恋愛遊戯11
私が未来と出会ったのは、高二になったばかりの始業式の日だった。
座席表に書かれた誰も知らない名前。ぽかりと開いた私の後ろの席。
「編入生かな」
隣の席の蜂谷由利が、興味深そうに私に問いかけた。色白で、艶のある真っ黒の髪を肩の辺りで切り揃えているため、日本人形のようだ。
「そうかも。私達と同じ学年に渋沢っていなかったから」
「渋沢かぁ。隼人君と同じだね。明日入学してくるの楽しみだよね。男バスのキャプテンがさ、合格発表の日に掲示板前で張り込んでたんだって」
「受験のときは大騒ぎだったよね」
その日、在校生はほぼ全員が自宅学習日だったのにも関わらず、彼はこっそり学校に来て先生から怒られたのだ。
「あ、佐々木ちゃんも会場係だったんだっけ?」
「鈴で良いよ」
「私も由利って呼んでね」
由利がにこりと微笑んだ。美人だから笑うだけで、牡丹のような華やかな印象になる。もてるだろうな。ふっと思った。
私も笑って、由利、と呟くと、由利は長い睫毛をぱちりと叩いて、更に破顔した。
「鈴ってば、笑うと印象変わるんだ。元々綺麗だけど、うん、良いね」
「はは。ありがとう。初めて言われたよ」
「鈴は何だか雰囲気あるからね。聖母画みたいな」
「何それ。持ち上げすぎじゃない? あ、ノート期待してる?」
「バレたか」
由利がぺろっと小さく舌を出した。
「でもさ、私の中学のときの後輩が綺麗な人に励まされたって言ってたよ。それって鈴のことじゃない?」
「まさか。私はたまたま駆り出されただけだし。保健室受験担当だったから、あんまり受験生に関わってないよ」
「じゃあ、やっぱりそうだ。その子さ、お腹痛くなっちゃって保健室受験したんだもん」
「そっか。結果、聞いても平気?」
「もちろん。無事合格だよ」
由利が嬉しそうにピースサインを出した。形良く整えられた爪が薄いピンクに染まっている。
「良かった」
蒼白な顔でうずくまっていた少女の姿が眼裏に浮かんだ。
普通なら、当時はまだ一年生だった鈴が会場係になることはない。ただこの時は、会場係の二年生が前日の夕方になってインフルエンザに罹患してしまった。教師陣も慌てて代役を探すものの、生徒達は皆帰宅しており、引き受けてくれそうな生徒に電話してみたが、それぞれ風邪をひいていたり、既に用事が入っていたりでなかなか代役が見つからなかったようだ。
そんなとき、たまたま図書委員で残っていた鈴に白羽の矢が立ち、会場係となった。もちろん、一年生だからと渋る教師もいたが、日頃から真面目な鈴の態度や、幾人かの教師のお墨付きもあって決定した。
鈴の役目は、受験生の会場案内と保健室受験をする生徒の付き添いだった。腕章をして玄関ホールに立ち、受験生を決められた受験教室へと案内する。中には緊張の余り、筆箱を忘れた子や受験票や上履きを忘れてしまいパニックになる子、更には具合が悪くなる子もいる。
由利の後輩も、そんな一人だったのだろう。
「どうしたの?」
柱の陰に蹲るセーラー服の少女に、私は声を掛けた。
「お腹……痛い」
僅かに上げた少女の顔は青褪め、唇は色を失っている。かなり辛そうだ。このまま教室に連れて行ってもまともに試験を受けられるだろうか。
「痛み止めは飲んだ? 廊下は寒いから、保健室行こうか。心配しなくても大丈夫。少し良くなったら、保健室で受験しようね」
「薬、持ってないです」
「そう。じゃあ、私のをあげるね。私も緊張すると頭とかお腹痛くなるから、いつも持ってるんだ。アレルギーはある?」
「いえ、ありません」
「良かった。保健室でお水もらおうね。歩けるかな?」
こくんと首肯した少女の背中をそっと支える。ゆっくりと歩きながら、保健室へ誘導した。途中で教師や先輩と擦れ違うが、具合の悪そうな少女を見て、私に視線を向けた。声を出さずに「保健室受験」と答えると、頷いて自身の仕事へ戻る。何百人、いや何千人かもしれない。数ある私立校の中でも上位の人気を誇る学校だから、受験生の数も膨大だ。具合の悪い生徒に何人も付き添うわけにはいかない。皆、生徒や保護者の対応で多忙を極めていた。
「大丈夫だよ。息を吐いて。吸って。吐いて。吐いて。吸って……ほら、頭がすっきりしてきた」
「はい」
準備された保健室受験用の特別教室。五部屋ある内の一番右端の扉を軽くノックして、入室した。




