第六章 ダルムス動乱 プロローグ
今回の話は大変に難産でして、ただでさえ遅筆であるというのに、更に投降が遅くなってしまい申し訳ございません。
また、前回の後書きで、『他の異世界ものではごくごくありふれた展開であるにも関わらず、この物語においてはなぜか連載始まって以来(今さら感はぬぐえませんが)初となるシーンが展開される予定です』などと書いてしまいましたが、今回のプロローグに関しては、導入として全体の背景を理解するのに分かり易い構成にした方が良いかと思い急遽差し込んだものになりますので、大言吐いた「初シーン」はふくまれておりません。また、該当シーンについては次話以降となります。
読者様には大変申し訳なくここにお詫びして訂正させていただきます。
◆◆◆
ダルムス大公国公都 ノイディクス シャグラ城 玉座の間
ダルムス大公国公王 ロスク・ノル・ディン・ダルムス
「ザムド、それにフレイアよ、これは一体何の真似だ? お前達は自分が何をやっているのか、その意味が本当に分かっておるのか?」
ダルムス公王ロスクは、呼ばれてもいないのに突然大勢の子飼いの兵を引き連れながら玉座の間へと押しかけて来て、力づくでこの場を占拠しようとしている皇太子ザムド、そして彼らが突入してくると同時にまるで事前から機会を計っていたかのような絶妙なタイミングで息子の元へと駆けていった第二王妃の二人へ冷めた視線を向けると、厳しい口調で問いかけた。
残されたロスクと第一王妃、そしてその両者の娘である第二王女の三人を何とかして守らんと、玉座の周りを囲むように守りを固める近衛たちが懸命に戦闘を繰り広げてくれてはいるものの、敵方はこちらの守備状況を全て把握した上で入念に準備を重ねて襲撃してきたであろうということもあり、両者の兵力差は目視だけでもおよそ一対三。
明らかにこちら側が数的に不利だった。
個々の技量は近衛の方が上なこともあり、今のところは何とか踏ん張ってくれている。
さすがは近衛というべきか。
彼らはその名に恥じない激戦を繰り広げてくれてはいるものの、それでも数の差は歴然としている。時間が経てば経つほど疲労は蓄積され動きは鈍くなっていく。
質で覆しきれないほどの数の暴力を前にして、正直どこまで彼らがこの均衡を保っていられるのかは分からない。
『最悪自分や第一妃の身の安全は諦めるとしても、ルファリアの身だけは何としてでも無事にこの場から逃がしてやらぬとな……。とはいえ、あの慎重なザムドの奴がここまで性急に事を進めようとするとは完全に予想外であったわ。隣のクレッサール王国でもトンガール王家の血を引いた王子たちが国の乗っ取り事件を起こし、無様に失敗して失脚したという話が広まってきていたから余計に慎重になると思っていたのだが、少々見込みが甘かったか……』
ロムスは自身の想定の甘さに苦々しい表情を浮かべながらも、とりあえず第二王女の身の安全を最優先に考え、思考を巡らせていく。
この国の後継者たる資格を持つロムスの血を引く子供は現在三人。
その内長女たる第一王女は既に降嫁して臣籍に入っていることから継承権を失っているため、現在それを所有しているのは皇太子位にあるザムド王子と二女のルファリアの二人のみ。
此度の謀反のターゲットは、次代の王位の継承権争いという観点から考えると、王である自分よりもむしろ直接的な政治的ライバルであるルファリアの身柄である可能性の方が高い可能性すらある。
この国の政策に対して、ルファリアが属している国家と民を第一に考える現実派の集まりであるロスクの派閥と、母の実家であるトンガール王家とナトーヤ教の強い影響下にあり、現実よりもとかく教会の教義やトンガール王家との血縁関係を優先するザムドの派閥は長年対立を繰り返してきた。
特に近年においては、急速に台頭してきたアンリエスト王国への配慮及び同国と結んだ条約の履行の観点から亜人たちに多大な配慮を見せているロスク派閥の政策に対して、ナトーヤ教の教義に基づいて厳格に迫害すべしと主張するザムド派閥との間での反発が急速に高まりつつあった。
そこへきての、配下を率いてのこの力づくでの玉座の間への突入である。
ロスクとしてもザムド側派閥の不満が溜まっていることははっきりと理解していたが、ザムドに皇太子の地位を残したままであることから彼らがここまで性急な動きを見せるとは考えていなかったのだ。
とはいえ、事態はもはや動いてしまっている。
段階がここまで至ってしまっては、今さらザムドがどう言い訳をしてきたとしても今さら嘘や冗談でしたで済まされる状況ではない。どれほど言葉を尽くして言い繕おうがこれは完全に謀反である。
「父上、もちろん、分かっておりますとも。王位の簒奪などという失敗すれば破滅確定の、自分の人生をかけた一世一代の大賭けなんて、伊達や酔狂なんかではとてもではありませんがやっていられませんからね」
「……しかし、お前は現在のこの国の皇太子だ。このような真似をせずとも時を待ちさえすれば労せずして王座は己が手に入っていたであろうに。そんなリスクを負ってまでしてどうしてこのような愚かな手段に打って出る必要があったのだ?」
「時を待つですって?」
ロスクの問いにザムドは相手を嘲るような、と同時に、ある種の決意が混じっている複雑な表情を浮かべた。
「既に神の勅命が下されているのです。一刻も早く神敵を打倒するため、我が国は今すぐに立ち上がらなければなりません。もはや我らには王の死か老いを待ってからの譲位などのんびりと待っていられるだけの時間なんて一分一秒たりとも残されていないのですよ。それに……」
一度言葉を切ると、ザムドはチラリと視線をロスクの背後へと向けた。
その先には一人の少女の姿がロックオンされている。
「先ほど父上は私に時を待てば王座は自動的に私の手に渡るとおっしゃっていましたが、本当にそうでしょうかね?」
そう疑問を投げかける彼の口元には、わずかばかりの自嘲の色が滲んでいた。
「私と父上とでは国政や宗教、亜人たちへの考え方があまりにも違い過ぎますからね。父上も本心では私から皇太子の位を取り上げてしまって、御身の後ろに控えている我が妹ルファリアに譲り渡したいとお思いではないのですか?」
「…………」
ロスクは苦い表情を浮かべたまま言葉を発することが出来ない。
さすがに実行段階までは踏み切ってはいなかったものの、普段からのザムド王子の言動を鑑みるに公国の未来は暗澹たるものであることは疑いようがなく、彼から次代の王位継承者の証である皇太子の位を取り上げ、慈悲深く聡明で穏健的な思想を持つ二女のルファリアに譲り渡した方が良いのではないかと考えさせられたことは一度や二度ではなかった。
更に言うなら、ロスク派閥、いわゆる穏健派の貴族たちからも、ナトーヤ教の教義とそれに付随して安易な手段でもたらされる目先の利益に目がくらんで、経済、産業、軍事、技術、学問、芸術いずれの道においてもアンリエスト王国の持つ他の周辺国を圧倒する隔絶した実力差を理解しようともしないザムド王子の皇太子位の剥奪及び彼が率いる急進派の派閥の解体と、穏健派の貴族及び大多数の国民から人柄や能力的評判の高い第二王女の擁立を主張するものが多かったのもまた事実である。
ロスク自身それが最善の道と分かっていながら今まで決断しきれなかったその理由としては、一つにはそのような強硬手段に訴えると、今までは水面下で争っていた問題がいよいよ公になり、結果として完全に世論が二つに割れてしまうという懸念と、なによりルファリア自身が王位に就くことなんて欠片ほども望んでいないのを知っていたからだ。
慈悲深い性格と言えば聞こえはいいが、彼女は王位に就くにはあまりにも優し過ぎる。
時として非情な決断を求められることがある王の職務は、ザムドとはまた別の意味でルファリアには向いているとは言い難かった。
いや、正確に言えば、本人のやる気と気質が合っていないだけで能力自体は水準を大きく上回っているのだから、ルファリアの才覚ならば王になったらなったできっとロムスよりも優れた良い王になってくれることだろう。
それが即ち彼女自身の望む幸せとは縁遠いものであるという問題から目をそらせば、であるが。
ただし、いざという時にはそんな我儘を言うことが許されていないのが、王族なのである。
一般人がどれほど望もうが易々と貴族になれないのと同じで、王族もまたその責務からは逃れることは出来ないのだ。
どんな人間であっても必ず何かしらのしがらみに縛られる。決して生まれながらにして自由ということはない。
そして、それは国家運営の頂点たる王族とて例外ではない。
一人の父親としてのロムスがどんなに娘の幸せを願っていたとしても、王としてのロムスの立場がそれを許さないことだってある。
そして、仮に立場を抜きに考えても、置かれた状況が許さないことだってある。
少なくとも此度のケースはそれにあたるだろう。
今こそ全ての国民へ、そして現に今自分たちの目の前で死力を尽くしてくれている近衛兵たちの忠義に対して王族の覚悟を示して見せなければならない時だった。
そしてこれはロムスとルファリアの父娘、そのどちらにも言えることでもある。
ルファリアには申し訳ないという気持ちもある。
第一王子のリオンが今も生きさえていれば彼女にこんな苦労をかけることはなかっただろう。
二年前のあの事故さえなければ今頃第二王子のザムドが皇太子になっていることすらもなかったはずだ。
あの事故が本当に不慮の事故によるものだったのか、本当のところは分かっていない。
リオンの死因が他殺と特定出来なかったから事故死として片づけられてしまった。
片づけざるをえなかった。
ロスクだってあの事件の幕引きに納得できているわけではない。
納得できるわけなんかない。
事件には不審な点が多すぎるし、疑わしい人物も、そしてリオンの死による利益享受者も一方の派閥に偏り過ぎている。
その点はルファリアも強く疑いを持っていたようだ。
生前にもリオンには度々、そしてルファリアの身にも何度か命の危険があった。
それでも忠義度の高い侍女や騎士たちなどの機転などもあってギリギリのところで最悪の事態を乗り切ることが出来ていたのだが、それでも最悪の事態を防ぐことが出来なかった。
暗殺を含む政治闘争、それは王族の定めといってしまえばそれまでだ。
だが、決してあって当然というわけではない。
あっていいわけがないのだ。
ロスクはリオンを守り切ることはできなかった。
王として父親として正に忸怩たる思いだった。
だが、これ以上……リオンに引き続いてルファリアまでもを失う訳にはいかない。
絶対に。何を引き換えにしてもだ。
「………………この期に及んではやむを得ぬ」
ロムスはその場で暫し瞑目すると、静かに覚悟を固めた。
「ルファリア、そして侍女ニルアと近衛騎士ルナスの両名もここに」
「はっ「「はい」」」!」
ロムスに呼ばれ、第二王女ルファリアとその侍女ニルア、そして敵兵と戦闘中であった近衛の女性騎士ルナスが他の近衛たちの力を借りることで戦列を抜けて指示された玉座の前に駆けつけてきた。
「父上、いかがなさいましたか?」
三人を代表してルファリアが尋ねてくる。
娘からの質問には答えず、ロムスは一言も発しないまま玉座の真後ろに飾られている初代公王の自画像を右にずらし、その裏に隠されていたレバーをおもむろに掴むと、力任せに強く押し下げた。
ゴゴゴゴゴ……
レバーが下げられたことで玉座の間に仕組まれていた隠し機構が発動し、部屋中に鳴り響く振動交じりの低い地響きとともに玉座が横にスライドするように移動していくと、動く前の玉座があった場所のちょうど真下にあたる位置に突如として階下へと続く隠し階段が姿を現した。
「こんなところに秘密の脱出口が……」
ルファリアが驚きの声を上げた。
よく訓練された近衛やメイドであるルナス・アンセルとニルア・ヴィオニットの両名は主を差し置いて声を上げるような無作法を晒すようなことはなかった。ただやはり隠し階段の存在は意外だったらしく、取り繕っている表情に見えても、ほんの僅かばかりだがいつもより大きく瞳孔が見開かれていた。
さもありなん。
この緊急の逃走経路は、代々の王だけが知っている最高機密だからだ。
「ルファリアはこの通路を使って脱出せよ。当面の身の振り方に関しては通路の終点にある指示書に従うように。ルナスとニルアの両名もルファリアと行動を共にしあらゆる面で彼女を支えてやって欲しい」
「「はい!」」
即答するルナスとニルアの二人に対して、無言で黙ったままのルファリアの表情は優れない。
「…………お父様はわたくしに指示書に従えと仰られましたが、現地で直接指示を出されないということは、お父様とお母様は私たちとは一緒にいらっしゃらないということですか?」
「どうせ我らの足ではザムドの追手からは逃げきれぬのでな。それに元より逃げるつもりもない。お前を逃がしたらすぐに投降するつもりだ。ザムドの奴も儂を殺して玉座を奪うよりも生かしたまま幽閉した方が外聞がよいであろうから運が良ければ殺されることはないであろう。易々と殺せぬ理由もあるしな」
「陛下の言うとおりです。それに、私も王族の一員です。陛下に嫁いだ日からこういう日がくることがあるかもしれないと覚悟はしていました。私たちのことは気にしなくていいですから、あなたは自分自身の安全を最優先に考え、自分の道をお行きなさい」
「そ、そんな、お父様、お母様……」
「時間が惜しい。いいから、行け! ルナス、ニルア、ルファリアのことを頼んだぞ」
「「はい。この身に代えましても、必ず姫様をお守りいたします!!」」
「お父様、お母様、どうかご無事で!」
「うむ。ルファリアも壮健でな」
「くれぐれも、身体だけは大事にしてね」
最後にほんのわずかな時間ではあるが親子で抱擁を交わすと、ルファリアはルナスとニルアの二人に従って隠し階段を下っていく。
三人の姿が完全に見えなくなったことを最後まで見届けたところで、ロムスは再びレバーを基の位置まで戻して玉座の仕掛けを解除した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
横にスライドしていた玉座が音を立てて元の位置に戻ると、まるで最初からそこに何もなかったかのように先ほどまで目の前にあった階段を完全に覆い隠した。
「これで父親として最低限の役割は果たすことは出来たか。だがしかし、その分お前には貧乏くじを引かせてしまったな。すまない」
「謝る必要はありませんわ。あの子の無事が今の私の何よりの願いですから。御身の安全よりもルファリアの身の安全を優先して頂いたこと、妻として、そして一人の母として陛下には感謝しかありません」
「そう言ってもらえると助かる」
お互いに笑い合い、ロスクは軽く第一王妃を抱きしめる。
「ザムドよ、聞こえるか? これから伝える条件を飲めるのであれば、こちらはお前に投降する用意がある。返答は如何に?」
ロスクの出した条件とは、これ以上本件に関わる無駄な血を流さぬこと。
自身と第一王妃、そして自分たちのために戦ってくれている近衛兵たち全員の今後に渡る安全と引き換えに、ロスクは直ちに戦闘をやめ武装を解除するよう近衛に命令し、更に自身と第一王妃の二人は息子に対して投降するという意思表示をした。
条件を聞いたザムドは長考するかと思いきや、意外とすんなりとその条件をのんだ。
「想定していた以上に近衛が強かったですからね。王が懸命な判断を下し早々に降伏して頂いたおかげで我が陣営にも無駄な血が流れずに済んでこちらこそ助かりましたよ」
「ザムド、約束は必ず守れよ」
「もちろん、きちんと約束は守りますとも。近衛たちはとりあえず捕縛した後当面の間は牢に閉じ込めさせていただきますが、私が新たな王となった暁には彼らは私の身を守る貴重な戦力になりますからね。彼らに反逆の意思がないと判明し次第解放させていただきます。また、王と第一王妃の今後に関してですが、これを機に隠居していただきます。二人の身柄は離れに幽閉することになるでしょう。自由はかなり制限されますが、その点はご了承ください」
「かまわぬ」
「お前たちは王たちが脱出や同じ派閥の者たちから救出されたりせぬよう厳重に周辺を警護せよ。ああ、それとルファリアの身柄だが、反逆者として処分するから一刻も早く私の前に連れてくるように。よいな?」
ザムドが配下の兵に指示を出すと、ロムスの顔色が変わる。
「それはどういうことだ、ザムド! 我らの身には危害を加えぬ約束だったではないか!」
「嫌だなあ、父上」
ロムドからの糾弾に、ザムドはにたぁっと粘度の高い笑みを浮かべながらロムスに向き直る。
「私が約束したのは近衛兵と父上、そして第一王妃の身の安全のみです。残念ながら父上と交わした約束の中に最初っからルファリアの身は含まれてはおりませぬ。あの女が生きている限りこの国の派閥は真っ二つに割れたままですから、見逃すわけにはまいりません。それにあの亜人の血を引く者がいつまでもこの国の王位継承者の座に居座っているということ自体が神への重大な裏切り行為でもあります。一刻も早く浄化せねばなりません」
「き、貴様という奴は……」
ロスクはザムドのあまりに身勝手な言い分に、沸騰せんばかりの怒りに拳を強く握りしめた。
ルファリアはエルフの血を四分の一継いでいる。
すなわち、彼女の母である第一王妃がハーフエルフであるということだ。
そのこと自体は秘密でもなんでもなく、王家の公然たる事実である。
元々ダルムス人の気質として比較的種族への偏見や宗教への関心が薄い気質があることから、ロスクはそのことを気にしたことはない。
実際、大多数の国民たちも大して気にしてはいないであろう。
しかし、ザムドを始めとした狂信的なナトーヤ信者たちにとってとってみれば、必ずしもそうとは言えないのであろう。
だからこそ、今ロスクの心中で、ザムドからルファリアへ向けられる執拗なまでの敵意に対し『やはりな』という諦めの気持ちと、あらかじめ手を打っておいて良かったという安堵の気持ちが複雑にないまぜになっていたのだが、後者の方は鉄の意思で懸命に押し殺して表に出さぬように装っておく。
「ざ、ザムド様!」
ロスクの予想通り、玉座の仕掛けを調べていた兵が狼狽の声を上げた。
「どうした?」
「先ほど陛下がなさったようにレバーを下ろしたのですが、玉座が全く反応しません」
「なんだと? どうにかならないのか?」
「はい。全く反応しません」
「ならば玉座そのものを破壊してしまえ。壊した玉座は後で改めて作り直せばいい」
「無駄じゃよ」
ロスクはザムドに対して含みのある笑みを向ける。
「知っての通りその玉座は結界魔法で強固に保護されている。不意に襲いかかってくる暗殺者の刃から王の身を守るためにな。とはいっても、此度の謀反のように玉座の周りを無数の敵で囲まれてしまえば例えどんなに強力な結界に護られたところでそのまま飢え死にするだけで残念ながら何の意味もないがな。だが、それでも逃げる王族を追う追手の動きを妨げるだけならそれで十分だ。それに一度その通路の入り口を閉じてしまえば、通路を通った先の出口側の扉を開けるか一定時間が経過しない限りは玉座の仕掛けはロックされたまま開くことはない。つまり、今からお前たちがどんなに躍起になったとしてもルファリアを追いかけて捕えることは事実上不可能なのだ。残念だったな」
「残念? 残念ですって?」
ロスクの説明を聞いてなお、ザムドの口元には嘲るような笑みが貼りついていた。
「確かに父上がおっしゃるように今この場から追手をかけてもルファリアを捕えることは不可能でしょう。しかしそれは、その秘密の抜け道の存在と抜け穴の出口のある場所を私が知らないことが前提の話ですよね? もし事前に知っていたらどうなんです?」
「なん……だと?」
驚いたような表情を見せるロムス。
「王はご存じなかったでしょうが、私がまだ子供であった頃、勉強の時間を抜け出し一人で城中を散策したりしてよく遊んでいたのですが、ある日、肖像画の裏はどうなってるのかふと気になってしまって、試しに動かしてしまったのですよ。そして偶然あのレバーと玉座の仕掛けの存在を見つけてしまったというわけです。いやはや、自分で言うのも変な話ですが、子供の突拍子もない好奇心と行動力というものは時として国家の機密すら暴いてしまう。なんとも恐ろしいものですな」
「ぐ、ぐぬぬ……」
ザムドは悔しそうな表情を浮かべるロムスを見ると、見る者をイラっとさせるニチャァとした笑みを向けてくる。
「私が見つけたのは玉座の仕掛けだけではありません。当然、階段の下に続く通路がどこに続いているのかも確認しています。つまり、今からルファリアを追いかけて捕えることは出来なくとも、ルファリアが逃げてくる場所にあらかじめ兵を配置しておいて、上手く逃げおおせたと油断してのこのこ現れる獲物を待ち構えることなら可能だということです」
「くっ、まさかお前が玉座の秘密を知っていようとは……」
ロムスはその場にガックリと膝を付くと、悔しさのあまり全力で両手を地面に叩きつけた。そして「ルファリア、すまぬ……」と小さな声で呟くと、床に手を付いたままその場で小さく肩を震わせた。
我慢しきれずについほくそ笑んでしまっている己の表情をザムドの奴に見られぬために…………
ザムドは二つ、大きな勘違いしている。
一つ目は、自分が玉座の仕掛けを発見したことをロムスが知らないと思っていたこと。
そしてもう一つは、玉座の仕掛けで出現する逃走ルートが一つだけだと思い込んでしまっている点だ。
前者についてだが、まず前提知識としてこのダルムス大公国で国民や貴族たちから公王と認められるためには王鍵という魔道具が必要となる。
逆に言うと、その王鍵の所有者こそがこの国で公王と呼ばれる人物なのだ。
そしてこの王鍵は、特定の儀式を経て魔力登録されたたった一人の人間にしか使いこなすことは出来ない。
玉座の仕掛けを始め、このシャグラ城に設置されている様々な機構は、この王鍵と呼ばれる一つのメインコアとなる特殊な魔道具によって制御されている。
だからこそ王鍵の持ち主が公王と呼ばれるわけなのだが、王鍵の持ち主はその場におらずとも城の機構が発動したことを感知することができる。
つまり、ロムスは「誰かまでは特定できなかったものの、少なくとも自分以外の人間が王座の機構のしかけに気付いていることまでは以前から知っていた」ということだ。
その人物がザムド派の者である可能性も考慮に入っており、今回の一件でも通路の先にある出口にザムド一派の手の者が待ち構えている危険性も当然認識していた。
そこで出てくるのがもう一つのザムドの勘違いである。
この城を建築した初代ダルムス公王自らが足を運んで設計、建築を依頼したとされる、別名『機工王』とも呼ばれた古人種の名工がこの城に施した仕掛けはそんなに生温いものではないのだ。
数百年に渡るダルムス大公国の歴史の中でしばしば発生する血で血を洗うような後継者争いの諍いなどによって、過去の歴史においてこの玉座の仕掛けが起動されたとされる事件は少なくとも二回は存在している。
この城の仕掛けについては、その都度公王の命によって国家の記録には一切残さないように厳命されているが、それでも仕掛けが発動されたことがある以上、その場に居合わせた者の子孫にこの秘密のが口伝で伝わっていても何らおかしくはないのである。
また、今回のザムドのケースのように、他者によって玉座の仕掛けが偶発的に発見されることがあるかもしれない。
しかし、それでは困るのだ。
この手の小細工は一発勝負でこそその真価を発揮するのであって、種の割れた手品は観客にとってもはや失笑ものでしかないからだ、
それこそ、まるで今のロムスを嘲笑っているザムドのようにだ。
つまり、この城の仕掛けは、ある程度入口や出口の情報が口伝などで伝わっていたとしても王鍵の所有者を護りきれるように設計されているということである。
ザムドは知らない。
このシャグラ城に張り巡らされている秘密の抜け道であるが、入り口はこの玉座の下だけではないし、出口も一か所だけではないということを。
そして、同じ入り口から入ったとしても、機工の起動方法によって出口が全く別の場所に変わってしまうということも。
具体的に言うと、『肖像画の裏のレバーをただ普通に降ろした時に現れる逃走ルートと、王が王鍵を発動させながらレバーを降ろした時に出現する逃走ルートは全く別物である』ということだ。
ザムドが兵を配して待ち構えさせている地点と通路を抜けたルファリアがたどり着く場所は全くの別地点。
そこで何年待ち続けようがルファリアが姿を現すことは絶対にない。
ルファリアが抜けた通路の先には小さな部屋があり、そこには追手から身を隠しやすくするための一般人を装う着替えと、真の隠れ家へたどり着くための鍵と地図が置いてある。
逆に言うとそれしかない。
城から直で繋がった抜け道の先に潜伏先があっては、なんの拍子に追手にばれるか分からない。
だから、本当の潜伏先である屋敷は別の場所に用意してあるのだ。
追手を躱し続けるために十分な軍資金もそこに用意してある。
その資金を用いて国外逃亡するもよし、完全に他人に成りすまして一般人として生涯を終えるもよし、穏健派の貴族たちと合流してザムドに対抗するもよしだ。
国外に逃げるのならミナト殿の治めるアンリエスト王国が良いだろうと指示書に書き記しておいたが、果たしてあの娘はどういう道を選ぶだろうか……。
「さて父上、私に投降した以上もはや王座はあなたのものではありません。である以上、この国の新たな公王である私にその証である王鍵を渡していただきましょうか」
愛娘の命運が断たれてすっかりロムスが意気消沈してしまっている……と思い込んでいるザムドは、勝ち誇ったような口調でロムスの背中に向けて要求を浴びせてくる。
「持っておらん」
ロムスはぶっきらぼうに返答した。
「何を今さら無駄な抵抗を。そんなはずがないでしょう」
「嘘ではない。ないものはないのだ。疑うならば身ぐるみ剥いで調べるなり、私の部屋を調べまわるなり好きにすれば良かろう」
実際、裸にするまではいかなかったが、その場で行われた身体検査ではそれらしきものは何も出てこず、ロムスが言っていることは嘘ではなかったことが証明された。
「公王が常に身に付けているべき王鍵を持っていないとは、どういうことです? とっさに隠すにしても玉座にいる時に不意打ちを受けた以上、隠せる場所など高が知れているはずです。それなのにこの人数で探して誰も見つけられないとは…………」
そこまで呟いて、ザムドは何かに気が付いたかのようにハッと顔を上げた。
「まさか……ルファリアが持っているのですか? 確か彼女を抜け道へ逃がす前にほんの一瞬でしたが抱擁を交わしていたはず…………その一瞬でこちらにばれぬように王鍵を手渡していた…………?」
「さて、どうだったかな。息子に裏切られたショックで記憶が曖昧になってしまってその辺がはっきりとは思い出せぬが……」
とぼけてみせるが、実のところザムドの読みで正解である。
正式な儀式を行っていないため、形式的には王鍵をルファリアに預けてあるだけで正当な所有者は今でもロムスのままだ。
しかし、王鍵が逃げるルファリアの手にある限りザムドもまたこの城の正当な後継者にはなれないということでもある。
小さな意趣返しというやつだ。
「父上…………やってくれましたね?」
「何を憤っているのか分からんが、お前と交わした約束は、戦闘を終わらせるために抵抗を続ける近衛兵に速やかに抵抗をやめるよう命令することと武装解除させること、その上で儂と王妃が投降することだからな。何も嘘はついておらぬ。そもそもが、約束していないことに対して後から文句を受ける謂れがないという主張は元々お前が言い出したことであったはずだ」
「うっ……」
痛いところを突かれて、ザムドは鼻白んだように言葉を詰まらせた。
「ま、まあいいでしょう。どの道ルファリアを捕えるのは時間の問題なのです。あの女を捕まえて王鍵を取り返した暁には、よもや王鍵の引継ぎの儀式を拒まれるようなことはありますまいな」
「うむ。お前が先ほど交わした我との約束を果たす限り無駄な抵抗はせんよ。王の名においてその点は確約しよう」
「分かりました。こちらもナトーヤ神の名に誓って約束を順守すると宣言させていただきます」
こうしてロムスとザムドの両者によって王鍵継承についての取り決めが交わされたのであるが……………………。
ロムスの計画通り、ルファリアがザムドの手の者に捕えられるような事態は発生せず、また王鍵がザムドの手に渡ることもなかった。
◆◆◆
2026.1.27 第二王女の名前をシルファリアからルファリアへと変更しました。エルフの血を引いているという設定ではあるのですが、シルファリアだとあまりにも妖精色が強すぎるなと思いなおしました。
同時に、次話以降で明かすはずであった、ルファリアがエルフの血を引いているという事実を今回の話で明示いたしました。特に隠すべき秘密でも何でもないのでw




