第五章 大雅国攻略戦 ② 王都攻略-1
更新が遅くなってしまい大変申し訳ございません。
活動報告にも書かせていただきましたが、先月コロナにかかって以降後遺症に悩まされておりまして、なかなか執筆活動に勤しむことが出来ませんでした。
とりあえず更新を優先して直しの作業は後日行わせていただきます。
ところで、激しい片頭痛や喘息、咳・タンの症状が未だに続いているのですが、これ本当に治ってくれるんですかね?
◆◆◆
大雅国王都上空 約5万メートル地点 天下布武内 四十無湊
海を越えはるばる大陸へと渡ってきて、大雅国と天竺国との戦争に介入し、大雅軍の天竺攻略部隊を殲滅させたあの時から数えて早三か月。
この期間が果たして長かったのか短かったのか。
湊的にはそれほど長かったとは思わないのだが、逆に長く感じた者がいたとしてもおかしくはない。
『情報を制す者は戦を制す』
よくボクシングで使われる『左を制す者は世界を制す』の亜種であり、何なら有名なバスケットボール漫画の主人公も似たようなセリフを言っていたような気がするが、古くは戦国時代から『美濃を制す者は天下を制す』などと言われていたように、この慣用句は意外と昔から使われていたりもする。
『情報を制す者は戦を制す』と表現こそ違うものの同じような意味を持つ言葉に、古代大華の兵法書『孫氏』の『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』という一節がある。
『孫氏』の作者である孫武は紀元前500年頃の人間なので、その当時から既に自軍に勝利を引き寄せるにあたっての敵情報の重要性は、少なくとも軍師と呼ばれる者たちにはきちんと認知されていたということになる。
何が言いたいのかというと、広大な大雅国の領土に配備されている大雅軍に加えて、天竺国へ侵攻していた部隊の殲滅も含めたった三か月というごく短い期間で王都以外の全ての基地・要衝をこちらの制圧下に置くことが出来たのは、その全てが敵との情報戦に勝利した結果と言っても過言ではないということだ。
湊がまず目を付けたのは、大雅軍の本部と前線を結ぶ連絡手段が全て無線による双方向の通信であるという点である。
通信の利点は何と言っても送受信双方におけるタイムラグの少なさだ。
昔の戦争のように用がある毎にいちいち伝令を送り出す必要がないわけだから、いざ命令書が届いた時には事態が大きく変化していたなどという無用の混乱を招かずに済む。
もはや大軍を運営するにあたって通信機はもはや必須級の文明の利器である。
しかし、ここにこそ大きな落とし穴がある。
命令を発する側もそれを受ける側も直接会って会話をしているわけではないので、実際のところ通信機の先で話をしている相手が本当に自分の頭の中で思い描いている相手なのかは、後日直接面会して確認し合うまでは分からないのだ。
趣味や家族・友人の話をするような個人的なやり取りを交わすような間柄ならば、微妙に発生する会話の齟齬などによって相手からの不審を招くこともあるかもしれない。
しかし、基地間のやり取りにおいて行われるのはあくまでも軍務上のやり取りであり、そのようなやり取りがなされることはまずありえない。
つまり、相手側の通信機の先に通信相手の声音をそっくりそのまま本物に似せたものまね俳優がいて自分と会話を交わしていたとしても、相手側は偽物と入れ替わっていることに気づけないということだ。
第二次世界大戦の頃などは軍の重要な通信は暗号通信によってやり取りされていたものだが、こちらの世界において科学技術分野で競合する勢力がないという油断からか、大雅軍において味方とのやり取りは全て包み隠さず電波に乗せて行われていた。
自分たちの通信を傍受出来る敵勢力が存在しないことを見越して、いちいち解読する手間などを省くためにあえて暗号化していなかったのであろうから、その情報の取り扱いをずさんと言ってしまって良いのかは何とも言えないところであるが、実際のところ、こうして湊たちに余すところなく全て筒抜けになっているのだからやはり彼らの情報の取り扱い方法は不適当であったと言わざるを得ない。
それに、どんなに高度な暗号を施していたところで、帝国の誇るスーパーAIのてんかちゃんの解析を出し抜くことは不可能であるどころか、その結果が出るまでに一秒も要しないであろうから、暗号のあるなしでその後に及ぼす結果は何ら変わり得ない。
敵に情報が完全に筒抜けであるというのも大雅軍にとってはもちろん由々しき問題であろう。
だが、一番致命的なのは、それ以前に敵本部が同じ地球の勢力である湊たち帝国の介入に未だ気が付いていないという点である。
大雅軍首脳たちは、虎の子の軍艦が鹵獲されていることにも、奥羽国や天竺国へ侵攻している部隊が既に壊滅していることにすら未だに気が付いていない。
湊たちがこの戦いに介入して以降、本部と戦場の部隊とが互いに通信のやり取りをした事実そのものがないからである。
湊たちは、大雅軍本部から発せられた命令を傍受しつつ受信する側にはその指令が届かないよう電波妨害をかけ、しかるべきのちにこちら側の都合の良いように相手を動かすために偽の指令を送りつけていた。
もちろん実際に指令の伝達のやり取りをしている当人たちはそんなことになっているとは気が付いていない。
その時点で彼らの認識そのものが現実とは大きく乖離しているということだ。
本部(仮称A)と戦場(仮称B)とのやりとり(と、当人たちは思い込んでいる)は常に帝国謹製の高性能AI(仮称C)に見張られていて、AとBは互いに連絡し合っていると思っているのだが、実際のところAとC、BとCそれぞれ別にやりとりしていて、AからBの指令もBからAの報告どちらも残念ながら相手には届いておらず、そのどちらもが仲介するCの欺瞞情報によって騙されている状態なのだ。
通信兵の声で偽物とばれるかもしれないという懸念はあるものの、そこは本物の声音やイントネーションをサンプリングした本人そっくりな声で、人と会話しているのと遜色ない性能を持つ超性能AIが応対しているのでフェイクだと発覚することはまずありえない。
結果として、天竺国に進行していた大雅国の部隊は、偽の帰還命令を受けてこちらが指定した地点へ向かってまんまと誘い出されてきた。
そして、あらかじめ地面に仕込まれていた時限式爆弾によって熱烈過ぎる歓迎を受けたわけである。
体力的にも精神的にも食料的にも限界ギリギリの日程で、まるで命を削るような無茶苦茶なタイムスケジュールで大雅軍を目的地へと移動させたのは、爆発で起こった混乱をついて敵陣に斬り込んでいく奥羽兵たちの安全性を高めるため、大雅兵たちの抵抗する力を極限まで擦り減らしておくという目的のためであった。
だが、それと同時に、天竺国内で人倫を無視して好き放題に暴れまわっていた大雅兵たちへ加える懲罰的な嫌がらせという意味合いも大きかった。
満足に食事も睡眠も取れない状態で数日間休まず肉体を酷使しなければならないという極限状態から解放された直後の、満身創痍でもはや満足に立ち上がることさえ出来ない状態の兵たちが、一か所に誘い出された上で効率的に爆破を受け、その直後に襲撃を食らったのだ。
長く激しい苦痛からようやく解放されたと張りつめていた緊張の糸が緩んだ瞬間を狙っての、完全なる奇襲である。
それまで酷使され続けた肉体はもちろんのことだが、目まぐるしく切り替わる事態の変化に、何よりも気持ちの切り替えが間に合わなかったに違いない。
事実、運よく爆破から生き残ることが出来た兵の大多数はその時点で完全に心が打ち砕かれていて、襲い来る奥羽軍に抵抗するだけの気力が残されていなかった。
ほんの僅かではあるが抵抗する意思を見せた気骨のある者たちも、その勇敢な意思に反して限界をとうに超えていた肉体の方が言うことをきかなかった。
その結果、奥羽軍は敵からの抵抗という抵抗も受けないまま、自分たちの二十倍以上の数の大軍相手に味方の被害がゼロという圧倒的な戦果で大雅軍を制圧することが出来たのだった。
これこそ正に歴史的な大勝利である。
後は大雅軍の他の基地相手にも基本同じことを繰り返すだけでいい。
目的の基地の通信を遮断し、偽の情報を流して任意の場所に誘い込む(無茶な命令で敵軍の体力を消耗させることが出来ればなお良い)。
誘い込む場所にはあらかじめ爆発物などの罠を仕込んでおいて、のこのこと敵がやってきた後、頃合いをみてその罠を発動させる。
罠にかかって混乱に陥っている敵陣に突撃して、その勢いで敵に反撃させないまま壊滅まで追い込む。
こうなると、完全にルーティンが確立された一連の作業のようなものだった。
ワンパターンな上にかなり小狡い戦術で、お相手いただく大雅軍の皆さまには大変心苦しいところではあったのだが、寡兵で大軍を相手にしなければならない大きなハンデを抱えている以上、通用するうちは何度でも同じネタを擦らせてもらうつもりだった。
大雅軍の兵力分布としては、主力と言えるのは天竺国の攻略に駆り出されていた部隊であり、その数だけで実に全軍の四割に達するほどだった。
更に残されている兵力の内の二割を海を渡った東の奥羽国に差し向けている。
だがご存じの通り、両者ともに既に壊滅的な打撃を被っていて、生き残りは全て武装解除され、捕虜として逃げ出すことができない場所に隔離されてしまっている。
つまり、この時点で大雅国に残されている兵力はこの時点でもはや全体の四割程度しかなく、残されているその貴重な戦力も湊たちの奸計にはまって気づかぬ間にじわじわと削り取られている。そんな状況だった。
これは後から小耳に挟んだ話だが、大雅軍の司令官が遅まきながらも何かおかしいぞと気がづいて、慌てて王都に兵力をかき集めたその結果、虎の子の近衛を含む王都防衛部隊を含めても全体の一割程度しか動員することが出来ず、そのあまりの兵の少なさに愕然として、一言も発することが出来ないままその場にガックリ膝をついたままうなだれてしまったとかしなかったとか。
実に憐れみを誘う話ではあるが、自分たちがよそ様の国に余計なちょっかいをかけさえしなければ最初っからなかったピンチであるから、完全に自業自得である。
とはいえ、最大値の一割しか数が揃わないとはいえどもその質の方はなかなかのもので、しょせん第二次世界大戦レベルと言ってしまえばそれまでの話なのだが、まがりなりにもそこそこの完成度の戦車と、ロールアウトしたばかりなのかまだ数が少ないものの、レシプロ戦闘機まで配備されているというラインナップの充実っぷりであった。
「私たちから見れば旧式のポンコツですけれど、それでもあの戦車を天竺国攻略に駆り出していればとっくに王都まで征服できてたと思うんですが、どうして彼らは戦車部隊を戦場に配備しなかったんでしょうか?」
偵察用ドローンから送られてくる映像を見ながら篠原霧枝が不思議そうな表情で首をかしげている。
そんな彼女の疑問にいち早く答えたのは湊ではなく小此木紗希だった。
「霧枝さん、ヤツらは天竺国との戦場に戦車部隊を送り出さなかったんじゃないんです。送りたくても送れなかったんですよー」
「紗希ちゃん、どういうこと?」
「大雅国と天竺国との間には9000メートル級の山脈が連なっていて戦車では越えることが出来ないんですよ。で、その両者を繋いでいる唯一のルートというのが今回大雅軍が天竺国への侵攻に使ったところなのですけど、この道は人二人すれ違うのがやっとという激狭ルートでして、戦車やトラックどころか軽車両すら通り抜けることが出来ない山道なんです。じゃあそれなら海ルートを使えばいいじゃないという話になるんですけど、こちらはご存じの通り王鯱族から激しい妨害を受けてしまう上に、よしんば首尾上々に天竺国沖まで輸送することが出来たとしても、今度はそれを降ろす手段がないんです。彼らが保有していた艦には旧式ですが空母がありましたから載せて運ぶことくらいは出来るでしょうが、あくまでもあの艦は強襲揚陸艦ではなく空母ですので、戦車を揚陸させるための肝心なLCAC(揚陸用ホバークラフト)がないはずなんです。少なくとも鹵獲した後の空母にはありませんでした。LCACなしでも港にべったり横づけすれば搬出口から戦車を降ろすことは可能でしょうが、搬出入中は軍艦が一番無防備な時ですから横っ腹に大規模魔術(王鯱族のモノ含む)か何かで大穴開けられたらやばいですし、そうでなくとも都市の占領が完了していない状態でのんきに搬出入作業なんかしていれば、逆にそこから一気に敵兵になだれ込まれて空母そのものを占拠されてしまう事態にも陥りかねません。そもそも艦隊そのものの弾薬が枯渇しかけていたわけで、反撃能力にも限りがある以上、彼らの現状ではかなりリスクの高い行動になっていたと思いますよ」
「なるほど、そうだったんですね」
霧枝は天才的な料理人であり、また優れた農学・環境・地質・資源・土木の博士でもある多才な女性だ。しかし、ある程度の戦闘訓練は受けていて護身程度であれば十分すぎる実力を持っているとはいえ、あくまでも彼女の役割は後方支援が主で決して戦闘の専門家というわけではない。
彼女が活躍する場所は全く異なる場所にあるのだ。
だから彼女が口にした素朴な疑問は決しておかしいことではなかったし、知識不足とそしられる謂れもなかった。
もっとも、メカニックとして艦船の運用に深く関わっている紗希がそれを言っていたならば、仲間内から叱責を受けるまではないにしても、冷たい目で見られるくらいの扱いは免れ得なかったであろう。
「何はともあれ、レトロな戦車がこうしてずらりと並んでいるのを見ると、その筋のマニアでなかったとしてもそれはそれで胸熱ですよねぇ」
「その砲塔が奥羽軍に狙いを定めてさえいなければ、だがな」
興奮気味の紗希を冷静に一刀両断したのは、おやっさんこと鷲尾竜太郎だ。
「紗希よぉ、質はともかくとして数だけは未だ敵さんの方が多いわけで、決して油断していい状況でないことは分かっとるだろうな?」
ギロリと竜太郎に睨まれて、
「ハ・ハハハ……い、嫌だなあ。小さい頃から慎重過ぎて石橋を叩き折ってしまうことから友達に『石橋サキちゃん』と呼ばれた私ですよ? 油断なんて微塵たりともしてないに決まってるじゃないですか」
白々しい言い訳をかます紗希。
そら恐ろしいほどの強心臓で、仲間内から向けられる白い目にもどこ吹く風だ。
「ふん、まあいい。それで湊様、戦闘開始は予定通り1200からでよろしいですな?」
「ああ、変更はない」
「了解致しました。皆の者聞いたな? 開始三十分で決着をつけるぞ! 持ち場に付け! いいか、ぬかるなよっ!」
「「「了解!」」」
おやっさんの一喝で皆一斉に持ち場に散っていく。
決戦の時は、刻々と迫っている。
◆◆◆




