恋愛遊戯13
梅雨独特のじめじめとした空気を吹き飛ばすように、コートの中でボールが激しく踊っている。ソーレ、と応援席からも掛け声が上がり、まっすぐに伸ばされた長い腕が鋭いサーブを相手コートへと叩き付けた。黒いユニフォームの中で一人だけ白いユニフォームを着た選手が、深く腰を落としてボールを上げた。ボールが柔らかい弧を描いて引き寄せられるようにセッターへと返る。高くジャンプしていたアタッカーが、タイミングの遅れたブロックの上から唸るようなスパイクを繰り出した。
流れるようなプレーだ。コートの中で異色の彼が、間違いなくゲームの要になっている。驚くほど守備範囲が広く、感嘆するほどどんな球でも拾ってしまう。レシーブ専門の選手をリベロ、もしくはレシーバーと呼ぶのだと、試合前に彼に教わり初めて知った。
さすがに高校生となると迫力が違う。猛々しい音を立ててボールが相手コートに叩きつけられるたびに、隣に座る百合と一緒に歓声を上げた。
ピーイィ。高く長いホイッスルが鳴った。試合終了のホイッスル。沸き上がる大きな歓声に、落胆の声が混じる。黒いユニフォームの選手達が肩を落として項垂れていた。
詰めていた息を吐く。
「残念だったね。あと少しだったのに」
由利が悔しそうに膝を叩いた。
「うん。でもすごい試合だったよ。うちのバレー部があんなに強かったなんて知らなかった」
「午後からは女子の試合だね。このまま見ても良い? 後輩が出るんだ」
「もちろん。じゃあ、近くのコンビニで飲み物とお弁当でも買って来るよ」
緊張と声援で喉がカラカラだ。持参したお茶は既に飲み尽くしてしまった。
「私も一緒に行くよ」
「大丈夫。すぐだから座ってて」
幾つかの高校が出場しているため、市民体育館は応援の保護者や生徒達でそこそこ埋まっている。二人揃って席を立てば、きっとすぐに誰かが座ってしまうだろう。せっかくコートに近い席が確保できたのだ。このままここで応援したい。
「じゃあ、サンドイッチとコーラでよろしく」頷く百合に手を振って、バッグを持って歩いて五分程のコンビニへ向かう。しとしと降る雨が鬱陶しいが、途中に咲いていた青紫色の紫陽花がとても綺麗だった。おそらくバレーの応援に来たのであろう客で、コンビニはひどく混雑している。お弁当やおにぎりは殆どが売り切れていた。
辛うじて残っていたミックスサンドと野菜サンドをカゴに入れる。ついでにヨーグルトも。多分これだけではすぐにお腹が空いてしまうだろうけれど、帰りにどこか寄っても良いだろう。
「うーん、私は何にしようかなぁ」
炭酸は苦手だからやはり無難なお茶にしようか。
ペットボトルを二本冷蔵棚から取り出してカゴへと放り込み、新発売のチョコにも手を伸ばす。
会計を済ませて店外の傘立てから自分の傘を探していると、後ろから肩を叩かれた。
「ねぇ、どこの学校? さっき二階の応援席にいたっしょ?」
「友達と一緒にいたよね? オレらも一緒に応援して良い?」
見知らぬ他校の男子に声を掛けられた。着崩した制服は市内でも(悪い意味で)評判の男子校だった。ちろちろと胸元や脚に視線が這わされる。
今日は制服じゃないんだった。今日の服装は、青い小花が胸元と裾に飾られた白いミニワンピ。レモンイエローの薄手のパーカーを羽織っているが、目をつけられるほどバレーの応援には場違いだったのかもしれない。
「あの、友達を待たせてるので、ごめんなさい」
心の中で今日のコーディネートをした由利に文句を言って、どうやって逃げようかと視線を彷徨わせる。応援に来るくらいだから、そう悪い子達ではないだろうが、少し怖い。
「そんなに怯えなくても良いじゃん」
「そーそー。君みたいに可愛い子が一人でいると危ないから、親切で声かけただけって」
「オレら結構優しいのよ」
へにゃりと下がった眉に罪悪感がくすぐられたが、ナンパ男の言葉を信用してはいけない。いっそ誰か大人に助けを求めようかと迷っていると、見知った顔が黒い傘の影に見えた。
「獅童先輩」
助けてくれるなんて微塵も期待していなかったけど、とりあえずこの場を離れるきっかけになれば良い。そう思って声を掛ければ、獅童先輩は眉間に盛大に皺を寄せて溜息を吐いた。
「悪いがその子は俺の連れだ」
いかにも渋々と言った口調に、ナンパ男が胡乱な目を向け、そして低く唸った。
獅童先輩は細身のブラックジーンズに白藍色のジャケット。カジュアルだがさり気ない有名ブランドの時計とベルトがセレブリティな雰囲気だ。気弱なお坊ちゃまならばカツアゲされそうなものだが、いかにも武道を習得してますと言うような堂々たる体躯と鋭い眼光に、ナンパ男達は気勢をそがれたらしい。
口の中でもごもごと何やら負け惜しみらしき言葉を呟いて、彼らはビニール傘を引っ掴んで足早に去っていった。
「ありがとうございました」
「いや。……学校外だろうと生徒の安全には気を配る義務があるからな。しかし、そんな格好だから軽々しく声を掛けられるんじゃないのか?」
咎めるような視線。ムッとした顔を隠すため、視線を落として軽く頭を下げた。
「どうもご迷惑をお掛けしました。友人を待たせているので、失礼します」
「待て。その友人とやらのところまで送る」
「結構です」
「また絡まれたら困るだろう。それとも、俺に見られたくない友人なのか」
「そんなことはありませんが……」
「じゃあ問題ないだろう? まずは、俺の買い物だな」
ぐいと肘の辺りを掴まれて、よろめく。支えるように腰に回された腕。混雑した店内を抜けるためだろうが、距離の近さに戸惑ってしまう。まるでエスコートでもされているようだ。
獅童先輩はひょいひょいとパンとコーヒーをカゴに入れ、素早く会計を済ませた。
「その袋をこっちに」
「え? 平気ですよ。そんなに重くありませんから」
「バッグがあるだろう。ほら、早くしてくれ。後ろの迷惑になるから」
「……ありがとうございます」
ビニール袋を渡して、自分と獅童先輩の傘を探し出す。並んで歩いていると、通行人の視線がちくちくと突き刺さってくる。学校内で慣れたつもりだったが甘かった。ほんの少し後ろへ下がる。もう少し。
「佐々木、何をしている。具合でも悪いのか?」
「い、いえ」
開いた距離がすぐに埋まってしまう。心配そうな顔に笑いかけて緩く首を振った。
「そうか」と僅かに微笑んだ顔に、少しだけ頬が熱くなった。




