13.婚姻編〔Ⅳ〕
リズに命令を出した後、ジェジェジェはメルセデスとその執事役を連れて城内を歩き廻らなくてはならなくなった。
リズの動きを邪魔されたくないのだ。
さて、どう案内しようかと悩むジェジェジェに、メルセデスが無邪気に語りかける。
「アーサー王にまつわるお話しがある、とお聞きしていますが?」
途端、ジェジェジェは眉を顰めた。
「あ~、それは誰から聞いたんでしょうね?」
「執事のえ~っと?」
「セバスチャンかよ」
はぁ~と息を吐く。全く、あんな話を人にひけらかしてどうする、と辟易する。
「お顔が酷いですわ」
「フロイライン。それを言うなら、“顔色が酷い”です!」
執事役が突っ込んだ。
「まあ、そうですか!」
おい、お前は今までずっと人にそう言ってきたのか、と気に掛かるが、メルセデスは伝説について知りたいと食い下がる。
もう、こうなれば自棄糞だ。
ベルを鳴らして、執事を呼び出した。
「おい! セバスチャン! 何処だ!」
ジェジェジェの声に執事がすっ飛んできた。
「坊ちゃま。ですから私はマークスです!」
「じゃあ、何でセバスチャンって言われてやってくるんだよ?」
「だって、そうしないと、色々嫌がらせして来るじゃないですか!」
「元は、お前が俺に嘘ばっか吐いてっから悪いんだろうが!」
そう、このマークスはジェジェジェが子供の頃、子供が何も知らないのを良いことにジェジェジェをからかって、嘘ばかりを教えて来たのだ。
これからメルセデス達を案内する、『アーサー王の間』などその最たる物である。
「とにかく、お前、責任取れよ!」
「あそこに入ると、最低二時間は出てこれないんで嫌なんですよねぇ」
マークスはそう言って溜息を吐くがジェジェジェに言わせれば自業自得だ。
メルセデス達が案内されたドアにはプレートが掛かっているが、酷く汚れて読めない部分が有る。
それでも辛うじて、『///卓の間』と読めた。
ふと内部から物音がする。
何かジャラジャラと鎖帷子がぶつかる様な音。
またカシャンと剣を打ち付けたような音も時折聞こえる。
その音に続いては、
「チィッ!」
等と、何やら攻撃に失敗して悪態を吐くかのような声まで確かに聞こえた。
メルセデスも執事役も目を見開き驚きを隠せない。
「も、もしや、此処こそが伝説の『円卓の間』ですの?」
アーサー王が配下の騎士と共に集まった円卓の城は、現在『ティタンジェル城跡』とされているが確証はない。
だが、このドアの向こうには確かに『人ならぬ何者か』の気配が存在するのだ。
青ざめたメルセデスに気付いてか気付かずか、ジェジェジェはごく自然に説明を続ける。
「まあ、キシ専用の卓は確かにあるね」
いや、自然と言うよりも何やらウンザリと云った顔だ。
だがメルセデスに取っては、それだけ聞けば充分ではないか!
「あ、あのこの部屋にいるのはもしかして……」
俄然活気づいたメルセデスに対して、ジェジェジェは相変わらずの平然たる口調で、
「うん、亡霊だね」
と素っ気ない。
挙げ句マークスなど、
「普段は特に害はないですよ。
唯、中に入ると、ちょっと勝負につきあわないといけないんですけどね」
更に“さらり”と、とんでもない事まで言って来る。
「勝負、と言いますと?」
首を傾げるメルセデスにマークスは笑って答える。
「まあ、負けても身ぐるみ剥がされる程度ですよ!」
「亡霊とは云え、名誉ある騎士がそんな事を!」
メルセデスが口元を押さえて怯えるがマークスは意に介しない。
それは誤解だと首を横に振る。
「昔からキシは頭を取って一人前、って言われてるんですよ。
命まで取られりゃしませんけど、身ぐるみぐらいは覚悟して此処には入って貰わないといけないんです」
そこまで黙って聞いていたメルセデスの執事役が、わざとらしく吹き出しながら口を開いた。
「なーんか、怪しいですね。
マークスさんがサー・ジェフリーを引っかけて遊んでた様に、今度は二人して私たちをからかって遊ぼうって腹じゃないんですか?」
それを聞いたジェジェジェとマークスはニヤリと笑う。
「なら、入ってみるかい?」
「そう、そう。別に鍵なんか掛からない部屋ですよ」
二人して煽りだした。
執事役もこれにはちょっとムカッと来たようだ。
「良いでしょう。亡霊の種明かしをして見せますよ」
そう言ってドアノブに手を掛ける。
ガチャリ、と音がした時、ジェジェジェは思い出したように付け加えた。
「でも迂闊にサシに行くと、頭喰われちゃうんで気を付けて下さいね!」
「え?」
執事役が疑問符を浮かべた。だが遅かったようだ。
ドアノブが廻ったことでドアが開くと、内部から数本の屈強な腕が伸びてきて彼を引きずり込む。
バタン、とドアが閉じられる寸前、メルセデスは確かに聴いた。
「うわ、お前ら何だ!」
『クククッ! カモが来やがった……』
『引くも地獄、引かぬも地獄よなぁ』
『金は、命より、重い!』
「ぎゃぁぁぁ~」
そして……、全くの無音になった。
「あ、あの、ホントに大丈夫なんですよ、ね……」
メルセデスは、ガタガタと震えている。
「勝負が始まると、何故か完全に音が漏れなくなるんですよ。気にしないで下さい」
「はぁ……」
放心したメルセデスを次は何処に案内しようかと考えていた時、バケツを持ったリズが廊下を歩いてくる。
「おい、リズ! 掃除はハウスメイドの仕事だろ? 何でお前が?」
「あてがパーラーメイドの方がおかしいっしょ? ちょっくら、お手伝いッス」
“メイド”と一口に言っても様々な職種があり、最下層のクリーニングメイド(洗濯女)から、屋敷内の清掃を行うハウスメイド、料理専門のキッチンメイドなど仕事によってその種類は様々だ。
リズが割り当てられた『パーラーメイド』はメイドの中でも花形であり、他のメイドとは一線を画す。
客の目に触れるだけあって、本来は高身長で美貌の者が選ばれる。
間違っても『ビン底眼鏡』が当てはまることなどは無い。
普通は、だ。
それは兎も角、リズはジェジェジェの側に近付くと、メルセデスからは見えぬように胸元で親指を立てた。
命じられた事は済んだ、という意味であり、その結果もジェジェジェの望ましいもののようだ。
そうして合図が済むと、リズは本当に掃除を始める。
「おい、マジで掃除すんの?」
「いかんですか?」
「いや、まあ、頑張れ!」
ジェジェジェの言葉にリズはにっこりと笑って頷くと雑巾を取り出した。
「お~! こん部屋んプレートば、汚れば酷かッスなぁ」
そう言って執事役が引きずり込まれた『亡霊の間』のネームプレートをゴシゴシと磨き始める。
『///卓の間』と薄汚れていたプレートはあっさり綺麗になり、汚れの下から本来の部屋の名が現れた。
そして、そこには、
『雀卓の間』
との文字。
「はあ!?」
メルセデスが素っ頓狂な声を上げた。
「あ、あの、 こ、これは?」
尋ねるメルセデスに執事のマークスは、肩を竦めた。
「見ての通り“雀卓の間”ですが?」
「“円卓の間”では無く?」
「はい」
「だって、さっきアーサー王ってはっきり仰ったじゃないですか!」
「はい。ですから“麻雀の王”即ち“麻王”の部屋ですな」
しれっとしたマークスの言葉にジェジェジェも頷く。
「同じ麻王でも阿片王じゃないだけ我が家はマシだわなぁ」
これは先のアヘン戦争を皮肉ったもので、この戦争に反対したジェンスン家はこの時に議員を辞職していた。
現在は復帰しているが、先代の怒りは凄まじいものが有ったと云う。
その先代の如くメルセデスも喚く。
「騎士とも仰いましたわ!」
「騎士なんて一度も言ってませんよ。
さっきから棋士ってちゃんと言ってたでしょ!」
因みに『ポーン』とはチェスにおける一般兵を指し、そこから何らかのゲームプレイヤーを示す事もある隠語だ。
チェスに於いては混同となることから絶対に使われる筈もない言葉である上に、騎士とはまるっきり違うのだから、勘違いしたのはメルセデスの勝手という訳である。
「だから、この部屋のことは知られたく無かったんだよなぁ」
唖然とするメルセデスを尻目にジェジェジェがそう言って溜息を吐いて項垂れると、待ち構えていたようにリズが声を掛けて来た。
「坊ちゃまぁ」
「何だ?」
「あんさ、背中が煤けとるずら」
「やかましい!」
リズが謎解きの準備中で話が進みません。
すいません。
だって、このネタ書きたかったんだから、仕方無いでしょ!(逆ギレ)
失礼しました。