恋愛遊戯9
この学校の図書室は、さすが校長が折に触れ自慢するだけはある。蔵書数は下手な公立の図書館よりもあるのではないだろうか。毎月新しい本を仕入れ、更には毎年夏休みに図書委員が本の買い付けに行くのだ。それも数十冊ではない。数百冊だ。当然一日で終わるはずもなく、旅行と言っても良いかもしれない。
もちろん、仕入れたは良いが人気がなかったり、古くなって棚から下ろされた本も多い。それらの本は、文化祭のバザーで古本として売られる。読まれなくなった本にも関わらず、毎年完売するほどの人気バザーだ。売上は新たな本の購入資金となり、良い循環が出来ていた。
私も本が好きだ。一年生のときから図書委員を続けているが、紙とインクの微かな匂い。パラパラとページをめくる密かな音。シャーペンを走らせるリズミカルな音。パソコンの操作音。図書室に満ちる潮騒にも似た穏やかな雰囲気が好きだった。
「木島先輩から聞いたから、交代に来たよ」
貸し出しカウンターの中に入り、座っていた二人に小声で声をかける。一人は元々木島先輩と組んでいた一年生の小杉君。身体がひょろりとしているわりに頭が大きく、私は初めて彼を見たとき『こけし』を思い出した。性格はおっとりとしていて、ミステリーが大好きらしい。小杉君の隣に座って貸し出し業務を担当していたのは、隣のクラスの龍崎君だった。そのせいか、いつもは放課後の図書室利用者は少ないのだけれど、やけに女子の姿が多い。
「龍崎君、ヘルプありがとうね。サッカー部だっけ? もうそっちに行っても大丈夫だよ」
「了解。あのさ、俺、昼休みは未来と会うからシフト増やされると困るんだけど。部活もあるし」
「あ、私が入るから大丈夫」
「ふーん。まぁ、佐々木さんは帰宅部だし、暇そうだもんね。じゃあよろしく」
爽やかに手を上げて、龍崎君はさっさと図書室から出て行った。カウンター近くに座っていた女の子達も、つまらなそうにそそくさと席を立った。
「佐々木先輩、返却終了するんで戻しに行って良いですか?」
「そうだね。ありがとう、頼めるかな?」
「はい」
ほっこりとする笑顔に私の頬も緩む。返却された本を元の棚に戻す作業はなかなか面倒臭い。なまじ蔵書が多い分、時間がかかってしまうのだ。女子だと上の棚に戻すのに脚立が必要なときもある。気遣いの出来る小杉君の方が、龍崎君よりもよっぽどイイ男じゃないだろうか。
龍崎君目当ての利用者が減ったため、貸し出しと返却作業を一人でもこなすことが出来る。そういえば、彼と組んでいる委員からカウンターに入る人数を増やしてほしいと要望があったと、去年、当時の委員長が苦笑していた。
「ギリギリの人数なのよね。昼休み丸々潰れちゃうから、これ以上入ってって言えないわ。委員会の人数増やすには生徒会の議題にかけなきゃいけないし。生徒総会で承認されなきゃいけないし」
先輩が肩を竦めて溜息を吐いた。長い髪が揺れる。
「そんなに忙しいんですか?」
一年生だった私に零すくらいだから、相当鬱憤がたまっていたのかもしれない。一年同士は組まないから、私は彼の仕事ぶりを見たことがなかった。
「うん。私もヘルプに入ったことあるけど、結構きついわよ。彼の前に女子がズラーって並ぶの。列を分けようとしても、皆、彼の列から動かないしね。男子の苦情が多いから、何とかしたいんだけど。返却に専念してもらうと、今度は並べる暇がなくて返却済みの本が溜まっちゃうのよ。さっき借りたはずの本をすぐに返す子達もいるから、もう大変」
「いっそのこと、龍崎君を当番から外したらどうですか? 整理とか修繕とか目録作成とか、裏方担当で」
きっと一番建設的な方法だろう。図書委員になって初めて知ったが、受付業務以外にもやらなきゃいけない仕事は多い。龍崎君がそういった業務に回ってもらえれば、他の委員は助かると思う。
「私もそうしたいわ。ひいきだとか、何で彼を当番にしないんだとかの声が上がらなきゃね。それに龍崎君も自分だけ裏方ばっかりじゃ良い気持ちしないでしょう? 良い子なのよ。真面目だし、性格も良いし。別にモテるのは彼のせいじゃないんだもん」
「あー……、そうですね」
結局、あの先輩が毎回のようにヘルプに入っていたと聞いた。卒業式の後に先輩が彼に告白したという噂もあり、少しだけもやっとしたのを覚えている。彼と組んでいた人が一番不憫だった。
二年になった今も、私は龍崎君と組んではいない。彼と組みたいと切望していた子に快く譲って、平穏に仕事をしている。
貸し出し業務が一段落してから、そっとシフト表を確認した。木島先輩がいつ戻ってくるか判らないが、来週辺りまでは交代するつもりでいた方が良いだろう。昼休みと放課後二日ずつ。その内の一回に件の彼の名前を見つけて、私は眉間に深い皺を作り小さな唸り声を上げた。