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恋愛遊戯  作者: 魚京
3/17

恋愛遊戯3

 橙色を混ぜた陽光が、誰もいなくなった校舎裏を柔らかく包んでいる。

 何でもないよ。何もなかったんだよ。とろりとした空気が、そう囁くように。

 まだ心臓がバクバク言っている。未来の硬い眼差しが、目蓋の裏から消えない。

 あの眼は知っている。無機物を見るような、冷たい眸。封じ込めたはずの遥か遠く遠く遠い記憶が、ぽかりぽかりと浮かび上がって弾けた。

「アンタなんてただのモブキャラのくせにっ!」

 そう詰られたのはいつだろうか。

「ねぇ、私の邪魔しないで。あなたは私のサポートでしょ?」

 淡々と責められたときもあった。

 親友だった少女達。名前や容姿は同じでも、その内面は様々で個性的だった。幾度も経験した『初対面』では、その鮮やかな差違にいつも感心させられてしまう。

 けれど、皆、いなくなってしまった。

「こんな結末はダメよ……リセットしなくちゃ」

 そう呟いて、私の目の前で屋上から跳んだ少女のように、彼女達は自宅で、駅で、通学路で、教室で、あの硝子玉の眸を永遠に閉じた。

 未来。大切な親友。

 彼女もまた、失ってしまうのだろうか。

 生き生きと楽しそうに笑う彼女ならと、見守ってきたのに。優しく、力強い輝きを持つ彼女なら、きっと大丈夫だと安堵していたのに。

「大丈夫ぅ?」

 背後から声がした。びくりと飛び上がる。

「あぁ、驚かせちゃってゴメンねぇ。泣きそうな顔してたからサ」

「阿狐先輩……」

 長い金の髪がきらきらと光を弾き、彼自身が淡く発光して見えた。

 にこりと笑んだ顔はとても綺麗で、男性でも美しいと形容するのだと、私は彼を見て初めて知った。

「キミ、未来ちんのオトモダチだよねぇ?」

 阿狐先輩が無邪気そうに小首を傾げた。さも、今気付いたと言わんばかりの仕草に、頭の片隅で微かな警鐘が鳴る。

 彼もまた、未来に好意も持っている一人だから、未来と行動を共にしている私と何度か顔を合わせているのに。未来以外は興味がないのか、私への嫌がらせか。僅かに細められた瞳から、おそらく後者だろう。

 気楽な口調。人当たりの良い笑み。柔らかな雰囲気に隠されているが、この先輩は決して優しくはない。狙った獲物をじわじわと追い詰め、執拗にいたぶるような、非常に厄介な性質を持つようだ。

 私は震える指先をぎゅっと握り込んだ。

 動揺した訳を聞かれるのが怖くて、阿狐先輩から逃げるように反対側へ足を踏み出そうとした。

「ダァメ」

 ぐいと強く腕を引かれた。バランスが崩れる。駆け出そうとした足は空を切り、上体が後方へ傾ぐ。

 悲鳴を上げる間もなく、私は阿狐先輩の胸にもたれ掛かるような格好で、捉えられてしまった。

「まだお話し中だよ?オトモダチちゃん」

 長い腕がするりと腰に回され、耳元に冷たい吐息が触れた。先輩のだろう。香水の甘い香りに包まれる。

 有り得ないほどの密着に心臓が跳ねたのは、トキメキでも官能でもなく、純然たる生理的嫌悪だ。私は特段男性恐怖症というわけじゃない。まったく親しくない男性に突然抱き付かれたならば、誰もが色っぽい感想よりもまず、気色悪いと思うだろう。いくら相手が美形だとしても。

「怯えちゃって。カーワイ」

「放してくださいっ」

「んー、オトモダチちゃんが逃げないなら」

 細身なくせに阿狐先輩は、私がじたばたもがいても全く意に介さない。それどころか、じわじわと締め付ける力が強くなっているような気がする。

「……逃げませんから」

 抵抗を止めて力を抜けば、「逃げたらお仕置きしちゃうよ」と背筋の凍る台詞と共に、呆気なく拘束が解かれた。二、三度深呼吸をしても、まだ腹部を締められているような感触が抜けない。

「そんなイヤそうな顔されたら、また抱きたくなっちゃよ?」

「全力で遠慮します。それより、話って何ですか?」

「オレに抱かれたいって子は多いのに、オトモダチちゃんは贅沢だねぇ」

 阿狐先輩は、やれやれとわざとらしく肩を竦めた。事実だろうけれど、嫌味ったらしい口調に非常にムカつく。本気で嫌がっているのにまるで私が拗ねているかのようだ。

「早く話をお願いします」

「うん。オレねぇ、嘘つくのは大好きなんだけど、嘘つかれるのは大っ嫌いなんだぁ」

 にこりと艶冶に微笑んで、阿狐先輩はポケットから派手なピンク色のカバーのついたスマホを取り出した。

「さっきさ、面白いモノ見ちゃって。あぁ、良かった。ちゃんと撮れてるよ」

 ほら、と私に見せたのは、未来が呼び出された場面。ほぼ最初から映された動画には、少し遠目ではあるものの彼女達のやり取りがはっきりと刻まれていた。

「すごいねぇ、未来ちん。オレ、未来ちんとなら本気で恋愛出来そうな気がしてたのになぁ」

 心底感心したようにも、馬鹿にしてるようにも取れる笑みで阿狐先輩が呟いた。先輩の女癖の悪さは周知の事実で、それを未来が諌めた話もまた、学校中の誰もが知っている。

「寂しいんですね、阿狐先輩って」

 あの日、さらりと軽い調子で声を掛けた先輩に、未来は優しく返した。

「本当に先輩を理解してくれる人を探してるんじゃないんですか?だから、いろんな人とお付き合いして……。皆、先輩の華やかな外見や明るい言葉ばかり見て、本当の先輩を見てくれないんでしょう?そんなの、寂しいですよね」

「未来ちん、何で……」

「わかりますよ、それくらい。ちゃんと先輩を見てたら簡単ですよ。だって、阿狐先輩の眼が寂しい寂しいって言ってますもん」

「はは。……そっか。未来ちんにはそんなにバレバレなのにねぇ」

「ね、先輩。もっと自分を大事にしてください。上辺だけのお付き合いなんてやめて、ちゃんと先輩を見てくれる人を探してくださいね。私、応援してますから」

「うん、ありがとう」

 ほぅと息を吐いた先輩は、幾人もいた彼女と綺麗サッパリ別れて未来一筋になったのだ。

「未来と恋愛すれば良いじゃないですか。未来なら、阿狐先輩を理解してくれるんじゃないですか?」

「オトモダチちゃん、ちゃんと聞いてた? オレ、嘘つかれるのは大嫌いなんだよ」

「嘘じゃないでしょう?」

「騙されるのも嫌い」

 幼子みたいに唇を尖らせた先輩に、私は小さく苦笑した。

「騙されるのが好きな人なんていませんよ」

「オレに騙されたい子はたくさんいるけど?」

「それは、騙されてるってわかってるだけで、本当は皆さん、騙されたくないんだと思いますよ」

「へぇ。オトモダチちゃん詳しいねぇ」

 今度は完全に馬鹿にした笑みだった。ムッとして睨んでみても、阿狐先輩はますます楽しそうに唇を歪めただけで、この状況を変える気はないらしい。



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