恋愛遊戯6
三時限目の休み時間に教室に入ってきた華やかな姿を見て、私は思い切り顔をしかめた。
「阿狐先輩? どうしたんですか?」
湧き上がる黄色い声を曖昧にかわしながら、阿狐先輩は長い脚を優雅に滑らせてあっという間に私の机の前に辿り着いてしまった。
顔を寄せて、にこりと微笑む。また歓声が上がった。ふ、と香った甘くスパイシーな香りに、昨日の腕の感触を思い出した。
「あの話、ちゃんと丸く収まったから」
「……ありがとうございます」
しぶしぶながらもお礼を口にすれば、先輩の瞳が満足そうに細められた。まるで幼い子供のように、ヨシヨシと頭を撫でられる。
「お昼に詳しく教えたげる」
「阿狐先輩、鈴ちゃんに何か用事ですか?」
何かが背中にぶつかり、体勢が崩れた。痛くはないが、弾みで先輩の手が離れた。私の背中に抱き付くように声を掛けてきたのは未来だ。顔だけ振り向くと、屈託のない笑顔で小首を傾げていた。
「んー、鈴ちゃんをお昼のデートに誘いに」
「え? 阿狐先輩と鈴ちゃんってそんな設て、や、仲良かったんでしたっけ?」
きょとんとした顔で未来は私と先輩を見比べた。パチパチと数回瞬きを繰り返して、得心したように小さく頷く。
「そっか。最近私が阿狐先輩とのイベント起こしてないから……うわぁ、思ったより阿狐先輩って積極的に行動するんだ」
微かな呟きが、背中からじわりと染み込んできた。歓喜を含んだその声に、私は胸奥が重苦しくなるのを感じた。喉の奥がひくりとひきつる。頭の芯が痺れて、目蓋が鈍く痛みを訴える。
ぎこちなく未来を窺えば、わかってると言うように、ますます私を抱き締める腕に力を込めた。
「もう、阿狐先輩! 鈴ちゃんを揶揄うのはやめてください。鈴ちゃんは私の大事な親友なんですからね」
「えー、別に揶揄ってるつもりはないけど。誰かさんがつれないから、つい、ね?」
ほぉ。ちろりと流された視線に、周りからいくつもの感嘆の吐息が漏れた。妬心すらも忘れるほど艶やかな微笑みに、未来も頬を真っ赤に染めて阿狐先輩を見つめて瞳を潤ませた。
「で、お昼迎えに来るから、逃げずに待ってるんだよ?」
「はい!」
こくこくと首肯した未来に、阿狐先輩は唇の端を僅かに上げた。否定も肯定もしない。
楽しげにひらひらと手を振って教室を出る姿に、言い知れない不安が膨らんでくる。親しげに話す顔には、未来をどこか疎んじているように思えた昨日の影は見当たらなかった。今までと同様、軽い言動。意味深で思わせぶりな表情。過度のスキンシップ。
言葉に出来ないもやもやとした違和感を頭を振って追い出す。私は、まだうっとりと惚けている未来に向き直った。
「……ねぇ、未来。あんまり阿狐先輩と親しくしない方が良いんじゃないのかな?」
「大丈夫だよ! 阿狐先輩は噂みたいな人じゃないもん! そりゃあ、ちょっと軽い感じがするけど、寂しがり屋なだけで、とっても良い人だよ?」
「そう、かな?」
「あ、鈴ちゃんみたいな真面目なタイプには苦手だよね。じゃあ、鈴ちゃんが困ってたって、私が先輩にそれとなく話しといてあげるよ」
胸を反らせて請け負った未来に、「お願いね」と頼んでおく。頷いた顔はとても嬉しそうだった。未来を誤解させたのは阿狐先輩だし、私が先輩を苦手なのは事実に近い。
あの、底の見えない深い湖面のような瞳に見つめられると、胃の底からざわざわと落ち着かない気持ちになってしまう。二人で食事をするなんて冗談じゃない。イケメンと並んで許されるのは未来みたいな美少女だ。ちくちくと、教室中の女子からの視線が痛い。昨日の話は知りたいけれど、こんなふうに目立ちたくはなかった。




