恋愛遊戯4
「そーんな怖い顔しないで」
指を唇に当ててぱちんと完璧なウインクをされても、胡散臭さが募るばかりだ。胡乱な視線を向けると、阿狐先輩はそれはそれは麗しい笑顔を作り、私の目の前に意味深にスマホを持ち上げてみせた。
「コレ、どうしようか?」
悪魔がいるとすれば、きっとこんなふうに狡猾に微笑むだろう。
「獅童に見せようか? アイツってめちゃくちゃ堅物だからさ、謀られたって知ったら激怒しちゃうんじゃないの? あ、未来ちんの弟……隼人クンって言ったっけ? 彼は敬愛するオネエチャンのこと、どこまで知ってるのかなぁ? もしも未来ちんがこーんな性格だって知らなかったら、きっと傷付くだろうねぇ。こないだまで純朴な中学生だったんだしぃ。それとも鷹栖に教えてあげよっか?あぁ、巳倉センセでも楽しそうだね。未来ちんお気に入りだし、この動画をネタにしてイケナイことしちゃいそー」
あははっ、と内容にそぐわない軽やかな笑声が響いた。胸奥を針で突いたような痛みを感じ、思わずぎゅっと目を閉じた。息が苦しい。濃密な緑の香に混じり、甘ったるい香水の香りに胸焼けがしそうだった。
「でも、このまま知らんぷりしとけば、あの子達確実に処分対象だよねぇ。推薦狙ってたみたいだし、停学とか保護者呼び出しとかって、致命的すぎぃ」
「……私が、証言します。あの人達は処分されるような酷いことはしてません」
絞り出した私の声は、ひどく掠れていた。
「未来ちんカワイソー。オトモダチちゃんに裏切られちゃうんだ」
「裏切るなんて、そんな」
「未来ちんはきっとそう思うよねぇ? あれだけベッタリで、都合良く引っ張り回してたんだし。未来ちんが何したいかわかんないケド、邪魔されるなんて想像もしてないんじゃないの? それがまさかのオトモダチちゃんだなんて、ね」
ニィ、と片頬が上がる。嫌な予感がした。
「先輩は私に何をさせたいんですか?」
唸るように口にすると、阿狐先輩の瞳が妖しく輝いた。
「オレとさ、付き合おうよ。そしたらオレが獅童に話してアゲル」
「はぁ? 先輩は未来が好きなんじゃないんですか?」
「興味はあるよ。あんなにも偽善的で、自己愛に溢れてて、妄想逞しい女の子だからね。彼女がどこに向かうのか楽しみで仕方ないかな。残念ながら恋愛の相手としてはご免だけど」
「冷めるのが早いですね」
呆れと非難を舌に乗せた。阿狐先輩がパチリと瞬き、苦笑を浮かべる。
「一番欲しい人が手に入らなきゃ、後は誰が相手でも一緒だよ」
朱の増した光が長い睫毛を染める。白磁の人形めいた肌もうっすらと紅く彩られている。ぽつりと零された呟きとあいまって、その顔はひどく哀しげに見えた。いつもの軽薄な印象は消え失せ、寂しく切ない想いがじわりと染み出す。
滴るような色気に居たたまれなくなってしまう。どきりと跳ねた鼓動を無視して、私はそっと視線を外した。
「禁断の恋でもしてるんですか?」
不倫とか、特殊な性癖とか。
「変な想像しないでよ、相手はこの学校の女の子だよ。ただ、いっつも眼中に入れてもらえなかったダケ」
「へぇ」
意外だった。性格には難がありそうだけど、阿狐先輩なら大抵の女の子はお付き合いしたいと思うんじゃないだろうか。
「そりゃあ見事に空回りばっか。仲良くなろうとしても馬鹿女達の邪魔が入るしさ」
「先輩の普段の行いが悪いからじゃないですか?」
「んー、仕方ないよ。オレがモテるのはオレのせいじゃないもん」
どこかで聞いたような台詞に、内心イラッときた。
「じゃあ、私なんか構ってないで、早く本命の彼女のところに行ってアプローチしてきたほうが良いんじゃないですか?」
「えー? コレ持って誰のトコ行けって?」
ぷらぷらとスマホを揺らした阿狐先輩に、ぎりりと奥歯を噛み締める。はぐらかされてくれないようだ。
「…………お付き合いは無理ですが、相談相手くらいなら」
「交渉成立ね。佐々木鈴ちゃん」
がばりと顔を上げた私の瞳に映ったのは、夕日に紅く染まった蕩けそうな微笑だった。
と、いう感じの話が書きたくて。
誤字脱字感想激励いただけると嬉しいです。




