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プロローグ

「もしお前が俺の国の国民に今後一切手を出さないと誓えるのならば、この場は殺さずに見逃してやるが……。さて、どうするね?」


 突然自分の寝床にやってきたかと思うと、不遜にも青年はそう言い放った。

 この世界に生きる最強の存在である『神竜』

 ――そして、その中でも並ぶ者のない強大な体躯と力を誇る『黄金竜』と呼ばれる自分に対してである。


 たかがちっぽけな人間のほざく戯言――。

 いつもの自分ならばそう鼻で笑い飛ばしていたに違いない。

 

 あるいは、男がセリフを言い終わるや否や、怒りに任せてその五体を引き裂いていただろうか。


 だが、現実にはそうならなかった。

 いや、出来なかったという方がより正確だろうか。


 『なぜ貴様がここにいる? こちらはお前のいるべき世界ではない筈だ!』


 まず最初に出てきたのは、この場にいるはずがない者が目の前にいるということに対する疑問と驚きだった。

 一瞬他人の空似かとも考えたが、そもそも最強の神竜たる自分を前にして平然とどころかふてぶてしい態度を崩さないような胆力を備えた人間など他にそうそういるはずがない。


 ましてそれがこちらの世界の人間には滅多に見られない黒目黒髪、右目に眼帯をした隻眼で、しかも種族の異なる自分ですら思わず見惚れてしまいそうになる程にずば抜けた美貌の持ち主であるともなれば尚更だ。

 

 なにしろこの男に会ったのは数百年も前の話。

 目の前の青年が自分が知っているあの男の子孫もしくはその血縁者という可能性もないわけではないのだが、いくら血の繋がりがあったとてその身体から発せられている桁違いの、もはやヒト種どころか神竜種である自分の目から見ても異常としか言いようのないあの圧倒的な魔力量をそのまま継承しているとは思えない。


 なにより数百年の年を経ようとも忘れるはずがないその独特な威圧感と、それに相反する静寂さを漂わせる魔力紋。

 どれほど時が経ようが、こんな男が自分の前に二度も現れようなどとは到底考えられなかった。


 「ここが俺のいるべき世界じゃないだって?」


 自分の問いを聞くや否や、青年はそれを小馬鹿にするように鼻で笑い飛ばした。


 「それをよりによって俺たちの世界でさんざん好き放題に暴れまわってくれたお前が言うのか?」


 『ぐぬっ……』


 彼の主張が正鵠を射ているばかりに返す言葉もない。


 人間風情に言い負かされたことに強い不快感を催すが、怒りに任せて短絡的に襲い掛かることだけはなんとかとどまる。


 冷静に考えてみれば、不倶戴天の敵ともいえるこの男が目の前に現れたということは、自分にとって唯一の汚点である「あの過去」を清算するのに絶好の機会でもあるということ。


 無敗を誇る自分がただ一人過去に引き分けた相手。


 それだけならばまだいい。それだけならば……。


 だが……。

 黄金竜はその名の通り全ての神竜、いや、この世に存在する全ての竜族の中でただ一匹己しか存在しない金色こんじきに輝く己の体を見下ろした。


 鋼を以ってすらかすり傷一つつけることが叶わない堅固たる鱗に覆われた、強大無比で神々しいまでに美しい体躯。

 しかし、完璧であるはずのその美しさには、唯一つ覆い隠すことのできない大きな欠点が存在する。


 本来であれば己が背から長く伸びている筈の長く雄雄しい尻尾――。

 それが無残にもその半ばでスッパリと切断されてしまっているのだ。


 もちろんこれは生まれつきのものではない。


 かつて目の前にいるこの男と繰り広げた壮絶な戦い、その末に切り落とされてしまったものだった。


 もっとも、こちらとてただやられているだけではない。

 青年の方とて無事とは言えるような状態ではなく、全身血まみれで満身創痍の状態だった。

 しかし、大事な肉体の一部を失った自分にとってそれは何の慰めにもなりはしない。

 ただ自慢の黄金の尻尾を切り落され永遠に失ったという、決して消えぬ事実と屈辱の記憶……それが残っているのみである。


 「もう一度聞くぞ。もしお前が俺の国の国民に今後一切手を出さないと誓えるのならば、殺さずに見逃してやる。さあ、どうする?」


 『ふっ……人間ごときが我に上から何を言うか! かつて貴様とまみえたあの時とてあのまま戦闘を続けてさえいればお前は無残な躯を晒していた筈なのだ』


 「それまで威勢が良かったというのに、いざ尻尾を切られた途端、とっとと背を向けて逃げ出した奴が何を言うかね」


 『ふん。もしそのまま戦闘を続けていたとしても我が勝利していたであろうことは疑いようがない。だが一方でこちらの被害も決して少なくはないと判断したのでな』


 「戦えばどちらも無事では済まないと思っているのならなおさらだ。俺の国の国民に手を出さないと誓いさえすれば俺はこのままここを立ち去る。そしてそのまま互いに不干渉を貫けばいい。――永遠にな。それで何の問題もないだろう?」


 『我にこれ以上人間に手を出すなというのか? ふざけるな!』


 心の底から湧き上がる抑えようのない怒りに、思わず激昂して怒鳴りつける。


 『我が人間と共存することなどありえぬ。たとえこの身が粉々に滅せようともな!』


 そう、自分がヒトと和解することなど絶対にない。あるはずがない。

 自分のヒト種に対するこの怒りが晴れることなど、この世界から全ての人間が消え去った時以外絶対にあり得ない。


 目の前の青年だけならば――ヒト種といえどこちらと何の関係もない別の世界からの来訪者である彼らだけならば――かろうじてまだ我慢することも出来よう。


 しかし、元々こちらの世界に住まうヒト種も含めた全てのヒトに手を出すなと言うことであれば、それは一考の価値すらない。


 自分たちがこの世界の主だと大きな勘違いしているあの傲慢極まりない矮小な存在。その全てを自分のこの炎で焼き尽くすまで、決して自分の破壊は終わらない。

 自分の感じたあの無念を全ての人間に味あわせるまでは、この先幾百幾千年経とうが決してこの怒りが色褪せることなどあり得ない。


 その結果例えこの翼がもげようが、腕を断ち切られようが、最悪この命を燃やし尽くしたとしても構わない。

 それが遠い昔、猛り狂う激しい怒りとともに心に焼き付けられた決して変わらぬ誓いなのだから。


 「もう一度だけ確認させてもらう。お前が執拗にヒト種を襲い始めたのは数千年も前からだと聞く。ヒトに何か恨みがあるのだとしてもその原因はもはや生きてはいまい。今お前に襲われている人々は単なる八つ当たりの被害者に過ぎないんだ。そろそろ振り上げた拳を降ろしてもいいんじゃないのか?」


 『くどい! いかなることがあろうと我がヒトとの交渉に応じることはない!』


 決定的な交渉の決裂。


 「……そうか、ならば仕方がないな」


 残念そうに一言そう呟くと、青年の発する雰囲気が一変した。


 かつて対峙した時、彼から発せられた圧力は竜族の王たる自分をして抗するのに窮するほど強大なものだった。

 肉体的頑強さと生命力は自分の方が圧倒的に上だったが、相手の方は敏捷性と魔力により勝っていた。


 しかし、今この青年が身に纏っている魔力は、明らかに前回戦った時よりも強くなっている。


 それも、桁違いにだ。


 『くっ……貴様、本当に人の子か?』


 思わず口からそんな疑念が突いて出るが、何も以前に比べて強くなっているのは敵だけではない。


 ズズズズ……と地響きを響かせながら巨体を持ち上げ戦闘体制に入る。


 『我に刃を向けたことを死んでから存分にあの世で後悔するがいい』


 もはや両者ともにこれ以上語り合う言葉は持たなかった。

 そして互いに死力を尽くし、観客のいないこの地で死闘を繰り広げる。


 此度の戦いに引き分けという決着はない。


 戦いが終了したその時には自分か目の前のこの青年、どちらかが必ず血の海に沈んでその命を散らせることになる。

 これはそういう戦いだ。


 この世界が開闢して以来最も激しい戦闘を繰り広げたこの一戦。


 いつ果てることなく続くと思われたこの戦いにもやがて明確な勝敗という結果が訪れることになる。



 ◆◆◆



 ――そしてこの日、この世で最も強いとされる神竜族。そしてその中でも最強の個体とされる竜の王『黄金竜アリアレイン』が、異世界からやってきたたった一人の天才剣士によって人知れず討ち滅ぼされた。


 だが、運命の皮肉というべきか、人類にとって『生ける災厄』とまで言われ畏れられたこの黄金竜を討ったこの青年と彼が異世界から連れてきた仲間たちもまた、『ヒト種の敵』として多くの人々や国家から忌まれ、白眼視されつつ、亜人たちを率いてこの異世界において戦い抜いていくことになる。


 そんな彼とその仲間たちのことを人々はこのように呼んだ。


 ――『魔王と11人の悪魔たち』……と。


2019.5.26

神竜の名前をガルドレイズからアリアレインへと、同時に性別も雄から雌へと変更いたしました。

この変更による現時点で掲載している本編への影響は全くありません。

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