恋愛遊戯5
「完結」タグ外して書き始めました。またよろしくお願いします。
学校へと続く道をゆっくりと歩く。桜のトンネルとして有名なこの道も、濃緑の葉が逞しく空を遮っている。もうしばらくすると毛虫を警戒しなければいけないだろうが、今は爽やかな風が心地好い。
背の高い制服の集団が後ろから足早に追い抜いて行った。その中に見知った顔を見つけた。向こうも私に気がついたようだ。一瞬だけちらりと視線を向け、それこそ毛虫でも見たかのように眉をひそめてふいと顔を逸らした。まだ新しい制服の中にいた彼は、他よりも頭一つ分抜きん出ている。整った容姿もあり、集団の中にいても人目を引いていた。幾人もの女の子達が頬を染めて熱い視線を送っていた。運動部とは無縁そうな子達。彼が朝練のある日は姉と一緒に登校しないと知り、わざわざ早起きして時間を合わせて登校したのだろう。
「佐々木! 早いな」
もう一塊。追い越し際、晴天の朝に似合いの朗らかな声がした。私が顔を向けると、ひょいと手を上げた男子がいる。クラスメートの田辺君だ。去年も同じクラスだった彼は、いつも明るく剽軽で、誰とでも気軽に話しをしてくれる。
一緒にいた男子に肘でつつかれながらも、田辺君は少し歩調を落として私に合わせて歩き出した。
横に並ぶと見上げなければいけないような身長に驚く。確か彼はバレー部だったが、去年はそこまで背が高い印象はなかったのに。いつの間にこんなに背が伸びていたんだろうか。
「おはよ。田辺君、背、伸びた?180くらいあるんじゃない?」
「あー、惜しいね。181。でも、まだまだ伸びますよ~。成長期だもん」
「良いねぇ。バレー部だから? 私ももうちょっと高くなりたかったな」
「これでもまだ部内じゃ低いぜ?」
「おお。さすがバレー部だね。ずらりと並んだら、見上げるのに首が痛くなりそう」
「じゃあ、見に来る? 来週練習試合あるからさ、応援に来てほしいな~、なんて」
軽い口調だけど、少しだけ本音が滲んでいる。女子を応援に誘うのは先輩方からの厳命かもしれない。バスケ部は未来の弟君効果で黙っていても女子がわんさか応援にくるだろうが、地味メンの多いバレー部はきっと応援席も寂しいのだろう。
ニキビ痕の残る顔に笑って頷く。
「来週だね。良いよ。未来にも声掛けてみるね」
「あー……、悪いんだけどさ、出来れば渋沢ちゃん抜きの方向で」
言いにくそうに田辺君はへにゃりと眉を下げて、ゴメンと片手を顔の前に立てた。
「渋沢ちゃん来るとさ、イケメンくっついてくるだろ? や、渋沢ちゃん可愛いから応援してくれるのは嬉しいけどさ、リア充爆発しろって言うか……ぶっちゃけ、邪魔って感じだから。ハイ、モテない男のヒガミっす」
「んー、了解。非モテ系田辺君が泣いて頼むから、他の子に声掛けとくよ」
指でマルを作ると、田辺君は微妙な顔をしながらも「よろしくな!」と走り去って行った。
未来に悪気がないとは言えなかった。天然だから、とも。
昨日のことが頭から離れない。私が早く登校したからといって、あの三人の先輩がどうなったのかは全く判らないし、未来が何をしたいのかも理解できない。だけど家にいても不安で、いても立ってもいられなかったのだ。
私と未来は昔から仲良かったわけじゃない。
そもそも未来は二年からの編入生だ。幼い頃はこの辺りに住んでいたそうだが、両親が離婚して母親の実家がある九州だか四国だかの田舎に引っ越したらしい。たまたま母親が用事でこちらへ来たとき、以前ご近所さんだった渋沢父と再会。お互い近況を話し合い、離婚や片親の大変さや子育ての悩みについて盛り上がったところ、意気投合して恋心も盛り上がってしまったようだ。
これは弟君ファンの一年女子からの情報だけど、多分そんなに間違ってはないと思う。
ちなみに、弟君の初恋は昔から美少女だった未来なんだそうだ。血は繋がってないからシスコンじゃなく本気だとかなんとか。
未来が編入してきたときは「美少女キター!」なんて騒いでいたクラスメート達だったけれど、未来があんまり私以外の子と積極的に関わろうとしないのもあって、少しずつ距離を取り始めた。仲が悪いとか、イジメとかじゃなく、何となく。
「だって、渋沢さんってさ、私達のこと馬鹿にしたような顔で見るときあるんだもん」
いつだったかはっきりと覚えていないような昔、クラスでも面倒見の良い子が頬を膨らませて言っていた。未来が授業中に貧血で倒れて保健室で休んでいたときだった。巳倉先生が付き添って一緒に保健室に行ったせいで、残された私達は自習というお喋りをしていた。クラスにも巳倉先生のファンは多い。若く独身でしかもイケメン教師ならば人気があるのも当然だろう。騒がれていても飄々として皆に平等だった教師の変貌ぶりに、燻ぶっていた不満が漏れ出した時期でもあった。
「鈴には懐いてるけど、私は嫌い。あの子イケメンにはニコニコしてるけど、うちらのこと見下してるのバレバレだよね」
おとなしかった子でさえ、憤慨した顔をしていた。巳倉先生が好きで、英語は特に一生懸命勉強していた子だ。
「よく一緒にいれるよねぇ。私は絶対にムリ。だってさ、イケメンいたらコッチのこと無視して世界作っちゃうし」
「うちらのこと、引き立て役とか背景にしか思ってないんじゃない?」
ヒートアップした子達を宥めるので大変だった覚えがある。かけた言葉は覚えていないけれど、彼女達のやるせない気持ちは小さな棘のように今でも胸に突き刺さったままだ。だけど、どんなに憤っていても苛立ちが募っても、未来を無視するとか嫌がらせをするとか、陰湿な手段にでることはなかった。本質は優しい子達なのだ。
今の未来は、ちゃんとクラスメートと馴染んでいると思う。それでもどちらにも違和感はあるようで、やっぱり私以外にはそこまで親しい友達はいないし、クラスの男子も僅かな距離を感じていた。
『渋沢未来』の在り方としては、それは正しいのかもしれないけれど、少しだけ寂しい。
傍で見ていることしか出来ないことが、もどかしく思う。どんな形であれ未来には幸せになってほしいのに。
ここは、そのために創られた世界なのだから。