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2.謎の老人

続きだよ。

 二十世紀の初め、ラクダに乗って砂漠を行く一人のイギリス人が居た。


 ジェフリー・ジェラルドフィッツ・ジェンスン情報少尉

 親しい人は彼を『ジェジェジェ』と呼ぶ。


 いや、ラクダの上にもうひとつ人影がある。

 少しカメラをズームしてみる。


 ジェジェジェの後で青いヴェールを身に纏い完全に陽を避けている。

 挙げ句、身を屈めるようにしてジェジェジェ自体の影まで使っているのだから、そのUV対策はばっちりである。


 砂漠を行くイギリス人にありがちな格好、所謂サファリルックのジェジェジェが 彼に背を向ける形で後ろ向きにラクダに乗る女に呼びかけた。

「なあ、リタ」

「何よ、変態」

「俺は変態じゃない!」

「ラクダとやろうって奴が変態じゃ無い訳が無いでしょ!」


 現在ジェジェジェの顔はボコボコに腫れ上がっている。

 砂漠で助けた女性、リタにマウントを取られて気絶するまで打ち()えられたのだ。

 何でも、リタは『マエダ・ミツヨ』という日本人武術家の直弟子らしい。

 彼は今、ブラジルに向かったのだとか。

 リタも修行を続けたく彼を追ったのだが砂嵐に巻き込まれてしまい、行き倒れた結果、今に至っている。


『前田光世』

 講道館の柔道に飽きたらず、「柔術=世界最強」を証明するため世界を放浪し、後にコンデ・コマ(コマ伯爵)と呼ばれ、ブラジリアン柔術の源流を作った男である。

 彼は百戦無敗と言われ、事実、彼自身も、

「私はどんな『男』にも負けた事はない」と言ったとか言わなかったとか。


 そんな訳で、メチャクチャな強さのリタに逆らえず、日よけのヴェール(まで)も取り上げられた為、ジェジェジェの傷は更に酷くなった。

「なあ、殴られたとこが痛むんだよ。ヴェールは二枚も要らないだろ。 

 一枚は返してくれよ」


 その言葉をリタは鼻で笑う。

「あんたね、“青の民”を詐称(さしょう)してるだけでも此処(ここ)じゃあ、死罪よ。

 その上に獣姦とくりゃ、まともに殺してもらえるかどうかも怪しいわね」

「ちょっと錯乱(さくらん)してただけなのに……」


 俯いていたジェジェジェはやっと気を取り直す。

「それに“青の民”は俺たちと同じコーカソイドだろ! 別段詐称(さしょう)って程でもないぞ」

「じゃあ、“青の民”の掟に従って女性には服従しなさい」

 やはりリタは強い。


 北アフリカには「青の民」と呼ばれる人々がいる。

 アフリカには珍しいコーカソイド系であり、アフリカで唯一文字を持つ一族でもある。

 また、特色として男性が肌を隠し社会的に女性が優位である。

 砂漠の精霊“ジン”と、もうひとつ、名前を迂闊(うかつ)に使うとヤバイ宗教を信じている。


 どうヤバイかを書けないぐらいヤバイ宗教なので、このお話からは収去(しゅうきょ)する。

(収去=取り去ることです)


「で、次の街は?」

 リタが目的地を聞いてきた。

「“キャメル~ん”だ。今日中に着かないとまずいんだ」

「なんか、むかつく発音の街ね」


 あれから丸一日、ジェジェジェはリタにKOされて旅どころではなかった。

 遅れを取り戻すため急いではいるのだが、あまりの暑さのために一キロも先となると陽炎(かげろう)となって全く見えない。


 ふと小さなオアシスが見えた。

「少し休んでいきましょう」

「いや、しかしなぁ……、そうだな」

 結局ジェジェジェが折れた。水が欲しかった事もあるし、何か情報が得られる可能性も高い。

 ついでに後方から頸動脈に当たるナイフも無くなって欲しい。


 オアシスには、水売りの老人とラクダが数頭いた。

 ラクダは水辺に集まって、そこを縄張りとしているため、老人以外は水をくむ事が出来ないようだ。


 なるほど、こうして水を独占して商売をしているのか、とジェジェジェは感心する。


「だが、我が大英帝国がこの地を治めたなら、この老人は死刑だな」

「気にくわないわね。死ねばいいのに!」

 不思議にリタと意見が合った。


 水を買い、老人に尋ねる。

「キャメル~ん、まで後どれくらいかな?」

「差程遠くはない」

 何故か、老人の答え方は重々しい。 

 たかが水売りなのにずいぶんと威厳がある。


「気味悪いわね。何か悪いジンに取り付かれているみたいな爺さんだわ」

 リタは不快感丸出しで木陰に入ると休んでしまった。

 ジェジェジェは、そうはいかないので情報を求める。

「方向は分かるかな」

 そう訊くと、老人は一頭のラクダを指し示す。その方向に街がある、と云う事らしい。


 方角があっているか、確かめる事にした。

 地図を出して、コンパスを……。


 と、コンパスが見つからない。

 どうやらリタに殴られた時に吹き飛んでしまった様だ。

 代わりに時計で方角を確認する事にした。


 時計の短針を太陽の方向に向けると、長針との間がだいたい南である。

 ポケットから懐中時計を出してみる。

 止まっていた。

 リタに殴られるわ、ヴェールを奪われるわで、時計のネジを巻くのをすっかり忘れていたのだ。

「ああ! これじゃあ、時間が分からないぞ!」


 ジェジェジェが思わず叫ぶと、老人は先程指さしたラクダの方まで歩いていく。


 何が起きるかと見ていると、老人はラクダの逸物(いちもつ)をむんずとばかりに握り、ぐいっと持ち上げ暫く黙っていた。

 が、逸物から手を離しジェジェジェの方に向き直ると、やはり(おごそ)かな口調で、

「十二時五分前」

 と告げる。


 まさか! と思ったが、木陰にいたリタが、

「げっ、合ってる!」

 と声をあげる。 

 青の民は金の産出地を多く持っている為、皆、金持ちだ。

 リタもペンダント型の懐中時計を持っていたらしく、それを覗いて驚いているのだ。


「ホントかよ!」

「本当よ! ほら!」

 リタの下まで走り時計を見ると、十二時三分前を指している。

 確かに老人の言葉に嘘はない。


「う~ん、凄いな。あの老人、どうやらラクダの体温か何かの変化から時刻を知るようだ」

 ジェジェジェが素直に感心すると、

「あんた、アホ?」

 リタが呆れた顔をする。


「アホとは何だ! アホとは! 仮にも貴族に向かって!」

「英国貴族はラクダが好きなのね~」

「それは、終わった話だろ!」

「あんた、英国人にこの事が知れたら、本国に帰っても死刑よ!」

 ソドミー法が解除されるのは一九六一年である。

 ジェジェジェは少なくとも後五十年は逃げ切らなくてはならない。


「未遂だ、つーの!」

「どうだか?」

「一人で出来てりゃ、あんな事、言わなかったよ!」

 それを聞いてリタは少し考える。

「あたしは、さっきの時間の件は何かトリックがあると思う」

「で?」

「あんたは爺さんの能力だと思ってる」

「まあね」

「賭をしましょう」

「ほう、どんな」


 リタが言うには、ジェジェジェが勝てばリタはラクダの件を二度と持ち出さない。

 但し、負ければ……。


 リタを嫁にして英国に帰らなくてはならなくなった。


「エライ事になった」

 そう思いつつも、死刑よりはマシだ、とばかりにジェジェジェは老人に問う。


「なあ、爺さん。一寸(ちょっと)()きたいんだが?」

「何かね?」

 そう言って老人は手を出してくる。

 訊きたい事があるなら金を払え、と云う事だ。

 結局、水一杯二ペンスの処を二ポンド(四八〇ペンス)も搾り取られた。


 だが、謎は解かなくてはならない。命が掛かっているのだ!

 いるのだ?

『あれ、リタを嫁にするって事は、負けても俺、死ななくて良いじゃん』

 気付いたのは、質問を終えた直後だったので意味がなかった。


「質問は“どうやって時を知っているか”、だったな?」

「ああ」

 命が助かったので、やや投げやりではあるが、どうせなら賭には勝ちたい。

 リタは可愛いが、口でも腕力でも負けっ放しなのだ。

 一度くらいは勝ちたいではないか。


 そう考えながら老人にさっきのオスのラクダの横まで連れて行かれる。

 そこで老人は、目をカッと見開き、先程の様にラクダの逸物を握り話し始めた。

「こうして、こいつを持ち上げるとだな」

「も、持ち上げると……?」

 ジェジェジェの問いに老人は(おごそ)かに、こう答えた。




「向こうに、キャメル~んの時計塔が見える」 




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