恋愛遊戯16
試合の結果は男子は三位入賞。女子はベスト4となかなか健闘した結果だと思う。
バスケ部やサッカー部の人気に 押されているけど、逆に真剣にバレーをやりたい人だけが入部しているのかもしれない。
各校の生徒達がコートを片付けて始めた。
田辺君の姿もある。
レギュラーの彼は、試合直後とても悔しそうな表情をしていたが、今は落ち込んだ様子はない。へらりとした笑顔でこちらに手を振っていた。
「惜しかったね」
由利が溜め息混じりに呟いた。
「……うん」
あんなに練習してたのに。
飲み込んだ言葉が僅かに胃を重くする。
スポーツは生身の相手がいるからこそ、怖い。練習量に比例して勝てるというものでもないから。
もちろん練習ありきだが、自分の体調。相手の調子。場の雰囲気。そんな相対的な要因で容易く勝敗のバランスが崩れてしまう。
たった一瞬の緩み。
たった一度のミス。
たった一回の悪手。
まるで波打ち際の砂の城のように、あっという間にぐずぐずとリズムが崩れてしまう。
そうなると元の緊張感を取り戻すのは至難だ。
いくら攻略データを集めても、試合を分析して研究しても、絶対の勝利はない。
だから怖いし、だから面白い。
真剣に打ち込んでいるからこそ、彼はその面白さを楽しめるのかもしれない。
私は田辺君に笑って手を振り返した。
「ずいぶん気安いようだが、彼は知り合いか?」
「あ、はい。クラスメートです」
応援席は既に疎らになっている。麗峰学園の選手は一度学校に戻るはずだが、学校によってはそのまま解散するところもある。おそらく閉会式まで残るのは選手の身内や親しい友人達だけだろう。
私達も人の波に乗るように、席を立つ。
「鈴、駅前でお茶していかない? お腹空いちゃってさ、応援中グーグー鳴ってたよ」
「そだね、私も食べたいな。あ、スタボに季節限定メニューが出たらしいよ。サヤちゃんが美味しかったって言ってた」
有名なコーヒーショップの名前を出せば、由利が「じゃそこで決定ね」と頷いた。
「俺も一緒に行って良いか?」
少し気まずそうな獅童先輩の声に、由利がぱちぱちと瞳を瞬いた。私も思わず先輩の顔を見つめてしまう。
「……良いですけど、獅童先輩もコーヒーショップに行くんですね」
「なんだか老舗の高級喫茶店か一流ホテルのラウンジのソファーで、脚組んで英字新聞か経済誌読みながら珈琲飲んでそうなのに」
由利の言葉に獅童先輩が嫌そうに顔をしかめた。
「それは鷹栖だ。俺も腹が減ってるんだよ。腹にたまる物が食えれば文句は言わん」
「あー、確かに。うちの生徒会長サマってそんな感じだったかも。今は、誰かさんから紙コップでインスタントコーヒーを出されても気付かずに飲みそうだけど」
「由利」
心底馬鹿にした由利の口調にひやりとする。
ずいぶん友好的に接してくれているとは言え、獅童先輩も生徒会長達とお仲間なのだ。
私はとっくに悪印象持たれているが、由利まで一緒になって目を付けられることはない。
そっと先輩を窺う。微かに眉根を寄せて不機嫌そうに唇を引き結んでいたが、特に咎める言葉はなかった。
中途半端な時間のせいか、店内は比較的すいていた。
タイミング良くあいた窓際のソファー席を確保し、先輩と一緒に注文カウンターへと向かう。
「フラペチーノとかは甘いですよ。本日のオススメコーヒーか、無難なスタボコーヒーで試してみたらいかがですか?」
「ああ」
「フードは、こっちのサンドイッチ系とか。ブラックペッパーサンドなんかピリッとして美味しいですよ。チキンとお魚がありますけど、私はチキンの方が美味しいと思います」
「じゃあ、それで」
店員さんに由利と私の分の甘い人気コーヒーとマフィンと、先輩の注文も一緒に頼む。バックからお財布を出していると横からスッと先輩が入り、電子マネーで会計を始めてしまった。
しかもいつの間にかベーグルを追加している。
「レシート見せてください。自分の分は払いますよ」
「いい。歩美が世話になったんだ。これくらいさせてくれ」
「……何もしてないですよ?」
「歩美が世話になったと感じてるんだから、そうなんだろう」
生真面目な兄妹だ。
頑としてお金を受け取ろうとしない先輩に、軽く会釈する。
「ありがとうございます。ごちそうになりますね」
「……ああ」
獅童先輩は微かに目元を緩めて頷いた。
もう先ほどまでの不機嫌さはなく、内心でホッとする。食べ物を前にしてまで仏頂面は見たくない。
「由利、お待たせ」
スマホをいじっていた由利が、顔を上げた。ふっと笑みがこぼれる。
隣の席の大学生らしき男性が、うっとりとした視線を向けた。
「ありがとね。いくらだった?」
「獅童先輩の奢りだって」
「へぇ? 先輩、ごちそうさまです」
「ああ」
さっきとは違うイイ笑顔に、獅童先輩も苦笑している。
由利の隣に座り、コーヒーを一口。キャラメルの甘い香りが広がる。美味しい。
季節限定のマフィンは木苺の甘酸っぱさがコーヒーとの相性抜群だ。
由利のマフィンはチェリー。
視線を交わして、皿を交換して一口頂く。うん、ドライフルーツの甘ったるさがなくて美味しい。
「生クリームつけて食べたいね」
「うん。ちょっと温めてバニラアイスでも良いかも」
皿を戻すと、獅童先輩が少し不思議そうに私達を眺めていた。
もう先輩のトレイはあらかたなくなっている。
「君達は、いつも食べさせ合うんじゃないんだな」
由利の瞳が僅かに細くなる。
「これでも、ちゃんと場所と場合はわきまえてますから。でも言っておきますけど、普通、異性にはよほど親しくないとしませんよ? まぁ、何人もの異性に同じことする子なら、全員に好意を持たれたいか、逆に全員に興味がないかのどちらかでしょうけど」
「誰のことだ?」
「さあ? 一般論ですよ」
とぼける由利を、獅童先輩が睨む。
二人とも思い出しているのは、おそらく未来だろう。
獅童先輩はされた立場で。
由利は傍観者で。
食堂を利用しているならば一度は目にした光景だ。
「はい、このパスタ美味しいですよ?」
無邪気に笑ってフォークを向ける未来と、嬉しそうにそれを口に含む少年。
昨日は別の相手にオムライスを食べさせていた。
更にその前はまた別の相手にデザートのプリンだったか。
最初の一口は確か彼らも驚いてはずだ。
だが、未来から「仲良しの子とは当たり前だよ?」なんて、自分と未来が『仲良し』だと言外に匂わされて、差し出される一口を拒否する選択肢がなくなったようだった。
もちろん、掛けられた言葉はそれぞれ少しずつ違ったけれど、結果的には皆が未来から食べさせてもらっていた。
今では彼らも当然のように未来と食べさせ合っている。
まるで皆と恋人同士のようなやり取りに、周囲の生徒が鼻白み、冷ややかな眼差しで眺めていた。
それもそうだろう。
未来が『親友』だと言う私とは、一度もそんなことをしていない。
彼ら以外の殆どの生徒が気付いている欺瞞に、今まで彼らが疑問に思わなかったことが不思議だ。
もしかしたら彼らは皆、未来と食べさせ合う行為が、自分だけの特権だとでも思っているのだろうか。
知らないから、あんなにも甘ったるい瞳で未来を見つめているのだろうか。
それはそれで可哀想な人達なのかもしれない。
生暖かい目を獅童先輩に向けた瞬間、由利がくしゃりと顔をしかめた。
「……あーあ、何で会っちゃうかなぁ。もう最悪」
ガラス窓越しに、横断歩道を小走りで駆けてくる少女の姿が見えた。
ふわふわな栗色の髪をサイドを桃色のリボンで飾っている。丸みを帯びた赤い傘と、赤いチェックのミニスカートがよく似合っていた。
その周りを寄り添うように、付き従うように駆けてくる少年達もいる。
弟君の応援に行ったと思っていたけど、今日も彼らと一緒だったんだ。
田辺君の危惧した通りの状況に苦笑が漏れた。




