5.とりあえず復活!
ここからようやく新作ですね。
ジェジェジェが目を醒ました時、最初に飛び込んできたのは此の世のものとは思えぬ光景であった。
病院のベッドは個室を与えられていたらしい。
下手なホテルよりずっと良い部屋である。
まあ、流石に伯爵家の嫡男を介護するに当たって他の患者と相部屋という訳には行かなかったのであろう。
イギリスは純然たる階級社会である。
それは此処、北アフリカでもイギリス勢力圏内なら同じなのだ。
問題は彼を介護していた存在である。
六十年程前の黒海及びその沿岸を舞台とした『クリミア戦争』から現れた『看護婦』という存在は、「白衣の天使」、「ランプの貴婦人」と呼ばれている。
ジェジェジェが生まれた頃には、立派な女性の職業として定着しており、フローレンス・ナイチンゲールは女性の社会進出に先鞭を付けたことになる訳だ。
彼女は従軍を行う事で女性参政権を得ることをも狙いとしており、単なるボランティアではない以上、実際の清潔以上に『清潔感』にも充分に気を使っていた。
だが、目の前の“これ”は、どの角度から見ても『白衣』にも『貴婦人』にも見えない。
スーパーロングツインテールの髪型の上に、その色が『緑』と云うだけでも凄いのだが、服装がこれまた奇抜である。
上着は肩口で一旦袖を完全に切られているが、その袖の根本は砂漠の民とは思えぬリタの純白の二の腕に金の装飾材で留められている。
半分ほど露わになったその上腕には『01』の文字が描かれていた。
広がった袖口の色鮮やかな装飾と合わせて、何らかの意味があるのだろうか?
男装の如くネクタイを首から下げているが、反面、彼女の黒ストッキングはまるで娼婦と見紛う程の妖絶さだ。
何故なら、スカートと呼ぶにはあまりにも短い黒い布きれが局部と臀部をギリギリに隠しているだけであり、ストッキングはその布きれのギリギリまで引き上げられていた。
ガーターベルトは見当たらないが、どの様にしてそれを留めているのだろうか?
コンゴ当たりで取れる上質のゴムが使われているのであろうか、等と情報士官の性がついつい出てしまう。
だがまあ、其処までは良いだろう。
男にとっては目の保養と言えないこともないからだ。
だが、何故この女は『長ネギ』を振り回しているのだ。
挙げ句、初めて聞くメロディで妙な歌を歌っている。
「砂漠の限界を超えて、私は来たんだよ~」
「リッタ、リ~タにしてやんよ~!」
歌詞の内容から“これ”がリタだと云うことは分かった。
どうやったのか瞳の色まで変えてある為、歌詞がなければ目の前の人物が誰だかは、絶対に分からなかったであろう。
それはともかくとして、やはり謎は謎だ。
その格好は何なんだ? あとネギは何のために?
そうだ! 疑問と言えば、何か他にも大事なことがあった気がする。
多くのことを知り、貴重な体験をした気がするのだが、どうにも思い出せないのだ。
いや、夢の中での話だろうが、思い出したくも無い辛い目にも遭った気もする。
それが記憶に蓋をしているのであろう。
文字通り『悪い夢』を見ていた気分だ。
と、リタがジェジェジェの視線に気付いた。
「おっ、目が醒めた!」
「お前こそ目を醒ませ!」
のん気なリタに思わず突っ込むジェジェジェである。
「いや~、一時は死んだと思って、墓碑銘まで考えてたんだけどねぇ」
「いきなり、ご挨拶だな。なんて刻もうと思ってたんだよ?」
「ラクダを愛した男、ここに眠る!」
そう言ってリタはゲラゲラと笑う。
くっそ~、あの時賭けに負けていなければ!
悔しいが、一応人前ではこのネタを出さない程度にはわきまえてくれるので、二人きりの時ぐらいは我慢しようと思う。
「ところで、何だよ。その格好?」
「あ、これ?」
「そう」
「師匠に習ったのよ。ニポンのアーチスト。元気になるおまじないなんだって!」
「お前の師匠、未来に生きてんなぁ!」
二人は気付いていないが、本当に未来である。
「まあ、いいや。それより喉が渇いた。水が欲しいな」
ジェジェジェはそう言ってベッドサイドのトレイから水差しを取ろうと腕を伸ばして、
瞬間、脇腹に凄まじい激痛が走る。
左側に身体を傾け、うずくまるジェジェジェにリタが心配そうに声を掛けてきた。
「まだ無理しちゃ駄目よ! 脇腹に二発も喰らってたんだから!」
「痛てぇ~、なるほどね……」
「意識を取り戻しただけで奇蹟みたいなものなのよ……」
心配気にジェジェジェの顔色を覗き込んできたリタの顔。
それを見返すと、目の下にクマができているのが分かる。
寝ずに看病していてくれたんだろう。
一見は馬鹿な格好だが、彼女なりに最後は藁にも縋る思いで、呪いに頼ったのかと思うと、ジェジェジェは今のリタの格好をこれ以上どうのこうのと言う気にはなれなかった。
『吸い飲み』と呼ばれる病人用の水差しでリタに水を飲ませてもらうと、本当に入院している事が実感されてくる。
喉を潤して、フーッと一息つくとジェジェジェは先の脇腹とは別の場所に違和感を覚えた。
「ん~なんか、妙だ!」
「なに?」
リタが尋ねてくるが、ジェジェジェとしてはそう簡単に答えたい場所ではない。
「いや、何でもない。 後で看護婦にでも訊くよ」
「いや、看護婦、あたしだから」
「はあ?」
「だって、看護婦って別に医者じゃないんだし、婚約者なんだから当然でしょ!」
一九〇〇年代初頭イギリスの看護婦制度は申告許可制であり、国家免許は特に必要としない。
手近な医者に認めさせれば、誰でも看護婦である。
そしてこれは二〇一四年でも、あまり大きな違いは無い。
流石に医者が許可を出してしまえばそれでOKとはいかないが、登録に手間が掛かるだけで本質的には変わらない。
(因みに日本は一九四八年から国家資格)
そんな訳で、痛む所を教えろと迫るリタだが、ジェジェジェは返事を渋る。
「う~ん、言い辛いんだよね……」
「あら、いずれ妻になる女に隠し事ですか? 家族の健康管理は妻の役目ですのよ!」
「お前、意外としっかりしてるのな……」
結局諦めて白状する。
どうも、リタには隠し事がし難い。 とは云え、痛む場所は口にしやすい場所とも言えない。
ついつい口ごもってしまう。
「……がな、……だよ」
「は?」
「いや、だからな。……が、ひりひりすると言うか、違和感があるというか、」
「だから、どこよ! はっきり言いなさいよ!」
リタが切れると同時にジェジェジェも自棄糞になった。
「ケツの穴が痛ぇーんだよ! ちきしょーめ!」
その叫びを聞いた途端、リタが真っ赤になって慌てふためいた。
「いや、あのね。悪気はなかったのよ!」
「まあ、仕方ないさ、はっきり訊きたくなるよな……」
「……、え~っと、そう言う意味じゃなくて……」
「?」
今度はジェジェジェが不審の目をリタに向ける事になる。
リタは、ハッとした様になって、それからボソボソと弁解を始めた。
「いや、その、かなり喰らったからねぇ、そこも……」
リタの台詞には驚くしかない。
「そんなに! 何発、喰らったんだ!?」
思わず問い掛けると、リタは無言で右手の指を全部開く。
「五発!」
良く生きていたものだと、ジェジェジェは自分でもビックリである。
だが、驚きはそこでは収まらなかった。
リタは首を横に振ると、開いた右手の平に左手の指を一本加える。
自分の尻を見るのが、いや次にトイレに向かうのが恐ろしいジェジェジェであった。
次回から舞台はヨーロッパへと向かいます。
追記
現在のイギリス看護士制度は国家資格ではありませんが、毎年の更新ですので、ある意味日本以上にハイレベルな能力が要求される場合があります。
決していい加減に採用している訳ではありませんので、その点だけ書き添えたいと思います。




