恋愛遊戯14
「友人とやらはどこだ?」
「二階の左側の席にいます。最前列……ほら、あの第一コート前のオレンジの服の子です」
「ああ。人が多いから回って行った方が良いな」
流れるような人の波を避けて獅童先輩が歩く。やはり女の子達の視線が突き刺さり居たたまれない。応援に来ている子だけじゃなく、どこかの学校の女子バレー部員達までもミーティングそっちのけで獅童先輩に見惚れていた。
「君は未来の弟の応援には行かなかったんだな」
痛いほどの視線をまるっと無視して、獅童先輩が私の顔を覗き込んだ。
「別に興味ありませんし、バレー部の友達から応援に来てほしいって言われてたんで」
「そう、か」
僅かに瞠目した獅童先輩は、少しだけ表情を緩めた。
「俺も妹から応援に来てくれと言われたんだ。妹の友人達は薄情にもバスケ部の応援に行くんだと、ずいぶん腹を立てていた」
「先輩、妹さんがいらっしゃったんですね」
「知らなかったのか?」
「えぇ、まぁ」
獅童先輩にも特に興味ありませんからとは本人を前にしては言えず、言葉を濁す。
「……どうやら俺は君を少々誤解していたようだ。すまなかった」
「いえ」と首を振る。私は未来の取り巻き達から蛇蝎の如く嫌われていた。
渋沢未来をダシにしてイケメンに取り入ろうとしている。
渋沢未来の親友だと吹聴して、高飛車になっている。
好かれているのは自分だと勘違いして、渋沢未来を馬鹿にしている。
そんな悪意のある噂が流れているためだろう。
もちろん、私を知る友人達なら歯牙にもかけない噂だ。だけど未来の取り巻き達にはあたかも真実のように伝わったらしい。私が未来と一緒にいると、いつも鬼のような形相で睨んでくるのだ。
違うのは阿狐先輩と獅童先輩くらいだ。もっとも獅童先輩は風紀委員長として、自分を律していただけだろうけれど。
「由利、お待たせ」
スマホから顔を上げて笑顔で振り向いた由利は、次の瞬間に思い切り顔をしかめた。
「何で獅童先輩がいらっしゃるんですか? バスケ部の試合はここじゃありませんよ。ついでにここには獅童先輩の席はありませんから。あ、向こうの端なんてどうです? お互い顔が見えなくて気分良いですよ」
「ゆ、由利! 獅童先輩はさっきナンパから助けてくれたんだよ。また絡まれるといけないって、ここまで送ってくれただけだから」
突然、立て板に水とばかりに獅童先輩を威嚇し始めた由利を慌てて宥める。
「じゃあ、別に一緒に応援するわけじゃないんだね!」
「うん」
「……そうはっきりと拒絶されると、辛いものがあるな」
苦笑した先輩に、由利が冷ややかな笑みを投げた。
「あなた方が、いつも鈴にぶつける醜い眼差しよりずっと可愛らしいものですわ。根も葉もない噂を真に受けて、いたいけな女の子にあんな顔を向けていた人達を歓迎するほど私の頭は沸いていませんの。まさか獅童先輩は女子がすべてあなた方のファンなんて妄想、持ってらっしゃるわけじゃありませんよね?」
「それについては申し訳なかった。先程少し話をしてみて、自分の浅はかさを自覚したよ。あいつらにも俺から話をしておくつもりだ」
「まぁ変わり身の早いこと」
「はは。手厳しいな」
由利の嘲笑に、獅童先輩は肩を竦めた。
「風紀で出来るだけ噂の沈静化を図ろう。同時に噂の出所の調査も進めておく。それから」
一度言葉を切り、スッと顔を横に転じた。由利がバッグで確保してくれている私の席の隣、誰かの保護者らしき女性に
「失礼。少し詰めてもらってもよろしいですか?」
と丁寧に話しかけた。確かに女性の隣はずっと荷物が置かれたまま、誰も座る気配はない。声援よりも、ビデオ撮影に力をいれているようだった。今まで何人も席を詰めてほしいと交渉していたが、早いもの勝ちとばかりに拒み続けていた。
女性はたっぷり三秒間、獅童先輩を見つめ「おほほ。どうぞ」といそいそと荷物を片付けて椅子を空けた。
「うわ……」
「あの堅物風紀委員長が女性をタラしてる」
「人聞きの悪いことを言うな。ただ頼んだだけだ」
ぴしゃりと言い放ち、獅童先輩は私を促して座らせ、当然のように空いた隣に腰を下ろした。
「こうやって俺の方からそばに寄って行けば、あいつらも噂は偽りだと気付くだろう?」
「その代わり、別の噂が蔓延しそうですけど」
「それに獅童先輩のファンに私が恨まれちゃいますよ」
二人からダメ出しをされて、獅童先輩は「考えすぎだろう」と首を傾けた。あまりの楽観的な思考に、なおも由利と二人で否定を重ねると、獅童先輩は気圧されたように頷いて、顎に指を添えて視線を遠くに投げ出した。
あまり好意的に思ってなかった下級生の言葉にも真剣に向き合ってくれる。そんな生真面目な姿に、無意識に口元が緩んでくる。
「まぁ、そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫ですよ。友達はそんな噂なんて信じていませんから」
「ええ。鈴はそんな子じゃないって、ちゃんと見てたら誰でもわかりますしね」
「……すまん」
余計に落ち込ませてしまったようだ。獅童先輩ががくりと項垂れた。




