


「……友達がいるって、素晴らしいね」


「兄さんは『ぼっち』だもんね」


「孤独を愛する一匹狼と言ってほしいな。あと弁当も食べさせてほしいな」


「光一が来るまで待ってようね、孤独を愛する一匹狼さん」


 僕の二つ目の頼みは却下ですか、そうですか。

 ……そろそろいじけちゃおうかな。

 いいよね? いじけちゃってもいいよね?

 と、そんなことを思い始めたときだった。


「――悪い、待ったか?」


「待った! すごく待った!」


「時間かかりすぎじゃない? 光一」


「なんだ? 二人ともノリ悪いな。ここは『ううん、いま来たところだよ』って返すところだろ?」


 無駄に爽やかに笑いながらそんな軽口を叩いてくる我が弟分、桜井さくらい光一。

 茶色がかった短髪と涼しげな目元とが相まって、年上である僕よりも大人っぽく見える奴であり、また、それゆえにか優菜以上にモテる奴でもある。……まあ、『童顔どうがんだけれど中身は大人』な僕とは違って、こいつは見た目に反して、かなり子供っぽい性格してるんだけど。


「さ、じゃあ食おうぜ。和樹、優菜」


「遅れてやってきたお前が仕切るなよ……」


 あと、光一は弟分なのに、なぜ僕は呼び捨てにされているのだろうか。

 まあ、もう慣れたから別にいいけどさ。


「じゃあ兄さん、光一、手を合わせて」


「うへえ、やっぱりやるんだ……」


「へいへい」


「やるに決まってるでしょ! はい! いただきま~す!!」


「いただきます」


「いただきま~すっと」


 これをやるためだけに光一を待ってたんだよなあ、優菜は。

 『光一のことが好きだから』とかじゃないのが、女の子としてなんとも残念なところだ。


「なあ、和樹。毎度のことだけど、優菜って本当に律儀っつーか、なんつーか……」


「まあ、いいじゃん。これでやっと昼食にありつけるんだから」


 言って、僕は光一と苦笑を浮かべあう。

 そうして今日も、僕たちの昼食の時間は賑やかに始まるのだった。

だいぶ短めではありますが、ギャグメインの日常回、いかがでしたでしょうか?

僕としては、プロローグと第一話を合わせて『一話分』という感覚でいるのですが(だからこそ、一日のうちに二話連続で投稿したのですし)、はてさて。


しかし、序盤は説明が多くなってしまって難しいですね。

なんとかちょこちょこと小出しにしていきたいところなのですが。

では、また次回。

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