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第一章 囚われの王女と隻眼の青年③

「貴様ら何をやっている! 多少腕が立ったところで所詮は多勢に無勢。囲え、囲んで数で押しつぶしてしまえ!」


 相変わらず一人安全地帯からわめき立てているラムセルのダミ声が聞こえてくる。


 しかし、セリネやノワールと対峙する兵士たちの足取りは重かった。

 当たり前だ。


 セリネもノワールも個人としての実力は抜きん出ているが、ゴーレムでもない以上は必ず疲れや魔力の枯渇によってその力が衰えてくる。

 むしろそれを一刻も早く誘発するための人海戦術だが、当然ながらそれは甚大な被害の元に成立する戦法だ。


 数で押せばいずれは勝てると分かってはいるものの、その勝利を得るための尊い礎に自分がなりたいとは兵士の誰もが思っていない。


 まして今の彼らの指揮官は先日まで敵国クレッサールの上位貴族であった男なのだから尚更である。


 そんな敵側の意識のズレ。

 そこにこそセリネたちのほんの僅かな勝機があった。


 「死にたくなければどきなさい!」


 空気が歪むほどの魔力を身体に纏いながら、セリネは自分とカタリナ姫の間にいる兵士たちに威嚇を兼ねた警告を発する。

 それは膨大な魔力を身に宿す古人族だからこそ出来る荒業である。


 普通の人間がこれの真似をしようとしたらあっという間に魔力切れを起こしてその場に倒れてしまうことだろう。


 セリネは同じ古人種の中であっても特に魔法方面の才能に恵まれ、その魔力保有量はダントツに多い。


 それは、この世において別格の存在たる『神竜』を別にして、「炎」を司る竜種の『古竜』や「雷」を司る獣人の『空狐』など、超越者もしくは超越種族と呼ばれる超常存在が現在9種確認されているが、セリネの持つ魔力はおそらく彼らに次ぐレベル。

 その実力は宮廷魔術師たちと比べても桁どころか次元単位で異なる。


 同じヒト種でありながらどうしてセリネたち古人種だけがそれほどの魔力を保有しているのか?


 それは、セリネたち古人種が現在この世に9種存在する超越者――それのなりそこないだからだ。


 雷の『空狐』


 光の『一角獣王』


 炎の『古竜族』


 氷の『氷巨人族フロストジャイアント


 風の『妖精王』


 水の『王鯱族おうしゃちぞく


 地の『島亀』


 不死の『神祖吸血鬼ノーライフキング


 闇の『蜘蛛人女王アラクネクイーン


 以上が現存する9種の超越者たちである。


 しかし、ヒト種にもかつては「魔」を司る10種目の超越存在が存在していたという。


 かつてこの世に存在した古人種の女王である神人――『魔女王』がそれにあたる。


 しかし、今となってはその十席存在した椅子の内『魔女王』の席だけが失われ、ヒト種を守護する超越者はこの世には最早存在していない。

 だが代々その『魔女王』を排出してきた一族だけは細々とではあるが現存している。


 その一族こそ、美しい銀の髪と深蒼色の瞳が主な特徴とされる――古人種。

 つまり、超越存在である『魔女王』のなりそこないの一族である。


 そんな古人種の中でも『魔女王』の血をより濃く受け継いでいるとされるセリネの二つ名は『宵闇の魔女』


 もちろん同じ「魔女」でも魔法使いの頂点とされる『魔女王』には遠く及ぶべくもない。

 だが、それでも現世においてこと魔法に関してセリネに比肩する者が存在していないこともまた事実である。


 ゆえに心無い者はセリネのことを『魔女王のなりそこない』などと陰で揶揄することもある。


 だが、セリネにとってそんな他人の評価などはどうでもいいことである。


 問題は、今この場で圧倒的な数の暴力の前にカタリナ姫と仲間を守れるだけの力が、果たして自分にあるのかないのかということだけだった。

 

 しかし、そんなセリネの願いも空しく、仲間たちが次々と地に倒れ伏していく。

 

 普段は人当たりがいいくせに、酒を飲むととたんにしつこく説教をはじめる若い剣士が。


 見た目は筋肉隆々でスキンヘッドの強面。しかし外面とは裏腹に内面は極めて穏やかで、常に周囲に対して細やかな気遣いを欠かさぬ斧使いが。


 常に小ずるく立ち回っているように見えて、その実仲間たちのフォローに奔走している短刀使いが。


 そして、同じ女性として様々な悩みを聞いて相談に乗ってくれた回復士の女性が……。

 

 彼らの生死は分からない。確認している余裕もない。そして助けに行ってやることすら出来ない。


 作戦決行前から覚悟をして望んだことではあるし、次は我が身のことかもしれないので同情している余力など今の自分にはあるはずもないのだが、それでも悲しいものは悲しい。


 「いいかにゃ、セリネ。何があっても絶対に振り向いちゃいけないにゃ。立ち止まっちゃいけないにゃ」


 不意に背中からノワールの声がかかる。


 「えっ? それはどういう……」


 思わず振り向いてしまったセリネの視界に飛び込んだのは、背中から剣で身体を貫かれて全身血まみれになった自分の相棒の姿だった。


 「ノワール!」


 「駄目にゃ! 来るにゃ!」


 「でもっ!」


 「この傷じゃどの道もう長くないのにゃ。いいからいくにゃ!」


 そう叫んだノワールは、セリネの方に顔を向けると優しく微笑んだ。


 「セリネは……どんなことがあっても生き残るにゃん」


 最後の力を振り絞って敵を一人しとめた彼女のその首元に、別の兵が振りかぶった剣が一気に振り下ろされていく。


 セリネは何とかそれを阻止しようとする。

 しかし、今から魔法を発動したのでは到底間に合わない。


 「ノワールっ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!」

 

 パアッと赤い花が咲いたような鮮血がセリネの視界一杯に飛び散り、ノワールの首が胴体から切り離された。

 

 ――かのように思われた。


 しかし……。

 

 一瞬前までそこに確かに存在していた頭部を失ってその場に崩れるように地面に倒れこんだのは、なぜかノワールではなくその首を刎ねようとしていた兵士の方であった。

 

 「えっ? どっ……どうして?」


 ノワールの元に駆け寄りながらも、セリネの脳裏に疑問が渦巻く。


 見ると、倒れた兵士はいかなる手段によって殺されたのか、頭部が完全に吹き飛ばされていて跡形も残っていない。

 それは明らかにセリネの知る剣や斧などの武器によるものではなかった。


 かといって近くで魔法が発動されたような形跡もない。


 ただ一つ分かっているのは、この不可思議な現象によってセリネの相棒であり親友でもあるノワールの窮地が救われたということだけだ。


 とはいえ、それはあくまでも致命的な第一撃をやり過ごしたというだけ、自分たちが敵に囲まれて絶体絶命の危機に立たされているこの状況に何ら変わりはない。


 事実、敵の兵士たちも自分たちの仲間が突然不可解な死をとげたことで一瞬足が止まっていたようだったが、すぐに立ち直って自分やノワールをしとめるべく再び襲い掛かってくる。


 だが……。


 どうしてか、こちらに切りかかってくる兵士たちが次から次へと倒れていく。

 それも、ことごとくスイカを叩き潰したみたいに頭部を無残に破裂させてだ。


 兵たちが倒れるのを追いかけるように「ターン!」「ターン!」と戦場に聞きなれない謎の音が響いてくるが、それが何によるものなのかもさっぱり分からない。


 あまりにあり得ないこの光景に、セリネたちを囲っていた兵士たちも恐慌状態に陥って、まるで潮が引いていくかのごとくセリネたちを中心とした戦場に空白地帯が出来上がっていった。


 「いっ、一体……何が起こっているの?」


 とりあえず去った命の危機に安堵しつつ、セリネはノワールに治癒魔法を施していく。

 予想はしていたが、傷はかなり深い。


 攻撃魔法に特化したセリネの治癒魔法ではノワールの命を繋ぐので精一杯だった。


 すぐにでも専門の治癒術士に見てもらわないといけない状態なのだが、現状ではそれを望むべくもない。


 「もう、私のことはいいにゃ。セリネは……姫様のところに行って、目的を……果たすにゃん」


 「でも、私は、あなたを……見捨てられない」


 同じ世間から迫害される立場の者同士、時に親友のように、時に姉妹のように互いに支えあってきたこの黒猫の獣人をどうしてここで見捨てることができよう。

 そんなセリネをいさめるように、ノワールは力を振り絞ってペチリとセリネの頬を叩いた。


 叩かれたはずなのに、全く痛みを感じない。

 それほどまでに彼女の力は弱まっているのだ。


 「聞き分けの、ないことを……言うものじゃ、ないにゃ。セリネには、姫様を助けるという……目的がある……にゃ」


 ぜえぜえと息を切らしながらも、彼女は必死で訴えかけてくる。


 「でもっ、でもっ……」


 彼女の主張正しいと頭では理解していても、感情がそれを認めることを許さない。

  

 そんな押し問答をしていると、不意に戦場にバタバタバタバタと虫が羽ばたくのを大きくしたような不思議な音が響き渡りはじめる。


 「なっ、なに? 何の音?」


 セリネは視界を巡らせながら懸命に音の原因を探りだそうとする。


 ――そして、ほどなくして、セリネの目は遠くの空に今まで見たこともないような奇妙な物体が浮かんでいるのを見つけた。

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