プロローグ 別れの日
『ワールドブレイカーシリーズ』の本編、スタートです。
主人公は、同シリーズでは常に名前だけしか出ていなかった『瀬川和樹』。
あらすじとプロローグは重い感じですが、基本は明るいコメディを目指していますので、色々な人に楽しんでいただければ幸いです。
それは、ある夏の日の光景。
長い黒髪の少女が幼い少年に話をしている。
そんな、それ以上でもそれ以下でもないはずの、ある日の出来事。
「――ユメの中を生きる時間はもう終わり。三年にも満たない短い日々だったけど、私にとっては実に有意義で、文字通り『夢のような』毎日だったわ。
本当に、過ぎ去っていく時間がすべてキラキラと輝いて見えた。こんな日がずっと続けばいいのにって、何度も思った」
「ひーねぇ?」
僕のつぶやくような呼びかけに、けれど『ひーねぇ』――河野瞳は応えない。
ただ、感情のない独白が続くだけ。
「――でも、それは願っても叶わないこと。だから私は、大人しくこのユメから覚めて現実に戻ることにした。
いつか、このユメの続きを見るために。
私と同じような思いをする人を、この世界から失くすために。
なによりも、『この世すべての善』を成すために」
彼女がなにを言っているのかは、よくわからない。
でも、なにかを終わらせようとしていることだけは僕にも感じとれた。
なにより、ひーねぇの無機質な声を聞くたびに、嫌な予感がどんどん、どんどん――
「和樹、いまのあなたには、私の言っていることがわからないかもしれない。頭のおかしい女子高生の戯れ言に感じられるかもしれない。
でも、いつかわかるときがくる。
この世には、たくさんの悪意があって。
その悪意から、大切な人を守りたいって思うのなら。
そのために、敢えて大切な人を切り捨てて、現実に立ち向かわなければならないときもあるっていうことが」
「ひー、ねぇ……?」
彼女はこのまま、僕の知らない『別の誰か』になってしまうんじゃないか。
そんな、自分でもよくわからない不安に駆られ、僕は小さな声で何度となく彼女の名を呼んだ。
「ひーねぇ……、ひーねぇ……」
すがるように。
引きとめるように。
僕のそばから、離れていってしまわないように。
「和樹……」
だから、ひーねぇの声に感情の色が戻ったのは、そんな僕の心が届いたからに違いない。
少なくとも、幼い僕はそう信じて疑わなかった。
次の言葉を、聞くまでは。
「和樹、ごめんなさい。自己満足にしかならないのはわかってる。けれど、これだけは言わせて。ごめんなさい、と」
わからない。
なんで、ひーねぇが謝ってるのか、僕にはわからない。
わかりたく……ない。
なのに、ひーねぇの言葉は続く。
聞きたくないのに、続いてしまう。
「あなたから距離を置くことでしかあなたを守れないお姉ちゃんで、ごめんなさい。
私の過酷な現実を、一緒に背負ってもらわなければならない、そんな駄目なお姉ちゃんで、ごめんなさい。
過酷な現実に向き合わなければならないあなたを、そばで支えてあげられないお姉ちゃんで、ごめんなさい。
なによりも、あなたを不幸にするとわかっていて、それでも、こうすることしか選べないお姉ちゃんで、本当にごめんなさい……」
「わからない……。わから、ないよぉ……。なに、も……」
涙が溢れた。
別れの予感は、確信に。
堪えるなんてこと、できるわけがなかった。
そんな僕の額に、ひーねぇは右手を当てて。
「こんな駄目なお姉ちゃんだけど、和樹がたくましく成長したそのときには、きっと私を守ってね。
この世界にある、あらゆる悪意と理不尽から、お姉ちゃんを助けてね。
初めて出会った日から今日まで、私が和樹に色々なことを教えてあげてきたみたいに」
額から感じるのは、彼女の温もり。あたたかさ。
でも、覚えたのはそれだけじゃなくて。
ぞわりとした感覚。
僕の中に入ってくる、『こわい』なにか。
僕はうつむけていた顔を反射的に上げ――そして、見た。
ひーねぇの、綺麗な両の頬。
「ずっとずっと、お姉ちゃんは待ってるから。過酷な現実の中で頑張りながら、待ってるから――」
そこを伝い、濡らしている、静かな涙を――。
いかがでしたでしょうか?
今回はプロローグなので、かなり短めになっております。
また、これだけではあんまりなので、今日中に次話――第一話を投稿しようとも思っています。
第一話はプロローグとはうって変わって、純度100パーセントのコメディですよ(笑)。