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15.婚姻編〔Ⅵ〕

 ジェジェジェはまず、大きく声を張って初老の男性に目を向ける。

「はやい話が、薬は見事に完成した! そう言うことですね、博士?」


 博士と呼ばれた男性は頷くが、特に喋らないためジェジェジェも先を続けた。


「どの様な物質でも通り抜けてしまう薬、『物質透過薬』は見事に完成した。

 そう、当然だが“地面”までをも透過して、ね。

 この男は重力に引かれて地球内部を往復。そうして今、ようやく出発点に帰って来た。

 そう言うことです!」


 一息に言い切ったジェジェジェの言葉に反応して、メルセデスが声を上げた。

「ああ~っ! だから服が!」 


「なんだ、あんた知らずに服を回収してたのか?」


「だって、ジョンに頼まれただけだったんですよぉ」

 半泣きのメルセデスが言うジョンとは、あの執事役の本名のようだ。

 名前からアメリカ人らしい、と見た。

 英語も見事なドイツ訛りであった事から、本当にドイツ系なのかも知れない。

 或いは本物のドイツ人であり、ヨハンが本当の名前だろうか?


 それは兎も角、彼が馬車から飛び降りるとき、急ぐにも関わらずメルセデスに何やら耳打ちしたことにジェジェジェは気付いていた。

 その時は、大した事にも思えなかったのだが、後々、それが彼等を疑う切っ掛けになったのだ。


 ジェジェジェと執事役は馬車から飛び降りて、もう一人の男、つまり今、目の前に居る博士を追った。

 博士はいきなり銃撃を受け、何者かに命を狙われた以上は当然だが逃げ出す。

 その後を追う二人を尻目に、御者と共に一足先にジェンスン伯の居城に入ったメルセデスは、城門前に脱ぎ捨てられることになった助手の服を回収したのであった。


 御者に確かめると『間違い無い』と云う事で、ジェジェジェが例の『雀卓の間』を案内する間にメルセデスと執事役の部屋をリズに調べさせ、また同時に森に潜んでいた博士も捜させると、無事に保護する事に成功したという訳だ。


 これも、リズが眼鏡の問題を出さなければ思い付かなかっただろう。

 彼女に感謝である。

 つまり物質を透過する以上、何処かに『服』が残るはずだ、だがメルセデスは『拾い上げた服』の話を一切しなかった。


 ジェジェジェはそこから二人を怪しみ始めたのだ。


『雀卓の間』の前で、偶然にもマークスが“身ぐるみ剥がされる”という言葉を連呼した時、ジェジェジェは二人の反応を探った。

 だが、あれだけ騒いだにしては、結局、最後まで『服』について彼等がジェジェジェに何らかの情報を伝える事は無かった。

 仮に“忘れていた”にしても、あそこで必ず思い出すはずではないか!

 なにより、リズの報告では助手の服は執事役の部屋に見事なまでに“隠された状態”であったという。


 これにより、メルセデスと執事役は『フランス側のスパイ』と確定することになった訳である。


「と云う訳だ。まあ、まさかフランスやドイツのスパイではなく“アメリカ”とまでは思わなかったけどね」

 ジェジェジェが残念そうに言うと、マークスも頷く。

「厄介な国が感づいて来ちゃいましたねぇ」


 そうしている内に、若者の足は(ほとん)ど出きった。 となると続いて見えてくる場所は決まっている。

 どうするべきか一同が悩む中、リズが恥ずかし気もなくそれを口にした。

「あ、“パオーン”が見えてきたずら!」

「お、おぅ!」


 思わず口ごもるジェジェジェだったが、カンテラに照らされたパオーンを見たリズは、

「ちっちぇ~」

 とケラケラ笑い出したのだ。


「いや、あれは標準でしょ!」

 マークスが慌てて言い返すが、リズは納得しない。

「だばぁ、か?」


 これには、ジェジェジェも聞き捨てならない。

「そうだぞ! お前、あれなら、どちらかと言えば立派な部類に入る!」


 反論するのは、マークス、ジェジェジェだけではない。

 ジェンスン伯と博士までもが参戦し、男の沽券に掛けて“あれが標準だ”と言い切って譲らなかった。

 四人は、まるで数十年来の戦友の如く団結が固い。

 それでも納得しないリズは、首を傾げるばかりだ。


 最後にはジェジェジェもぶち切れて、怒鳴る。

「大体、お前、比較できるほど他の奴のモノ、そんなに見てんのかよ!」


 だが、その言葉を聞いたリズは腹でも立てた様に声色も高くなり、挙げ句、妙な事を言い返して来た。

「おらの師匠が持っていた『ウキヨエ』って絵で見たずら!

 ウタマ~ロはもっと、も~っと、おっきかったずら!」


 はて、『ウキヨエ』と言えば、この十年でようやく中産階級にも浸透してきた“ジャポニズムの華”ではないか、田舎娘のリズが何故、その様な高尚(こうしょう)な言葉を知っているのだ?

 と、そこまで考えてジェジェジェは“はっ”となる。


 震える手でリズを指さすと、更に声を大にして怒鳴る事となった。

「お、お前! “リタ”か~!!」


 一瞬は肩を竦めたリズだが、頭に手をやってカツラを脱ぐと、そこに見事な黒髪(ブルネット)が現れる。

 それから瞳に指を入れると、どうやったのか、それは琥珀色からこれまた見事なスカイブルーへと。

 同時に、口調も完全に変わった。



「あんた、鈍いのよ……」



    ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 リタが最初に二人を怪しんだのは、化学者達を見張る事になったパリのレストランでの事だ。


 執事役の男がロンドンの食事情にまるで通じておらず、どう考えても演技をする必要のない場面ですら、ジェジェジェの話に熱心に聞き入っていたのだ。

 ドイツ人、フランス人がイギリスの飯の不味さを(ののし)るのは有名な話だ。


 とは云え、実際はどれ程のものかなど、ドーバーを渡ったことのない普通の外国人が知らないのも仕方ない。

 しかし、少なくとも情報部員ともあろう者が“まるで内情を知らない”などという事が有るのだろうか?

 まるでヨーロッパの人間では無いかのようではないか。


 この不信感はどうしても拭えない。


 そこで彼女は一芝居打つことにした。

 ジェジェジェは妙に単純な所がある。

 相談して動いたとしても、メルセデスを疑いきれない可能性は高い。

 よって、ジェジェジェにも内密に情報を集める必要が在った。


 何より、『舐めんな!』という気持ちがあった事も確かだ。

 

 まずはケンカをふっかけてホテルを飛び出すと、当時としては珍しい『飛行機』を使ってイギリスに急いだ。

 これだけで、博士と助手やジェジェジェ達に二日は先行する事になった。


 次いでは、ロンドンに到着次第、陸軍情報部(DMI)に出向くと、エジプトの病院で作った婚約証明書を示して、ジェジェジェの父親であるジェンスン伯と連絡を取る事に成功。

 ここまではイングランド銀行の巨額口座が物を言った。


 その結果分かったことは、やはりジェジェジェに対しては、

『パリで連絡員と接触せよ』との命令は出ていない、ということだったのだ。


 ならば、あの二人は何者か。また、博士と助手とはどの様な存在なのか?

 それを知るには全員を(そろ)えるしかない。

 そう考えて、リタはジェンスン伯と共に居城で四人、いやジェジェジェを含む五人を待ち受けていたのであった。


 博士が本物であり、助手に騙されているとまでは思わなかった為、その点は後れを取ったが、銃声が響いた後は急いで博士の保護を済ませた。

 リズに成り代わってから受けたジェジェジェの指示で、ようやく動き出した、と云う訳では無かったのである。


 唯、ジェジェジェのプライドも考えるならば、『この事件は彼に解決させてやりたい』とジェンスン伯に先に申し出ていたところ、伯爵は快く承諾してくれた。


 反面、リタの気持ちに感じ入った伯爵こそが、息子を試して“メルセデスとの婚姻話”まで持ち出したのだ。

 これでジェジェジェがメルセデスにホイホイ跳び付く様な男なら、五~六年は勘当してやろうとすら考えていたため、息子が即答しなかった事にホッとしていた程である。


 伯爵は、「ともかく、後は(リタ)さんにきちんと詫びるべきだぞ」とジェジェジェに言葉を掛けると、自らメルセデスの尋問に掛かっていく。


 スパイは下手をすれば、その場で死刑である。

 それを避けるため、メルセデスは洗いざらい喋っていくことになった。


 なお助手の青年は、ジェジェジェにはよく分からないが、失敗を予見していた伯爵の手で作り出された『磁気装置』だか『磁場装置』だかで、現在は空中二十センチに頭を置いて逆さまに固定されている。

 薬の効果が切れたら、自然に落ちてくるだろう、との事だ。


 また彼が逆さまになって現れたのは、地球の内部を通るときにパニックを起こして上下が分からなくなった為だろう、とも伯爵は語る。

 博士は薬の実用化を断念。

 危険すぎる、として研究は永久に封印されたのだ。



    ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「では、坊ちゃま、若奥様、お休みなさいませ」

「ご苦労さん、メルセデスも今日は忙しかったろ。ゆっくり休めよ!」

「はい、ありがとうございます」



 結婚式も終り、ジェジェジェはリタと二人、部屋に入った。

 騒がしい一日が過ぎて二人切りになると、逆に何故だか妙に落ち着かない。


 リタを見ると彼女も同じようで、何やらもぞもぞとしている。


「「あの、」」


 声が揃ってしまった。

「リタが先に、」

「いいえ! だ、旦那様がお先に、どうぞ!」


 旦那様、などとは随分照れる言葉だと思う。

 だが、前々から気に掛かっていた事なのだ。 訊かなくてはなるまい。


「あのさ?」

「はい」

「どうして、俺と結婚しようって賭を持ち込んだの?」


 リタは、暫く黙っていたが、ようやく口を開く。

「1度、部族を出ると戻るのが難しいのは確かね。

 でも、それであたしがあなたに(よこしま)な考えを持ったと思う?」

 これは貴族という階級に目を付けたと思っているのか、と言う意味だ。

「まさか!」


 それを聞いてリタはホッとした様に話し始める。

「同じ白人でも、ヨーロッパ人って、どうしても信じられなかったのよね」

「うん、それは分かる。でも、だからこそ知りたいんだ」

「……殺さなかった」

「は?」

「あの砂漠で、殺そうと思えば殺せたのに殺さなかった」

 そう言ってリタは指で銃をかたどる。


「!」

 確かにリタにマウントを取られてボコボコにされた時、またその後もそうだが、ジェジェジェは常に銃を隠し持っていた。

 普通の白人なら、原住民に殴られたとなれば隙を見て撃ち殺すのが自然な行為だ。

 だが、ジェジェジェはそれをしなかった。

 リタはそこに気付いていたのだ。


 あっけに取られながらも、ジェジェジェはようやく言葉を返す。


「そうか、俺を信じてくれたのか」

「うん」

 コクリ、と彼女は頷いた。

 それから、顔を上げてジェジェジェの瞳を見つめる。


「今度は、あたしも聞きたいことがあるの」

 そう言われて何を問われるのだろうか、と身構えていると、リタは驚く事を言ってきた。


「あのね。 どうしてあたしと結婚してくれたの?」

「は?」

「あたしだって馬鹿じゃないわ! あんな口約束で婚約が成立する訳無いじゃない!」


 なるほど、そう言われてジェジェジェも、今更だが不思議になる。

 考えを整理してみた。

 まず、結婚そのものは確かに困難だった。

 彼女は白人かどうかも怪しい存在だ。

 人種差別が激しいこの国で、彼女との結婚はリスクだらけなのだ。


 ジェジェジェは非白人とされる妻を持った事で、ロンドンのクラブに出入りすることもアスコット競馬場のゲートを(くぐ)ることも出来なくなった。

 だが、それさえも、“どうでも良い事だ”と自然に感じている。

 父にも祝福されて、結婚が無事に成立した事だけを喜んでいるのだ。


 とは云え、自分の気持ちがよく分からないと言うのもおかしい。

 本当に、“よくぞ、ここまで思い切ったものだ”と思う。

 そこで確かめる様に声に出してみたが、一瞬言いよどむ。

「多分……」

「多分?」


 見つめるリタに勇気を貰おうと、彼女を引き寄せる。

 それから腕の中の柔らかな存在に向けて、囁く様に答えた。


「多分、一目惚れだったんじゃないかな」





                           おしまい!


ようやく完結致しました。

このお話は本来は短編の冗談話だったものを1つの連作に切り替えたものです。

ですから途中から話の流れが大きく変わってしまいました。

その様な訳でどの様な評価を下されるのか不安もありましたが、それでもこの話を「楽しい」と言って下さった方々からの応援を受けて無事に描き切る事が出来ました。

独立した連作としては初めて完結した作品と言えます。

支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。


また、赤井”CRUX”錠之助様、くろすぐりん様からのレビューに深く感謝します。

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