1.砂漠の女
『日本ふかし話 弐』からの独立作品です。
二十世紀の初め、ラクダに乗って砂漠を行く一人のイギリス人が居た。
ジェフリー・ジェラルドフィッツ・ジェンスン情報少尉
親しい人は彼を『ジェジェジェ』と呼ぶ。
彼は母国イギリスの為、北アフリカまでスパイ活動に訪れた。
先だっては、ひとつの街で仕事を終えたところだ。
指令書に従い、次いでは隣の街まで大きな移動をすることになった為、この様に砂漠を横断中である。
憎っくきフランスと植民地争奪戦の真っ最中なのだ。
国家のための時間は貴重である。
次の街では更に大きな工作を行わなくてはならない。
国のために彼は命がけだ。
既に三日の間、この広い砂漠で目標物もなくラクダに揺られ、後三日は同じ状態が続く。
コンパスは間違っていない筈であり水も食糧も問題無いのだが、ひとり旅は不安でならない。
人間は生命の危機を感じると『種』を残すために性欲が高まる傾向にある。
彼も数時間前からその様な状態に陥っている。
早い話が『やりたく』て堪らないのだ。
だが、見渡す限りの砂漠に女など居よう筈もないではないか。
悶々とした欲を抱えたまま翌日になるが、彼の衝動は更に高まるばかりだ。
日も高まる中、ふと気付いた事がある。
「あ、このラクダ、メスだわ!」
と云う訳で、早速トライして見るも、後方に廻って腰を押さえた途端にパカ~ンと蹴り飛ばされてしまった。
柔らかい砂に墜ちたは良いが、蹴られた部分が酷く痛む。
痛みのためか、人間として墜ちたことに彼は未だ気づいてはいない。
いや、少し気づいた様だ。
「いや~、やっぱ無茶だったわ。俺もどうかしてたねぇ。
ジェンスン伯爵家の跡取りともあろう者が、ちょ~っと血迷っちゃった。
ははっ、」
と、一度は諦めたのだが、若さは果てしなく悲しい。
暫くして、どうにも耐えられなくなったジェジェジェは再チャレンジである。
若さとは振り向かず、ためらわないこと。
彼の場合は、そのよろしい勇気が光の速さで明後日の方向にダッシュしているのが問題なのだが……。
砂漠に今度も『ギャバーん』と、先程より良い音が響く。
「ははっ、俺、どうかしてたわ……」
そう言っても、また数十分もすると三度、四度、と砂漠に良い音が響き渡る事になる。
痛む肋を押さえてラクダに揺られる、ジェフリー・ジェラルドフィッツ・ジェンスン情報少尉。
愛称は、ジェジェジェ。
貴族である。そう、貴族である。
だが、彼の頭の中は既に『シュターツ(国家)』より『イッパアーツ』で一杯になっている。
ドイツ語と日本語にも堪能な彼の脳内は様々な言語で錯乱寸前、と言うより既に錯乱中である。
と、その時、遠くに何やら見える。
それが何なのかに気付いた時、ジェジェジェは跳び上がって喜んだ。
キャラバンから脱落したのであろうか、現地の若い女が砂漠に倒れているのだ。
これで彼の問題は解決するであろう。女が生きていれば、の話だが。
駆け寄ってみると、かなり体力が落ちているようだが未だわずかに息がある。
水を少し含ませて見ると、確かに呑み込んだ。
女は意識を取り戻し更に水を求めてくる。
ここからが、勝負だ。
貴族たるもの無理な関係は御免である。名誉に関わるのだ。
「此処は砂漠で、私は体の問題で少々難儀している。
君を助けたなら、その問題解決の見返りはあるのだろうな」
流石貴族、目的は兎も角、威厳有る態度で問い質す。
立派である。
立派な『人間のクズ』である。
息も絶え絶えの女は、
「どうせ、このままでは死ぬ身です。助けて頂いたならば何でも致します」
そう言ってきた。
言質を取ったジェジェジェの目に『勝った!』という光が灯った。
人間として、色々と負けているのだが……。
彼は直ぐにテントを組み上げると影を作り、女を介抱する。
流石に砂漠の女は強い。
豊富な水と食糧で翌日には充分に元気になった。
血色も良くなった女は、
「お約束通り、ご希望を叶えましょう」
と言ったので、ジェジェジェは喜んで女をテントから引きずり出すと、
「悪いが、あのラクダの後ろ足、押さえといてくれ!」