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9.メルセデス編〔Ⅳ〕

 翌日、ホテルの一室ではジェジェジェとリタが大喧嘩となっていた。

 メルセデスに色目を使い続けるジェジェジェにリタが遂に切れたのだ。


「実家に帰らせて頂きます」

「まだ、結婚してね-だろうが! いや、そうじゃなくてだな」

「何?」

「いや、つまり悪かったというか」

「悪いに決まってるでしょ!!」


 凄まじい怒鳴り声にメルセデスと執事役が「何事か?」と、部屋に駆けつけたがリタは彼女達と入れ替わるように出て行ってしまった。


「ああ~……」

 項垂れるジェジェジェであるが、何故に自分が落ち込まなくてはならないのだ、と心の中で問いつつもリタに愛想を尽かされたのは辛く感じる。


 そんなジェジェジェに、メルセデスが声を掛けてくる。

「何があったかは知りませんが、急がないとお父様が危険ですよ!」


 確かにメルセデスの言う通りであった。

 昨日の調査では、結局薬が何処にあるのかどころか、完成しているのかすら掴めなかった。

 しかし、科学者達の会話の中で聞き逃せない一言があったのだ。


 それは『ジェンスン卿の持つ情報を得る必要が在る』という一言である。

 意味はまるで掴めなかったが、ジェジェジェの父親であるジェームス・ジェンスンの持つ情報が必要であるため、彼等は西海岸に近いジェンスン伯爵領に向かう。

 それだけは確かに耳にしたのだ。

 

 急ぎ、故郷に帰らなくてはならないジェジェジェであった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 車上でジェジェジェは喚きまくっている。

「確かに出来る限り速い車を用意しろとは言った。

 けどよ、こりゃいくら何でも酷すぎるだろ!」

 風切り音で自分の声すら聞こえているのかどうか怪しい状況である。

「『メルセデスが用意した車、それは車と呼ぶにはあまりにも大きく分厚かった。

 それはまさに鉄塊であった』って、モノローグかましてる場合か!

 大体、今何キロ出てんだよ~!」


 奇跡的に声が届いたのかメルセデスが振り返る。

「え~っと、今二百五十キロですね」

「軽く言うなっ!」


 メルセデスが用意した車。

 それはイタリア製のフィアットS70


挿絵(By みてみん)


 排気量二八,三三八cc 最大出力二九〇馬力 最高速度は時速二九〇キロという化け物である。

 それがイングランド郊外を西に向けてすっ飛んで行くのだ。

 しかもジェジェジェはまともに席に付いてすらいない。

 座席が二席しかないことと運転できるのが執事役だけと云う事で、やむなくジェジェジェは後部にしがみついているのだが、もうかれこれ三時間はこの状態であり、流石に腕が痺れてきた。


「止めろつーの!」


 叫ぶと同時に車は止まった。


 そう、時速二五〇キロから〇キロまで三秒ほどで。

 慣性の法則に従ったジェジェジェは車の上を飛び越えて、遙か前方へと飛んでいく。


「う~む、流石はニュートン。運動の第一法則に間違いは無い!」

 空中で腕を組みながら納得する。

「となると、次いでは万有引力の法則が働く訳だな。

 いやこの場合は放物線運動だから、y=ax²+bx+cでいいのか?」

 などと考えているうちにジェジェジェの頭は地面にめり込んだ。


「ご無事ですか?」

 追いついたメルセデスが問い掛けてくる。

「そう見えますか?」

 頭を地面から引っこ抜いて嫌味たっぷりに返事を返すが、彼女は『ええ、とても!』と素直に答えるばかりであり、意味がないことを悟る。


 諦めてふと周りを見渡すと、すでに領地に入っているようだ。


 やはり故郷は良い、と思うジェジェジェである。

 此処には産業革命によって無駄に発した煤煙も無ければ、まずい飯もない。

 イギリス料理だって地方に来れば幾らでも美味い物は有る。

 バップス&バンズやキドニー・プディングなどは、どの家でも「お袋の味」として生きている。

 ロンドンの飯が不味(まず)過ぎるだけなのだ。

 さて、故郷である。


挿絵(By みてみん)


 コーンウォール半島の付け根から北、サマセット州の更に北部にジェンスン伯爵領は位置する。

 南下すれば『ティタンジェル城跡』が海岸線に残り、東に少し行けば都市グラストンベリィなどアーサー王伝説がつまびらかに語り継がれる土地柄だ。


 ジェジェジェの領地にもそれはある。

 何処にどの様な形で、とはっきり言う訳にはいかないが、まあ、有るには有るのである。


 三人は領地の入り口の街から馬車に乗り換えた。 

 流石に当主の息子が車の後にしがみついた姿で御帰還とはいかないのだ。

 メルセデスは貴族専用高級馬車(セダン)のレトロな雰囲気も気に入ったようだ。

「素敵ですわね。円卓の騎士の末裔だなんて!」

 そういって、“ほ~”と息をついては遠くを見渡す。

 この辺りの光景はロンドンとは違い、古い中世のイギリスを色濃く残していることも懐古趣味に輪を掛ける原因になるのだろう。


 執事役もただ素直に頷くだけである。

 

 城が近付いてきた。

 と、その時、城門前にあの科学者達が見える。

 ふたりの科学者は何やら揉めていたが、向かってくるジェジェジェ達の馬車を見つけた若い助手が何かの瓶を口に煽ると、その姿は一瞬にして消えた。


「やられた!」

 ジェジェジェは叫ぶ。

 まさか姿まで見えなくする薬だったとは!

 あの科学者達は、城の中をこれから自由自在に調べ廻るつもりだろう。

 ジェジェジェの父親も軍人である以上、屋敷にはそれなりの軍事機密が隠されているはずだ。


 もう一人だけでも捕まえなくては!

 ジェジェジェがそう思った瞬間、銃声が鳴り響く。


 執事役の男が馬車から身を乗り出すと、城壁前に残る科学者に向けて発砲したのだ。




「バップス&バンズ」はスライスして焼いた牛肉をパンで包んだ料理です。


それからフィアットS70が290kmを出したのはアメリカのボンネビルでの話です。

但し、公認記録にはなりませんでした。

同じコースを往復しなくてはいけないので、片道しか走りきらなかったのではないかと思います。(多分ですが)

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